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4話 神への冒瀆

 オープンキャンパスでの主題は宗教と恋愛小説になりそうです。どうしてこうなった……?


 何を言っているのか、さっぱりわからない……。


『遺伝子改変による難病治療』というテーマでの講義。最初の5分くらいはわかったのだが、終わりに差し掛かろうという今になってはまったく理解できない。ノートを取っていた手も、既に止まっている。


「——この技術を用いれば、遺伝子を改変することで、遺伝子異常によって起こる病気の発症を防ぐことができるわけです。現状は実験室の中での話ですが、近い将来、産婦人科や小児科には遺伝子外来ができると思いますよ」


 そう言って、本講義の担当者である40代後半くらいに見える男性は話を終えた。


 遺伝子。それによって、人間のパーソナリティのどれほどが決定されるのだろうか。例えば、遺伝情報が同じである一卵性双生児であっても、まったく同じパーソナリティになるわけではない。パーソナリティの100%が遺伝情報で決まるわけではない。しかしやはり、遺伝情報による部分も少なくはないと思う。


 遺伝子を改変すれば、僕という人間のあり方は変わるのだろうか?


 そんな風に益体もなく思うのだった。


「何か質問のある方はいらっしゃいますか?」


 その言葉に、僕の2つ前に座った男子が手を挙げた。


「先生の今仰ったことは、つまりはデザイナーベイビーを作るということですよね? それは、倫理的に許されることではないのでは?」


「なるほど。そのようなご意見は度々耳にします。はい。しかし、私たちの研究の目指すところは医療にあります。遺伝子改変で優秀な子どもを作り上げるわけではありません。病気を抱えて生まれてくる子の病を取り除くことがこの研究の成すことなのです」


「いえ、先生、それは言い方の問題ですよ。要は遺伝子情報を書き換えて、本来あるべき姿から変異させるのでしょう? それはやはり神の領域であって、許されざる行為だ」


 質問者の口調は、遺伝子改変そのものを悪だ決めつけたようなものだった。しかし、講演者は柳に風とばかりに涼しい顔をしている。


「では、例えば、あなたが生まれながらに病に侵され、ずっと病院のベッドの上での生活を強いられていたのなら、それを神から授かった本来のあり方なのだと納得できますか? 私は、それがたとえ神への冒瀆であったとしても、未来の子どもたちの自由を求める研究はすべきだと考えます。いるかどうかもわからない神なんかよりも、現実に苦しむ人たちの方が優先されて然るべきだと、少なくとも私は考えています」


「詭弁だ。先生が本当にそのような理念で研究に取り組んでいるのだとしても、世の中ってのはそうはいかない。その技術で子どもに才能を植え付けることができるなら、是非してくれって親はいくらでもいる。デザイナーベイビーを技術的に可能にすることそのものが問題なんだ」


 ヒートアップした質問者は、拳で机を叩いて声高に主張する。それとは対照的に、講演者はどこまでも柔和な表情だ。


「リスクを恐れて技術の進歩を放棄するのは、科学者の行いではありませんね。リスクを理解して、その回避方法を用意するところまでが科学です。さて、時間もありますし、他の方の質問も」


「俺の話はまだ」


「はーい、しつもーん」


 まだ話を続けようとする男性など気にもせず、無遠慮に手を挙げたのは、やはりというか、先輩だった。


「おや、可愛らしいお嬢さん、今の講義はあなたにはまだ難しかったかもしれませんね」


「わたし高3です! わかります! 今の話では、遺伝子の一部を狙い撃って編集して、その他の部分はそのままにってことでしたよね? 他の部分が予期せずに改変される、いわゆるオフターゲットですが、それは起こらないんですか? 確か、オフターゲットを無くすのは近年の大きな研究テーマの1つだったと思うのですが?」


 先輩が真面目な質問をすると、先程の質問者はもういいと言わんばかりに部屋を出て行った。なんだったんだ、あいつ。


「これは失礼。よくご存知のようですね。確かにそれは大きなテーマの1つです。今日の講義が、目指すところとそれを可能にする技術に焦点を当てた結果、それに付随する問題点が蔑ろにされたものになっていたことをここにお詫びしましょう。私は先程、この技術が既に大成されているかのように語りましたが、まだ問題点はあります。オフターゲットもその1つですね」


