16話 職員室に従属しない生徒会
紺野 嶺。会長候補者。いや、そんなことより、なんで2年生がいるんだ?
「あの、修学旅行は?」
「朝、39℃の高熱が出て、欠席をした。でも、昼には熱が下がって登校してきた。そういうことになっている、蒼井後輩」
それは、仮病でサボったってことか? この人の品行方正だって評価は一体どこから来たんだ?
「わたしのファン? サインいる?」
「ああ、それはもうぜひ! では、これにお願いできますか?」
先輩がそう言うとすぐにノートを取り出す紺野先輩。これは、常識人ではない感じがする。本当に、顧問の評価はどこから来たんだよ。
「おぉ! わたし、サイン書くの初めてー」
そう言いつつ、先輩はサラッと筆記体でサインをしてみせた。実は練習してたんじゃないだろうか。そう思わせる綺麗なサイン。まぁ、単に先輩は普段からアルファベットは筆記体を使っているというだけなのだが。
「それでは、ボクが真白先輩からサインをもらった1人目なんですね。光栄です。どうだい、蒼井後輩、羨ましいだろう?」
「いえ、別に」
一体、何を羨めというのだ。
「君のことは色々と聞いている。なんと、真白先輩のお気に入りの後輩だというじゃないか! その立場、羨ましいぞ!」
なんだ、この人? 先輩以上にヤバい奴なのでは? 顧問よ、この人は間違いなく会長には向いていない。
「なら、文芸部に入ったらよかったんじゃないですか?」
「本当に後悔している。1年生の時にボクはなぜ文芸部に入らなかったのかと。しかも、真白先輩が生徒会に入るなんてガセネタをつかまされて、生徒会になってしまった。いや、それはいいんだが。今からでも文芸部に。うん、アリだな」
あなたが信奉しているらしい先輩は、あと半年もしないうちに卒業しますけどね。
「さて、それより、本題に入ろう。ボクは別に真白先輩のサインをもらいに来たわけじゃない。いえ、サインをいただけたことは、心の底から嬉しいんですよ」
「あの、それで本題は?」
「ああ。蒼井後輩、紅林後輩、生徒会に入ってもらいたい」
会長候補本人から直々の勧誘。ただ、先輩を信奉しているようだし、先輩と関わりのあるのをとりあえずとか思っているのではないか?
「そうすれば真白先輩も生徒会に顔を出してくれるだろう? そうなれば生徒会も盤石だ」
……この人が会長になったら、先輩の傀儡政権がいとも簡単に誕生するんじゃないか? 顧問よ、あなたの目は曇っている。それはもう、曇り過ぎている。
「どういう人選なんですか?」
「生徒会は生徒自治のためにある。断じて職員室の下請けではない。というのが、ボクの考えだ」
「えっと、それで?」
「だから、ボクは教師にコントロールされない人材を求めている」
なら、先輩は適任かもしれない。教師にコントロールされないというか、誰にもコントロールできないだろう、たぶん。
「さっきも言ったように、君や、それに紅林後輩のことも色々聞いている。その傍若無人な振る舞い、ぜひ生徒会で活かしてもらいたい」
「僕は傍若無人に振る舞ってるつもりなんてありませんよ」
僕って、比較的品行方正な方だと自分では思うのだが。授業態度は至って真面目なはずだし、意味もなく教師に逆らったりも……あんまりしない。
「私もそんなつもりは……」
紅林さんも傍若無人呼ばわりされて困惑しているようだ。
「すまない、言い方が悪かった。そうだな。なんというか、君たちは自分の中に正しさの基準を持っているだろう? "先生が言ったから"という理由で判断しないと言ってもいい」
僕の中に明確な正しさの基準があるかと言われると、そんなことない気がするというのが正直なところなのだが。でも、確かに、先生が言ったという根拠に基づくことはないだろう。僕は教師が間違わないなんて幻想は持っていない。
「なんとなく、言いたいことはわかりました」
「ボクは生徒会を、そういう集団にしたいんだよ。
ボクはこの1年間、職員室の下請けとしての生徒会を従順にこなしてきた。その感想は、一言で言える」
現生徒会役員の偽らざる一言。
「ムダ。時間と金と人材のムダ。それ以外の何物でもない。
はっきり言おう。そんな生徒会なら、必要ない」
はっきり言うなぁ、と他人事に思った。僕には関係のない、どうでもいい話として聞いていた。
「職員室の意向を教師に代わって述べる広告塔。そんなものに意味などあるか? 内部向けの広報みたいなものだ。そんなものをわざわざ生徒にやらせる必要はない。生徒会ってのは、そうじゃないだろう?」
残念ながら、僕の中の生徒会のイメージはそうじゃなくない。
「ボクは職員室に従属しない生徒会を作りたい。協力してはくれないだろうか?」
考えるまでもなく、答えは否だった。理由は簡単。やる気がないから。でも、その理由ではあんまりなので、少し理屈をこねる。
