18話 微妙なキャスティング
長めです。
目的地なんて当然なかった。ただひたすらに、足を動かすだけだった。それだけを意識に置いた。
気づいた時には、家から少し離れた公園にいた。ここに来るのは小学生の頃以来な気がする。
公園にある時計を見ると、時間は20時少し前。そんなに遅い時間でもないが、さすがに小学生が遊ぶ時間ではない。実際、公園に小学生の姿はなく。たった1人、ベンチに座る制服を着た中学生の姿があった。その中学生に、僕は見覚えがあった。
「あれ、えっと、一浜の先輩?」
中学生はこちらに気づくと声をかけて来た。文化祭の時、相談コーナーで出典当てをしてみせた彼だ。
「やぁ、偶然だね」
「なんでこんな時間に公園に?」
尋ねられると、なんて答えていいのかわからない。今の僕の状況を表すに近い言葉を探すのなら。
「散歩、かな。そんな感じ。君は?」
僕は彼の名前を知らない。彼だって、僕の名前は知らない。
「あー、えっと、ええ、家に居づらくて。受験生勉強しろーって言われるんで」
今考えました、そういう雰囲気だった。でも、深く追求することもない。僕だって、追求されたくないし。
「先輩、夜の公園で偶然の遭遇とか、先輩が女子だったら、ボーイミーツガール始まると思いません?」
彼はそんな冗談を口にした。まぁ、彼と共通に話せる話題として、ラノベはわかりやすい。
「まぁ、ありそうではあるよね、そういう導入」
僕は、彼の座っているベンチに、彼とは少し距離を置いて座った。
「先輩的にも、ここにいたのが俺ってのは、微妙なキャスティングだと思いません?」
「微妙だね。名前を知らないのに、顔は知ってる相手。こんな話をしていること自体、微妙だ」
でも、話す相手がいたことはとても幸運だ。変に自問自答しなくて済む。
「そういえば、お互いに名前知らないですね。俺は、山城 新って名前です」
「僕は蒼井 陸斗、よろしく」
僕が名乗ると、山城くんは微妙な顔をした。
「蒼井先輩、ですか」
「どうかしたかな?」
「いや、同じ苗字の知り合いがいて、今、その人とかなり微妙で」
これは妹案件では? なら、あまり深く聞くのはやめといた方が。
「その人に告ってフられたんですよね。なんで、蒼井って苗字でちょっと」
山城くんはことさら明るく言った。言ってしまった。これは、妹案件ではないことを祈ろう。確認はしまい。
「ああ、そうなんだ」
僕は興味なさげに返した。
「こんな時間に公園にいたのも、傷心してたんですよね、実際」
彼は明るく、失恋の話を続ける。嫌だ。聞きたくない。
「その話はいいよ。正直なところ、人の恋バナとか、興味ないから」
「いやー、興味も関係もない人なら話しやすいんで、話してスッキリしてもいいですか?」
いや、本当に関係ない話なら聞き流すからいいんだけど、微妙に関係ありそうな感じも……。
「いや、聞きたくないな」
「マジですか。手厳しいですね。俺的には、こんな適任がいきなり現れたんで、これはこの話をしろって神様が言っている気がしたんですけど」
「ごめん。その話は本当に聞きたくないから」
「あー、でも、冷静に考えると、蒼井さんも一浜受けるんで、来年には先輩も関係ある人になってるかもしれないんですよね。だと、やめといた方がよさそうですね」
うん。えっと、うん。一方的に気まずい。
「先輩、この公園よく来るんですか?」
山城くんはやっと話題を変えてくれた。
「いや、全然。かなり久しぶりに来た」
「いつ以来ですか?」
「小学生の頃以来だね」
この言葉に、山城くんは疑問顔で返した。
「小学生の頃というと、先輩ってこの辺に住んでるんですか? そういえば私服ですね。一浜からじゃなくて、家から?」
「まぁ、そうだよ」
家の情報は、あまり話したくないな。僕から妹に繋がり得る情報は出したくない。
「それより、そろそろ帰った方がいいんじゃないかな?」
そう話をそらすことにした。山城くんはその言葉にスマホで時間を確認した。
「8時ですか。確かに、そろそろ帰った方がいいかもですね。あー、先輩、せっかくなんで、1つ質問してもいいですか?」
「いいよ。何?」
ここで、僕が最も恐れた質問は、「妹はいますか」だったが、それとはまったく別の、恐れてはいなかったが困る質問が飛んできた。
「先輩って、家に居づらかったりします?」
「えっと?」
質問の意図が見えない。
「いや、あの、こんな時間に公園をうろつく男子高校生って、ちょっとなーって思っちゃいまして。いや、もちろん、俺も人のこと言えないんですけど。で、俺と同じで家に居づらかったのかなって」
俺と同じでって、山城くんは失恋で傷心してここに佇んでたんじゃないのか? まぁ、その話に戻りたくないから、そう訊きはしない。
家に居づらかったのか、か。別にそんな理由で外に出たわけじゃない。思考を止めるために、ただ足を動かしたかったに過ぎない。
「そんなことはないよ。家族との関係は別に悪くない。僕は単に1人で歩くのが好きなんだよ。放浪癖、かな?」
家族との関係は悪くはない。表面上は。喧嘩もなく、穏やかな家庭だ。