「紹介されていた実験が、植物や微生物、あとは貝だったのは、哺乳類実験まで漕ぎ着けていないということですか?」


「鋭いですね。ただ、哺乳類実験まで漕ぎ着けていないということはありません。マウスでの実験どころか、霊長類でも行われています。世界的には。しかし、私の研究室では、霊長類に対しての実験は行えていません。マウスでの実験も、ここで紹介できるほどの検証ができていません。私は、この場では、私自身が確認できていて、しっかりと説明できるものだけを紹介したかったのですよ」


「では、産婦人科や小児科に遺伝子外来ができるのは、近い将来と言いつつ、まだかなり先の話ですか?」


 先輩のこの言葉に、これまで涼しい顔をし続けていた講演者が少し困った顔をした。


「これは、可愛らしい外見に反して厳しいですね。近い将来は、近い将来ですよ。少なくとも100年単位の話ではない。10年ということはなくても、私が生きているうちにはと思っています」


 あと50年、それくらいすればということだろうか。50年先のことなんてわかるわけもない。それくらいの年月があれば、世の中はいくらでも変わり得るだろう。


「なるほど。よくわかりました。ありがとうございます」


「では、時間も頃合いですし、これで本講義は終了と致します」


 講演者が頭を下げると、僕たち受講者は示し合わせたかのように拍手をする。拍手を終えたら、荷物をまとめて教室の外へと出る。すぐにバスで移動だ。



「最初の質問者、あれなんなの?」


 バス移動の30分は、先輩の愚痴を聞く時間になりそうだ。それを察知してか、先輩の隣は僕に押し付けられた。いや、別にいいけれど。


「生命科学と宗教が対立するのは仕方ないですよ。彼は敬虔なる信者だった、それだけでしょう」


「でもさぁ、現代に生きてて、まさか本当に空飛ぶスパゲッティモンスターが生命を創り出したなんて思ってないでしょ?」


 いや、空飛ぶスパゲッティモンスター教の信者は、そもそも空飛ぶスパゲッティモンスターの存在自体信じていないだろう。確か、反証されれば教義はすべて捨てるんだったか。反証可能かは甚だ怪しいけど。


「空飛ぶスパゲッティモンスター教は、先輩好みの宗教だろうなとは思いますよ。あれが本当に宗教かは知りませんけど」


「空飛ぶスパゲッティモンスターだろうと、その他の神だろうと、超常的存在っていう点では一緒だよ。そんなものが存在するなんて思えない。とうの昔、ニーチェの時代に神は死んだんだよ」


 神はいない。僕だってそう思う。僕は無神論者だ。


「日本は宗教感が薄いですからね。神なんていないと思いつつ、困った時には神社に行くみたいなところがありますね」


「蒼くん、さっきから相槌が微妙にわたしの話に即してない」


 そりゃ、僕は宗教批判なんて危ない橋を渡りたくはない。このバスの中に敬虔なる信者がいたらどうするのだ。


「でも、日本が宗教感が薄いってのはその通りだよね。わたしは、それがこの国の大きな美点の1つだと思うよ。神道、仏教、キリスト教に空飛ぶスパゲッティモンスター教、もうぐちゃぐちゃだもんね」


 先輩の宗教の捉え方そのものがぐちゃぐちゃなんだと思う。日本で混ざり合っている宗教を4つ挙げるときに、4番目に来るのが空飛ぶスパゲッティモンスター教って……。


「宗教感が薄いというのは長短あるのでしょうが、創作物なんかの幅を広げているとは思います。神様と人間の恋愛モノとか、神様を軸にしたコメディとか」


「うーん、でも、ギリシャ神話なんかだと」


「ギリシャ神話の話はやめましょう。ドロドロし過ぎてますから」


 ギリシャ神話は昼ドラなんて言われるレベルだ。神話って、それが実話であるっていう先輩が嫌いそうな考えを除けば、人間の営みを神に当てはめて作られているはずで、その結果がドラマやラノベみたくなるのも納得はできる。


「宗教かぁ。信じるのは自由だけどさ、それを他者に押し付けるのは勘弁してほしいね。信教の自由は、公共の福祉に反しない範囲でだよ」


 先輩はそう言うと、窓に指で空飛ぶスパゲッティモンスター教のシンボルマークをなぞるのだった。先輩、実は空飛ぶスパゲッティモンスター教の敬虔なる信者なのでは?


 遺伝子編集については完全に門外漢なのでにわか知識で書いています。間違いがあったらご指摘ください。あと、別に空飛ぶスパゲッティモンスター教を布教しているわけではありません。

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