7話 試験で点数を取るために道徳を学んでいるんですか?
第1章ラストです。活動報告にもありますが、まだ余裕がありますので、第2章までは毎日投稿したいと思います。
活動報告にて、今後の方針について書いております。
放課後、職員室に赴くと、担任から別室で話すと言われ、特別教室2に移動した。
「どうして呼び出されたのか、わかりますか?」
向かいに座る担任にそう訊かれたが、心当たりはない。試験結果についてということだったが、何か問題があっただろうか?
「いえ、わかりません」
担任は無言でこちらを見つめる。無表情。居心地が悪い。
「1組の紅林さんは知ってますか?」
なぜ紅林さんの名前が出るんだ?紅林さんが何かやって、僕が巻き添えを食っている?
いや、紅林さんが何かやらかしたというのも、あまりありそうではない。
「知っています。紅林さんがどうかしたのでしょうか?」
担任はずっと無表情だ。
「紅林さんと一緒に勉強したりはしましたか?」
なぜこのようなことを訊かれるのかがわからない。
「中間試験に対してということなら、しましたけど……?」
「2人とも、とてもいい結果でした。よく頑張ったんだと思います。具体的にどのように頑張ったか教えてくれますか?」
なぜ担任から勉強法を訊かれなくてはならないのか。これが同級生ならまだわかる。試験でいい結果だった人に勉強法を訊くのは、理解できることだ。
だが、それを担任からとなると、理解しがたい。勉強法も他の生徒にも教えるつもりだろうか?
「先輩から過去問を貰って、傾向を分析して、予想問題作ってって感じです」
なんと答えても担任は無表情。この人は授業中もいつも無表情だ。ロボット的なあだ名が付いていた気がする。
「先輩っていうのは?」
「3年生の真白先輩と2年生の大白先輩です。同じ部活なので」
「真白さんですか。彼女と一緒に勉強したなら、あの結果も納得できます。
……さて、ここからが本題なのですが、君と紅林さんの道徳の答案が問題になっています」
「つまり、どういうことですか?」
「記述式の問題なのに、君たちの答案はあまりに似過ぎています。クラスが違うのでカンニングではないとは思いますが、その答案は用意した模範解答にも似ているので、事前に模範解答を盗み見たのではないかという疑いがあります」
なるほど。理解できた。
「僕たちの答案が似ていた理由は簡単です。同じ問題を予想問題として、一緒に解いたからです。模範解答に似ていたというのは、それだけ傾向分析がうまくいったということでしょう」
「道徳の試験に関しても、他の科目と同様の勉強をしたのですか?」
担任の表情は変わらないが、口調は驚いたような口調だ。
「はい、もちろん。採点基準の分析が必要だったので、他の科目よりも難しかっと言えます」
すると、担任はうーんと唸る。
「道徳の試験は、そのように分析をして挑むべきものではないと思いますよ」
「分析をした結果、これだけいい点が取れたものと思っています」
試験で点数を取るという点では、僕たちの対策はこの上なく適当だったはずだ。それはこの点数や、筆箱の中に収められた消しゴムが証明している。
「道徳の試験は、点数がよければいいというものではありません。自分の正直な意見を書かないと意味がありません」
「試験の点で成績がつくのに、点数がよければいいわけではないと言われても困ります」
「しかし、試験のための勉強では、本当の道徳観は学べません」
そんなことはどうでもいい。僕は、道徳観を培いたくて道徳の試験に挑んだのではない。試験で点数を取ることを目的に、試験を受けたのだ。道徳観が学べるか否かは問題ではない。
「それは、道徳で試験を実施するということ自体が間違っているということではありませんか?」
「生徒が自分の道徳観の正しさを確認するために、試験は必要です。しかし、それは自分の道徳観を正直に書くから意味があるのであって、外向けの道徳観を書いても意味はありません」
そう言われても、試験において、点数が取れる答えがわかっているのにそれを書かないなんてことはできない。
「君は、試験で点数を取るために道徳を学んでいるんですか?」
この質問に対する答えはYESだ。
だが、担任はそれを質問ではなく反語として話していることはさすがにわかる。
「試験前は、試験で点数を取るために勉強します」
なので、いつもは違いますよといったニュアンスを含ませて答えた。
担任はため息をついた。
「とりあえず、模範解答を事前に入手したという事実はありませんね?」
本題はそれだった。
「はい。断じてありません」
「わかりました。放課後に呼び出してしまって、すみません」
特別教室2を出ると、隣の特別教室1から僕とほぼ同時に出る生徒がいた。
「あっ」
それは、紅林さんだった。同じ時間に呼び出して、証言に矛盾がないか照らし合わせたりするつもりなのだろうか。
