21話 大人
なんとなく予想していたが、放課後に担任に声をかけられ、特別教室1へと連行された。
「私は、君の答案は素晴らしかったと思います」
担任の第一声はそれだった。どの科目の答案かは言わなかった。道徳以外の科目なら、英語や生物はどうでもいいミスをしているとはいえ、その言葉に納得できる。だが、道徳に関してなら、違うと断言できる。
「英語と生物は自分的には満足できませんけど。国語も後2点は取れました」
「わかっていると思いますが、道徳の話です」
「道徳に関しては231位で、真ん中より随分下です。素晴らしいわけもないです」
「あのような採点になってしまったことを、私は一教師としてではなく、私個人として謝りたい。すみません」
担任はそう言って頭を下げた。深々と。たぶん誠意を込めて。……なんとも無意味に。
「先生が謝ることなんて何1つないでしょう? 採点ミスがあったわけでもない。何も、そう何も、先生が謝るべきことなんて起きていないですよ」
「君の答案は間違いなく正しかった。私は」
僕は担任の言葉に重ねるように告げる。
「題意無視。正しいわけがない」
一瞬、担任の表情が揺らいだ気がした。だが、そう思った瞬間にはいつも無表情になっていた。
「……事実を話しておこうと思います。君の答案は、職員室内で問題になりました」
担任はその無表情で、淡々と語り出した。
「君の答案の内容を、恥ずかしながら、私たち教員は想定していませんでした。選択肢にない優れた方法を提示される可能性を考えていませんでした。結果、どのような採点をすべきか、職員室内で話し合うことになりました。君の答案を認めるのか否か。話し合いの具体的な内容は省きますが、君の答案を認めるべきだと主張する先生も少なからずいました。ですが、最終的には、『題意無視は受験では問答無用で0点になる』という主張が勝つことになってしまいました」
「別にいいですよ。それで。悔しくないかと言われれば悔しいわけですが、先生の採点に異を唱えるつもりなんてありません。ただ、僕が採点基準を読み違えただけです」
これについては、既に僕の中で、僕が未熟だったという結論で落ち着いている。謝罪される必要も、事実関係を聞く必要もない。
「今回の結果を受けて、道徳的な答えを探すよりも、教師の望む答えを探す方が正しかったと、そう思わないでください」
「事実がそうなのですから、そう思いますよ。いえ、ずっとそう思っています」
そう。僕はずっと、そういう考え方で道徳の試験に臨んでいたはずだ。はずだった。
「私は、今回の採点は、私たち教員の方が間違っていると、そう思っています。君の答案は、間違いなく正しい、道徳的なものでした」
「教師たる先生が、学校の総意として決まったことを否定したらマズいですよ」
教えるという立場にある教師は特に、個々人の判断が矛盾を起こさないように、意思の統一されていなくてはならないはず。生徒から、先生たちの言っていることは矛盾していると思われては、教師はやっていけない。
「君だって、自分の意見と集団の総意が異なる時は、自分の意見を優先したいでしょう?」
「優先したいですし、僕の立場なら、まだ優先できます。でも、社会人の立場では、そういうわけにもいかないんでしょう。学校でわがままを言うのは、僕たち生徒の特権です」
言って思った。僕は自分の子どもという立場に、生徒という立場に、責任がないという状況に、とても甘えているのだと。
「確かに、そうかもしれませんね。言いたいことも言えない。大人は不自由です」
「しだいに不自由になることを、大人になると言うのでしょう」
僕はまったくもって大人ではないんだな。大人になんてなりたくないと嘯くつもりもないが、事実として、僕は大人になろうとはしていないのか。
「君は、時に、気取ったことを平気な顔をして言いますね。文芸部らしい一面ですね」
そう言われると、途端に先の発言が恥ずかしくなる。大人になるって、とか語ってるのは、客観的に見てイタい。なに言ってんだよ、僕。
「先生、要件が終わりなら、もう帰っても?」
ここで担任とそんな恥ずかしい会話を続けたくはない。僕が退出を願い出ると、担任は少し考えた様子を見せ、
「要件は終わりましたね。私が言いたいことは言いました」
と答えた。僕はその返答を聞くやいつも通りに、
「では、失礼します」
と言って、部屋を出た。今日は火曜なので部活はない。部内での結果がわかるのは明日だ。先輩に勝てていないことはほぼ確実だろう。採点には納得していると言いつつも、僕は大きくため息を吐いた。
次で5章ラストです。




