11話 わたしは天才なんかじゃないっ!
その表情の全てが怒りを表現していた。先輩が、大白先輩を睨みつけていた。
パソコン室に入った時の状況がそれだった。
状況が見えない。とりあえず、もう1人いるはずの人物を探す。目線を彷徨わせると、部屋の隅で困った顔をしている紅林さんと目が合った。
なんとかしてください、そう口が動いた気がした。
「先輩、顔が大白先輩以上に怖いですよ」
とりあえず軽口を叩く。場を和ませる意味はなくても、目線はこっちを向くだろう。しかし、先輩はこちらを向かず、ただ大白先輩を睨み続ける。大白先輩の方はこちらを見た。
「どういう状況ですか?」
この問いかけに対して、先輩は「ふぅ」と息を吐いた。
「1つ、はっきりと言っておくよ」
先輩は言葉通りはっきりとした口調で言う。
「わたしは天才なんかじゃないっ!」
つまり、どういう状況なのだろう? 先輩のその主張を聞いたところで、僕には何のことだかさっぱりわからない。
「いや、俺は」
大白先輩はそれだけ言って口ごもる。
「と、それだけだよ」
先輩の表情から怒りが消えていた。いつものちょっと楽しそうな先輩の顔になっていた。
「いやー、蒼くん、驚いちゃった?」
先輩はいつもの調子で言う。
「僕に向けたドッキリでした?」
「嫌だなぁ。そんな人の悪いこと、わたしがするわけないでしょー」
ニタニタと笑ってそう言う先輩。その表情は、先の僕の言葉を肯定しているようで、でも、周りの雰囲気が決定的なまでにそれを否定していた。
「それより、蒼くん、身体大丈夫なの?」
僕が倒れたという情報はこの人に伝わってるのか。面倒だな。
「大丈夫です。特に問題ありません」
「そう? 身体壊したら元も子もないからね」
今度は心配しているということを主張する表情。
「さっき、先輩は天才じゃないって言ってましたけど、先輩なら天才子役になれると思いますよ」
そんな冗談が口から出ていた。先輩から一瞬表情が消え、
「子役だとー!!」
と怒りの表情になった。
「冗談はさておき、何があったんですか?」
そう切り出すことにした。切り出さなくては、何もわからない。
「別に、何もないよ。大したことはなーんにもない。蒼くんが倒れたってことの方が、ずっと大したことだよ」
両手を広げて、いつものように大仰な仕草でそう言う先輩。何もなかっと、露骨なほどに主張する仕草。頑なに僕の話題にするのは、僕の体調を慮ってか、自分の話題を避けたいからか。
「僕の方だって、大したことないですよ。ただの寝不足です」
「寝ないとダメだよー。徹夜なんて、少なくとも試験前にすることじゃないね」
「睡眠の重要性はわかってます。それに、そのセリフはすでに何人かに言われた後です」
「わたしがその他大勢と同じだとー!! なら、わたしなりのアドバイスをあげよう。眠れない時は自作小説でも書くといいよ、アイディアすぐに行き詰まって眠くなるから」
それが本当なのかはよくわからないが、とりあえず先輩の言うことなので試してみるか。別に用意が必要な方法でもないし。
「わかりました」
「ついでに、書いたやつをわたしに見せてくれるとなおいいよ」
「翌朝には消してますよ。深夜テンションで書いた文章なんて」
「えぇー、もったいないなぁ」
先輩はそう言って笑う。僕は大きく、ハッと息を吐いた。
「勉強しましょう。試験前ですから」
「うん。わたしを倒してね?」
「そのために頑張ってはいますよ」
その返答に、先輩は満足そうに頷いた。
深夜テンションで書いた話を消すどころか投稿している自分がいる……。