「たぶん同じ理由ですよね」
「ええ、たぶん」
紅林さんは少し疲れたような顔をしていた。
「私、担任の先生、苦手なんですよね」
紅林さんは苦手な人が結構多いようだ。それでいて部長とは気が合うというのだから、変わった人だ。
「中間テスト、終わりましたね」
紅林さんは世間話といった感じに会話を続ける。僕たちはなんとなく連れ立ってパソコン室へと歩いていく。
「終わったのは結構前って感じですけどね」
「結果、どうでした?」
単刀直入だな。まぁ、もったいぶる必要もない。
「5個でしたよ」
「引き分けですね。私も5個でした」
サラッと口にした僕の答えに、紅林は同じくもったいぶることもなく、すぐに返答した。
「たぶんですけど、私と蒼井くんで1位独占ですよ。なんか、すごくないですか?」
言われてみると、確かにすごい。
1年生は約290人。このトップを独占。いや、実感はないけれど。
もともと勉強だけは得意だったし、高校のレベルも絶対に落ちないという所を選んだわけではあるが、それにしたって僕の実力を超えた結果だ。
誠に遺憾ではあるが、部長のおかげという面は強いのだろう。
「まぁ、普通は過去問対策とか傾向分析とか、定期試験にはしませんからね」
「担任の先生、驚いてました。特に道徳の対策については。テストなんですから対策するのは当然だと思いますけどね」
そう言う紅林さんからは、少しばかり怒りの感情が感じられる。
「試験対策して怒られるというのは心外ですよね。対策方法が不正なら別ですけど、僕たちは別にカンニングしたわけではありませんし」
僕だって、少しばかりは怒りの感情を持ってはいる。
「道徳のテストは対策して臨むべきものではないって言われました。なら、それで成績はつけないでもらいたいです」
紅林さんもだいたい同じようなことを言われたようだ。
「同感です。そもそも道徳を評価するということに無理があるんですよ」
「テストで測れるのは知識と思考力であって、人間性は測れませんからね」
紅林さんと愚痴を言い合いながら、僕たちはパソコン室に着いた。
*
「2人とも、遅いっ!!」
パソコン室に入るなり怒鳴られた。
「なんか、担任から呼び出されまして」
「ふかー!!」
一応言い訳をするも、部長はご立腹のお猫様の真似をして取り合ってくれない。いや、これ、絶対怒ってないでしょ。
「ふしゃー!! みゃー!!」
どう返答とするのが正解なのかさっぱりわからない。しかし、僕はこういう時の部長の扱い方をすでに心得ている。当然、無視である。
「大白先輩、結果はどうでしたか?」
「あー、俺は普通だ。2個。お前らは?」
「5個でした」
「私も5個でした」
紅林さんもごく自然に部長を無視した。これも文芸部に慣れたということだろう。
「くらえー!!」
無視されると理解してか、猫モードから復帰した部長が唐突に何かを投げつけてきた。
肩に当たったそれは床に落ちる。大した痛みもない。拾って確認するまでもなく、消しゴムだ。
「まだまだー!!」
矢継ぎ早に消しゴムを投擲する部長。当たっても痛くないとたかをくくっていたら鼻の頭にクリーンヒットした。痛い。
「っ」
つい声が出た。
「あっ、ごめん。大丈夫?」
意気揚々と攻撃してきていた部長が、一瞬でシュンとした。悪戯を怒られた小学生にしか見えない。
「大丈夫ですよ。これを拾う気は起きませんけど」
僕の周りには、消しゴムがいくつも散乱している。いくつだ?
「……8個ありますね。全部部長の物ですか?」
床に散らばる消しゴム。パッと目に入ったものにはWritingと彫られている。
「10科目中8科目で1位! どうだー、すごいだろー、ドヤぁ」
実際すごいのだが、言い方が全然すごさを感じさせない。
部長ならそれくらい取りそうな気もしていたし、大きな驚きはない。
「確かに、すごいですね」
「なんだよぉ、もっと褒めてよぉ、もっと讃えてよぉ、もっと崇め奉ってよぉ」
すごいのはわかる。実際、部長はすごい人だ。だが、対応するのは面倒くさい。
「合計で20個ですね。なんか途中から当初の目的を忘れてましたが、これで本20冊ですよね」
言いながら思い返すが、途中からは本云々よりも紅林さんに勝つことが目的になっていた。
勉強で競い合うというのは、僕にとってはなかなかに楽しかったのだ。運動で競い合う体育祭は全くやる気がなかったというのに。
「じゃあ、大くんがビリだったから、今日は大くんの奢りでご飯だね。やったー」
無視され続けても諦めないのが部長クオリティだ。
「いや、聞いてないっすよ」
すかさず大白先輩がぞんざいに否定の言葉を発する。部長へ視線を送ることすらしない。
「えーっ!! そこはもっと必死に否定するところでしょ!! ……ねぇ、今日、みんな冷たくない? ……あれかな? 試験が終わったらもうあんたには用なんてないからって感じなのかな?」