「そうなんですか。俺なんて毎日親と口喧嘩ですよ。志望校変えろってうるさいんです」
「一浜より上に、かな。変えられるくらいの学力があるのなら、上を見るのもいいと思うよ」
自分はそんな選択はしなかったくせに、僕はそう言っていた。
「俺、蒼井さんと同じ学校に行きたいんですよ」
一瞬、蒼井さんというのが自分のことだと勘違いして、何言ってるんだこいつと思った。だが、当然、この蒼井さんは僕ではなく、愛しの君なのだろう。……なんでこの話に戻るんだよ。
「そんなことで志望校選んでる俺ってキモいですかね?」
苦笑を浮かべる山城くん。その姿は、別に気持ち悪くはない。しかし。
「キモくはないけど、親に反対されるのはわかる」
いや、行為だけで見たら、ストーカーっぽくて気持ち悪いかもしれない。まぁ、もちろん言わない。
「フられましたから、そんな理由ってどうなんだって、自分でも思いますよ。でも、他の高校に何か魅力があるかっていうと、微妙で」
「進学実績は、目に見える魅力だと僕は思うよ。一浜は、国立に合格するのは毎年10人いかないから」
僕はなぜ、彼に一浜以外を勧めているんだ? 別に一浜だって悪い高校ではない。僕みたいな人間ですら、それなりに楽しくやれるという面で、いい学校なのではないだろうか。
「まぁ、一浜も悪い高校ではないよ。個人的に居心地も悪くないし」
そんな言葉を取って付けた。
「先輩って、なんで一浜を選んだんですか?」
「家が近いから」
つい即答していた。その答えに、山城くんは苦笑した。
「蒼井さんと同じこと言いますね」
彼の言う蒼井さんは妹であると確信していいだろうか? これで実は全然関係ない人だったなら、そんな妹の生き写しみたいな人が後輩になるの嫌なのだが。
「先輩」
「何かな?」
嫌な予感はした。
「先輩って妹さんとか、いたりします? 名前、美月さんだったり?」
アウトだった。完全に妹案件だった。僕は何と返答するのが正解なのかわからず、「あー、えっとー」とか言って誤魔化しを試みた。
「マジですか。お兄さんですか。あっ、えっと、俺、ストーカーとか、そういうんじゃないんで! はい。それは、違うので!」
居た堪れない。帰りたい。この空気は辛い。
妹に恋する相手と話すとか、ハードル高過ぎだ。僕にそんなことできるわけないだろ。
「わかってるよ。うん。じゃあ、僕は帰るから」
もう無理矢理にでも離脱しよう。
「いや、お兄さん、ちょっと待ってください」
呼称がお兄さんに変わった時点で待ちたくない。
「いや、僕はもう帰るよ。なんか、変な情報が入ってきたお陰が、いい感じに思考が回らなくなったし」
「俺、やっぱ、一浜受けます。で、文芸部入ります」
「はい?」
話がどう繋がると、文芸部に入るという結論が得られるんだ? 帰ろうと歩き始めたのに、思わず山城くんの方を振り返ってしまった。
「お兄さんと仲良くなって、そこから、蒼井さんとも仲良くなろうと思います」
それは、お前は踏み台だという宣言だろうか? 僕と仲良くなるのと、妹と仲良くなるのは別の話だし、それに。
「君がその呼び方をする限り、仲良くなんてなれないよ」
お兄さんという呼ばれ方は、絶対に許容できなかった。
「じゃあ、アニキって」
「もっと許容できない。仲良くなれないどころか、嫌うよ」
僕の返答に、「そうですよね」と笑う山城くん。彼の心象自体は悪くない。仲良くできる人間な気がする。
「なら、えっと、あー、すみません、下の名前って何でしたっけ?」
「陸斗だよ」
「じゃあ、陸斗先輩! 俺、絶対合格して文芸部入るんで、その時にはよろしくお願いします!」
そう言って、山城くんは頭を下げた。話ぶりからして、合格はするだろうと思う。文芸部の後輩としても、いい人材だと思う。……妹の件さえなければなぁ。
「妹は、文芸部には入らないよ。間違いなく」
妹って今何部だっけ? 運動部ではなかったと思う。基本スペックの高い妹なら、何をやらせてもそこそこの成績を残せそうな気はするけど。
「いや、部活を蒼井さんと同じにしたら、それこそストーカーだって思われそうじゃないですか。それに、元から文芸部は第1候補でしたし」
妹と切り離して考えればいい後輩だ。うん。そう思うことにしよう。
「まぁ、まずは勉強を頑張ることだよ。安全圏だからって手を抜いてると、痛い目を見るかもしれないよ」
「手なんて抜きませんよ。必死に勉強する自信があります」
その言葉に、妹と同じ高校に入るためなら、という注意書きがつく気がして、正直ちょっと気持ち悪かった。僕は、恋する男というものは少しばかり気持ち悪いものだということを理解した。特に、身内に恋する男は。
「……まぁ、頑張って。でも、頑張り過ぎて体調を崩さないように。と、定型的なことを言っておくよ。じゃあ、僕は帰るから」
「はい! では、また」
また会う時が来るのかな。来るんだろうな。僕は公園から出て、家へと向かった。思考は妹と山城くんに関するモヤモヤに支配されていた。その点は、出かけて正解だったかもしれない。……正解だったのか?




