6話 部長ではなく先輩
クラスの雰囲気が重苦しい。今日1日、そう感じていた。
昨日の一件でそうなっているのであろうことはわかる。
雰囲気が重苦しいと会話が減り、静かになる。それは、クラスの中にいて中にいない僕にとって、案外好ましい状況だった。静かなのは単純に嬉しい。勉強も読書も、静かな方が捗る。
授業を終えて、僕は部活に向かうために荷物をまとめる。
「蒼井くん、これから部活だよね?」
話しかけてきたのは、佐伯さん含むグループだった。仲良し4人組。
佐伯さんは今日、あの7人、佐伯自身を除けば6人としか話をしていない、と思う。少なくとも、ほぼ1日中教室にいた僕の知る限りではそうだ。つまり、まだ文化祭の後味は消えていないのだろう。
「はい。そうです」
「たぶん、今日LINEするから、気づいてね。じゃ、部活頑張って。私たちも部活だけど」
「わかりました。皆さんも頑張ってください」
ただそれだけ言葉を交わして、僕はパソコン室へと向かった。
パソコン室に着くと、いつも通り他の3人は揃っていた。僕は「こんにちは」と挨拶をしながら入り、3人に同じような挨拶で迎えられる。いつも通りだ。
「さぁ! 中間テストがやって来るよ!!」
なんとなく雑談をしていると、部長がそう宣った。試験があるのはもちろん知っている。
「そしてネタ切れだよー。今回は何しよー?」
今度は何を言い出すのか、正直期待していたので、その言葉には少しばかりガッカリした。
「もうジュースは奢らないっす」
大白先輩がそう言うのは予想していた。その宣言にあまり意味がないことも含めて。
「うーん。飲み物とか食べ物とか、その辺を賭けるのはわかりやすいし、簡単だけど、あんまり面白くないよね。それじゃ、本気にはなれないよ」
部長は腕を組みながら考える。
「残された高校生活はあと半年、悔いなく生きたい。だから、うん、そうしよう」
部長はいつものように「これだっ!」と思いつきの演出をすることもなく、静かにそうしようと呟いた。
「わたしと勝負だ。現役の文芸部諸君!」
何を言っているんだろう、この人。誰も部長に返答しなかったので、微妙な空気になる。
「わたしと勝負だ。現役の文芸部諸君!」
まさかのテイク2だった。反応しないとテイク3もありそうだ。何か言おう。
「えっと、つまり?」
「試験でわたしを倒して、わたしを悔いなく卒業させてよ。ただのわがままだけど、わたしは勉強でここにいる3人に負けたいっ!」
部長が何を思ってそんなことを言い出したのかはわからない。この人の口から、負けたいという言葉が出るのは、なんとなく変な感じがした。
「部長を倒そうキャンペーンですか?」
「もう部長じゃないよ。菜子先輩」
そう言われても、部長は部長なのだ。部長ではなく先輩か。仕方なく、僕は「先輩」という呼称をこの人に献上することにした。
「先輩に勝ったら、ご飯でも奢ってくれますか?」
「わたしが負けたら、わたしのずっと隠してる秘密を教えてあげるよ。そのかわり、わたしが勝ったら1つお願いを聞いてもらう」
先輩にその条件を変える気がないことは、声色や表情からわかった。秘密というのも、具体的に何かあるのだろう。
「僕は、別にいいですよ。お願いが、全財産寄越せとかそういうふざけたものでなければ」
僕はそう言っていた。賭けの内容なんて、正直どうでもよかった。僕は、先輩と競いたかった。自分の持っている憧れに似た感情を捨てるために、先輩に勝ちたかった。
「負けること前提で話すなよー」
そのノリはいつもの先輩だ。子供っぽい、先輩。うーん、やはり先輩というのはしっくりこない。でも、慣れなくては。
「大くんと紅ちゃんは、どうかな?」
「私は、負けること前提で挑んでもいいなら、大丈夫です」
「俺は、菜子先輩に勝てる気はしないっす。でも、いいっすよ。蒼井と紅林がやるって言うなら、部長の俺が退けないっす」
こんな展開になると、先輩は卒業してしまうんだなぁと思わなくもない。卒業イベントが試験というのが、なんとも文芸部らしい。
「あと、わたしが勝ったら、次の期末も、その次の学年末もやるからね。それでもわたしが勝つなんてないよね? そんなことになったら、わたし、割と本気で怒ると思う」
チャンスは3回とのことだ。勝負の詳細の話はしていないが、たぶん消しゴムの獲得個数だろう。同じ試験を受けるわけじゃないので、直接的な勝負ではない。でも、勝ちたいなと、そう思っていた。でも、勝てると思えてはいなかった。
「今回は、消しゴムの数じゃなくて、全科目の平均点にしよう。じゃないと、蒼くんと紅ちゃんが不利すぎる」
すぐさま予想の間違いが告げられた。まぁ、言われてみればそれもそうか。部長の言い振りから察するに、部長は3人全員に負けたいようだし。
「いいよね。それじゃあ、勝負だ。あっ、わたしと3人の勝負ではあるけど、勉強でわからないことがあったら普通に質問してね。ちゃんと答えるから」
そうして、2学期中間試験を舞台にした勝負が始まった。