突如、部長はトラウマを刺激されたように暗い顔を見せた。そういう経験があるのだろうか。
「いえ、いつも通りに部長のテンションにはついていけないなぁと思って無視しているだけです。いつも通りです」
「蒼くん、その言い方も酷い……」
今度はジト目。コロコロと表情が変わる。情緒不安定なのではないだろうか。
「部長はいつも以上にテンション高いですね。何かいいことありましたか?」
「だから、8科目でトップだったって言ってるだろぉー!!」
そして叫ぶ。部長はいつも通りにうるさ……賑やかだ。これがいつも通り。この人ヤバいな。
「部長がすごいってのはわかるっすけど、何となく、それくらいやりそうだなって思ってたんで、あんま驚きとかはないんすよ」
「大くんがわたしのことをすごいって言ってくれた。感動ー!!」
部長ならそれくらいやりそうというのはわかる。この人、なんでこれで勉強できるんだろう。いや、なんで勉強できるのにこんななんだろう。
文芸部員全員が何かしらの教科で学年トップ。元から勉強できるのが集まっているってのもあるが、まぁ、部長の影響は強いんだよな。
「さて、わたしは司書さんの所に行ってくるから、みんなの消しゴムを渡したまえ。ふははは」
勝ち誇る部長を見るとなんかイライラするのは、僕だけではないと思う。生意気な小学生と対峙している気分だ。相手にするのは面倒なので、僕は無言で消しゴムを渡した。僕は投げたりしない。ていうか、投げた消しゴム拾ってないし。なぜか僕と紅林さんが拾って部長に渡した。
「じゃあ、行ってくるよー」
部長は走って部屋を出た。廊下を走るのは良くない。
「部長は中間テストに全力出してたからな、嬉しくて仕方ないんだ」
走り去る部長を見て、大白先輩は言った。あなたは父親か何かですか、と言いたくなるような面持ちだ。もちろん、言わないけど。
「部長のわがままに付き合ってくれて、ありがとな」
部長のわがまま。思い当たることが多いようで、何もない。何の話だ?
「部長のわがままに付き合った記憶が思い至らないのですが」
「いや、お前たち、体育祭の練習とかサボってまで、部長と一緒に勉強してくれただろ。部長が勝手に決めてきた約束のために。部長があの約束を取ってきたの、たぶんだが、一緒に体育祭サボる仲間を作るためだ。体育祭、大嫌いだからな、部長は。俺は、クラスの連中の目とかも気になってダメだったが、お前たちは最後まで部長に付き合ってやったんだろ」
大白先輩は感慨深そうに言うのだが、つまり、何が言いたいんだろう。体育祭の練習をサボったことを感謝されているのだろうか。なら、それは非難されるはずのことであって、感謝されることじゃない。
「僕は部長のために練習サボったわけじゃないですよ。単純に、試験の方が優先度が高いと思っただけです」
「私も、真白先輩のためというわけじゃないですね。試験の方が大切なのは当たり前ですし」
つまり、大白先輩の謝辞は完全に的はずれということだ。僕は努力してパソコン室に来ていたのではない。たぶん、パソコン室に逃げて来ていたんだ。それに感謝されても、その謝辞に価値は感じられない。
「お前たちって部長と同類なのな。部長はいい後輩を持ったもんだ」
大白先輩の表情からは、感慨深いという感じは完全に消え去り、呆れているという感じが現れていた。
部長と同類と言われるとなんか嫌だ。それって、お前は変人だと言われているのと変わらない。
「たが、部長ってあれで結構周りからは嫌われてんだ。集団行動ができないってな。だから、お前らも気をつけろよ。部長に付き合ってくれんのはありがたいって思うが、やっぱクラスでうまくやんのも大事だからな」
クラス全員から体育祭サボったと思われている僕は、既にうまくやれていないのだろう。別に、それでいいと思っているあたり、本当にうまくやれていないのだろう。
「私、あんまりクラスの人とは合わなくて……。真白先輩の方が気が合いますし、部活の方が大事です」
部長と気が合うというのはなかなかハードルが高いように思うが、クラスの人間、例えば黒崎さんと比べるなら、まだ部長の方が話が合うだろう。
僕だって、クラスよりも部活の方が大事だ。
「気が合わない相手ともうまくやるのが人間ってもんなんだよ」
「私には、ちょっと無理です」
大白先輩の忠告は紅林さんには届かなかった。僕にも届いていない。
「文芸部、こんな奴ばっかなんだよな」
そう呟く大白先輩は、誰かのことを思い浮かべているようだった。それが誰だかはわからないけれど。
「まっ、お前らはそれでいいって思ってんだろうけどな。周りは意外に迷惑してるもんだぜ」
そう言う大白先輩は、実際に迷惑を被っているのだろう。
「よっしゃー、20冊選ぶぞー!!」
大白先輩のありがたい忠告は、部長の帰還によって終わった。