「教師の協力なしに何ができるんですか? 予算も権限も、持っているのは教師側ですよ。職員室の後ろ盾のないただの生徒の集まりでは、何もできないでしょう?」
何もというのは誇張にしても、大したことはできないだろう。それこそ、文芸部にできる程度のことしかできない。
「ボクは別に職員室と縁を切ると言っているんじゃない。
生徒会は、生徒と教師を繋げるパイプのようなものだと思うんだ。
だが、現状、そのパイプを流れる水は一方通行。教師から生徒への方向にしか仕事をしていない。逆からの流れを作るには、生徒会は御飾り過ぎるんだ。生徒会が職員室に意見できる状況にない」
「だから、職員室に従うだけでなく、時には従える組織にしたいと?」
確かに、生徒からの意見を吸い上げて教師側に伝える組織はあっていいだろうし、それを生徒会が担うのは自然かもしれない。それに教師側が従うかは別にして。
「従えるって程でないにしても、ある程度の発言力はほしい。意見を言ったとして、それが無視されるのであればまったくもって意味がない。それは現状と変わらない」
「なんか、理想だけ掲げて具体的な方策は持ってない気がするなー」
そう、先輩が横から口を出してきた。
「現状が悪い、だから変えるべきだーってのはいいんだけど、どうやって変えるかがないと空虚だよ。空々しくて虚しいよ」
「ぐ、具体的方策としては、まず生徒会が生徒の主張を集める必要があるので、生徒会のSNSアカウントを作って、そこに自由に意見を書き込めるようにします。
そこから取り上げるべき主張を決めたら、その主張に生徒全体の何パーセントが賛成なのかを客観的な数値として調査し職員室に陳情します。客観的なデータに基づく主張は強いです。職員室も無視は難しいでしょう」
会長候補はそう先輩に持論を述べた。手堅い方策。そして、それは。
「わたしたち向きじゃないかな、それは」
先輩の言うように、僕たちに向いてはいない。
「生徒会役員はめっちゃ大変そうだけど、ちゃんと現実を見据えている方法なんじゃないかとは思うよ。でも、間違いなく協力者の選び方が間違ってる。
今の話って結局は、生徒のうち多数派の考えを、それが多数派の意見だって証拠付きで突きつけるってことだよね? 生徒会が生徒を代表して、その民意を伝える。多数派の意見を民意だとして。なら、わたしたちは協力しない。
だって、わたしたちは大抵は多数派にいない。わたしたちは多数派に噛み付く少数派側の人間だから、協力するどころか、邪魔する可能性すらあるよ。わたしたちのその案に対するスタンスは対立であって、協力はありえない。
生徒会役員で独裁するとかって話ならまだ考えたかもだけど、今回はダメだね。ごめんね」
先輩ははっきり断りの言葉を発した。これでこの話は終了だ。
「……なるほど。仰ることはわかります。では、方策を変更して、少数意見も尊重するように」
「それは本末転倒でしょう。協力者を得るために主張変えるのは、違うと思います」
つい、そう口にした。これが僕たちからどうしても協力を得なくてはならない状況ならわかる。だが、今はそうではないはずだ。
「蒼井後輩。正論は、今はいいんだ」
正論はいいって、なら何を言えと? いや、何も言うなってことか。
「端的に言おう。ボクは君たちと、何より真白先輩と一緒に生徒会をやりたい。ダメだろうか?」
これまでの話は全て建前だと、そういうことなのだろうか。この会長候補、最初に先輩のファンだって名乗っていたか。
「あの、そもそもなんで先輩なんかのファンに?」
そう尋ねると、先輩が「なんかとは何だ!」と予想通りの反応をしたが、まぁ無視だ。
「……愛らしいから。その子どもっぽいと容姿と言動。それとは対照的な頭脳」
……この人。いや、しかし、その言い方では。
「プッツーン。却下だー! 帰れー! わたしは子どもみたいじゃなーい!!」
先輩は激昂する。子どもっぽいと言われれば例外はない。いつも通りの反応。予定調和。だが、紺野先輩は狼狽えた様子を見せる。
「いえ、あの、そうじゃなくて。ボクが言いたいのはですね」
「いいから帰れ!!」
先輩は強引に紺野先輩をパソコン室から追い出した。
「あれ、出禁! 入室を許すな!」
そこまでなのか……。
「子どもみたいと言われただけでそこまでですか……」
その理屈だと、僕も出禁になってしまうのだが……。
「あれ、冗談じゃなくて本気で言ってる感じだったし! それに、なんかアレと関わるのは面倒くさそう」
面倒そう、それには心より同意する。ああいう意識高い系の変人は面倒くさい。
「蒼くん、紅ちゃん」
「「なんですか?」」
「サインあげるよ。なんか、アレにだけあげたのが気に入らなくなった」
いらないと思いつつも、僕と紅林さんは先輩のサインをもらった。
あの会長候補とは今後関わらないようにしたい。……なんか無理そうな予感がする。
真白さん卒業後も物語が回るようにと、新キャラの準備をする章になりつつある……。




