10話 さっそく質問! 何を勉強したらいい?
結局、昨日もなかなか寝付くことはできなかった。しかし、薬にそれなりの効果があったのか、飲んでみるといつのまにか寝ることができていた。ただ、飲み続けると、いつも寝るときに薬が必要になりそうで怖い。
「蒼井くん、無事?」
登校すると、すぐさま佐伯さんに声をかけられた。
「おはようございます。無事ですよ」
とりあえず挨拶はして、僕は自席へと向かう。
「だって、昨日いきなり倒れたでしょ? 持病とかあるの?」
持病があるかなんて訊いて、本当に持病があったらどういう反応をするつもりなのだろう。そんなどうでもいい疑問が浮かんだ。しかし、疑問解消のために持病があると嘘をつくわけもない。
「別に、ただの寝不足です」
「そうなの? ちゃんと寝なきゃダメだよ」
それには僕も同意だ。ちゃんと寝なきゃダメ、間違いない。
「はい。今日はちゃんと寝て来ました」
薬の力を借りてだが。
「なら、勉強会には来れそう?」
本題はそれか。出欠確認がしたいと。別に行けないと言って帰ってしまうのもいいが、そこまでして断ることもないか。
「行けると思います」
「よかった。でも、無理はしないでね。昨日は本当にびっくりしたんだから」
いきなり人が倒れたら、そりゃあ驚くだろう。まぁ、今日は大丈夫だと思う。
「はい。今日は大丈夫です。すみません」
「謝ることじゃないよ。大丈夫ならいいの。うん」
そして沈黙。話が終わったなら、僕の席の前から去ってもらいたいのだが、なぜか佐伯さんはそのまま居座る。
そのせいで居心地が悪い中、僕は問題集とノートを机の上に広げた。
「その問題集って塾か何かの?」
佐伯さんにそう尋ねられた。学校指定のものでは面白味に欠くので、もう少し難しいものを買った。今広げているのは、かなりメジャーな青い問題集だ。赤いのにしようかとも思ったのだが、まずは青にした。
「いえ、勉強用に買ったものです」
答えながら、問題を解き始める。ちょっとした応用問題。方針は思いつく。だが、計算が面倒くさいな、これ。
僕が問題を解き始めると、佐伯さんが話しかけて来ることはなくなった。問題を1問解き終える頃には、佐伯さんは僕の席の前からいなくなっていた。
それから少しして、朝のHRが始まった。
担任はいつものように無表情で連絡事項を言う。
「——あと、中間試験まで明日で1週間前です。皆さん、しっかりと勉強しているでしょうか?」
担任がそんな問いかけをしても、答える者がいるはずもない。
「前の試験ときにしていた勉強会ですが、今回は皆さんにお任せします。やるようでしたら、私に一言言ってください。先生方に声をかけて、見ていただけるようにお願いします」
朝のHRはそれで終わった。きっと勉強会は開催されないだろう。そんな気がした。
*
ポテトだけ買って、皆がいる席へと向かう。勉強会は、学校近くの最大手のハンバーガー店で行われることになった。
参加者は僕を除けば3人。佐伯さん、御堂さん、紺野さん。全員女子で、僕は女子に囲まれる形になる。嫌だなと率直に思った。帰りたいと感じた。
視線の先では、女子高生3人が教科書なりノートなりを広げている。あそこに加わりたくない。失敗した。本当に帰りたい。
「なんで立ってるの? こっちこっち」
佐伯さんが手招きをする。仕方なく、僕はそちらに歩き、3人がいるテーブルにつく。
「さっそく質問! 何を勉強したらいい?」
佐伯さんは僕と紺野さんに向かってそう尋ねた。なんだ、その漠然とした質問は。
「試験範囲を勉強したらいいと思いますよ」
と、僕は当たり前のことを答えた。
「いや、そうじゃなくて、山みたいなさ。ここが出そうとかない?」
「とりあえず、まずは問題集の問題を、試験範囲のものは全て解けるようにすればいいと思います」
僕の返答に、佐伯さんはげんなりとした顔をした。
「やっぱ、できる人は言うこと違うなー。紺野さん的には、どう?」
「過去問とかやるといいと思う、かな」
紺野さんは、佐伯さんの声量の半分ほどの小さな声でそう言った。
「過去問なんて持ってるの!?」
対して、佐伯さんの声は大きい。店の一角を使っているのだから、もう少し静かにすべきではと思う。
「去年の分なら持ってる、けど」
「ちょうだい! 写真撮らせて!」
「私も」
佐伯さんはスマホを右手に持って、紺野さんの方に身を乗り出す。テーブルでの配置は、佐伯さんと御堂さんが隣り合い、その向かいに紺野さんと僕になっている。
「過去問なら、持っている分、LINEのグループトークに上げましょうか?」
そう尋ねた。一応3年分を持っている。別に占有するつもりもない。
「お願い」
「ありがとう」
そんな言葉を受け取って、写真を送る。8科目の3年分とあって、結構枚数が多い。
「多いね……。これ全部やるの……?」
佐伯さんの目から生気が遠のいた気がした。
「3年分です。これ全部解けるようにすれば、80点は堅いかなとは思います」
「80点。いやいや、私は補習が回避できればいいよ。そんな、80点なんて、ねー」
「うん。ねー」
佐伯さんと御堂さんはそう頷き合った。やるべき問題がわかっているのなら、それをできるようにするくらいはなんてことないと思うが。
「蒼井くん、去年の過去問解いてますか?」
紺野さんは、佐伯さんたちにはタメ口だが、僕には敬語らしい。僕は全員に敬語なので、その影響だろう。
「ひと通り解いてはいます」
「わからないところを質問してもいいですか?」
「大丈夫ですよ」
そのために呼ばれたものだと思っている。僕がここにいるのに、自分が学びに来たという意識は薄い。なんと偉ぶっているのだろうか。
それからの勉強会は、基本的に紺野さんからの質問に答えることに終始した。佐伯さんと御堂さんは、まだ基礎すらわかっておらず、質問する段階に至ってはいなかった。
19時になったあたりで、そろそろ解散しようということになった。
「いやー、ここ2日で、私がヤバいってことがわかった。蒼井くん、紺野さん、百瀬くんとの差が大きい」
「本当。私って授業全然わかってなかったんだなってことがわかったよね」
佐伯さん、御堂さんのそんな感想を聞きつつ、僕たちは帰路につく。僕だけが徒歩なので、他3人が駅に向かう中、僕はすぐに別れることになる。
「では、僕はここで」
「あれ? 駅行かないの?」
「歩きなので」
「へぇー、そうなんだ。じゃあ、今日はありがとうね」
「ありがとう、また明日」
「ありがとうございました」
3人にお礼を言われる。なんと返せばいいのかよくわからなかった僕は、とりあえず、「こちらこそありがとうございました」と、あまり思ってもいないことを言って3人と別れた。
来週もこれがあるのだと思うと、ちょっと面倒くさい。




