2話 頭良さげな
図書館の場所は知っている。小学生の頃に1度行ったことがある。だが、1度しか行ったことはない。この付近の図書館にはマンガがそれなりに置いてあり、小学生の遊び場所として図書館はメジャーだった。それが図書館に寄り付かなかった理由だろう。あの頃、僕はただ人嫌いだった。特に同じ小学生が嫌いだった。それだけの理由だ。
数年ぶりに訪れた図書館には、小学生の姿はなかった。平日の昼なのだから当然だ。
ふと、マンガを読んでみる気になった。あまりにも有名なものは避け、聞いたことのない、少なくとも僕は知らないものを選んだ。
タイトルからは内容は予想しづらかったが、読んでみるとそれはSFだった。
近未来、遺伝子操作で驚異的な才能を誰もが手に入れられるようになった世界。その世界の住人は誰もが天才で、能力に溢れていて、そのせいでうまくいかない。全知全能なものしかいない世界は破綻するのだと、そう示すような物語。
誰もが皆、最高に面白いマンガを書けるのなら、漫画家という職業は成立しない。誰もが皆、ホームランを打つことができるなら、野球というスポーツは成り立たない。誰もが皆、何に悩むこともないのなら、宗教などという救済は必要ない。
できない人がいるから、できる人が特別で、できないことがあるから、救いに意味がある。
そういう話だった。
ストーリーは典型的だったが、つまらなくはなかった。絵の良し悪しは僕にはわからないが、下手だとは感じなかった。良作だと感じた。たまにはこういうものを読むのもいい。
作者の名前を確認すると、どこかで聞いたことがある気がした。たぶん有名な漫画家なのだろう。実はこの作品も有名なのかもしれない。僕はマンガを棚に戻して、専門書の置いてあるコーナーへと向かった。
手に取ったのは、遺伝子について書かれた本。それなりに分厚く、立ちながら読むのは腕がつらい。僕は本を持ち、閲覧スペースへと移動した。
「あれ、蒼井くん?」
そのスペースには、佐伯さんと百瀬くんの2人の姿があった。
声をかけられて無視するわけにもいかない。が、図書館での私語もよくない。僕は会釈をして、佐伯さんたちからは少し離れた場所に腰を下ろした。
「いや、ちょっと、無視しないでよ」
「図書館では静かにしましょう」
会釈しただろと内心思いつつ、注意をする。平日の昼とあって人は少ないのだが、別に無人というわけではない。しかし、注意された方の佐伯さんは、その注意を聞くと出口の方を指差して主張してきた。館内で静かにしろと注意した結果、表に出ろと言われてしまった。不用意に注意などするものではない。
別にその指示に従う必要はなかった。ただ無視をして読書に没頭してもよかった。だが、視界に入る佐伯さんの手の動きがいちいちうるさく感じ、耐えられなかった。そういうものを無視するのは得意だと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。僕は仕方なく、本を戻して外へと出た。
「蒼井くん、なんでこんなところにいるの?」
「本を読むためにいたんですよ」
僕が図書館にいるのはさほど不自然ではないはずだ。実際には図書館に行くことはなかったが、僕というキャラクターが図書館に通い詰めていても不自然ではない。
「持ってたね、なんか難しそうなやつ。それより、なんでここ? 家近いの?」
「まぁ。それより、映画は?」
僕の方に話題が来るのは嫌なので、向こうの話題を振る。
「観てきたよ。で、原作が小説だって言うから読みに来たんだ」
「おふたりで?」
そう尋ねると、佐伯さんは「違う違う」と目一杯手を振って否定した。
「映画は5人で観たんだよ。蒼井くんと紺野さんは来てくれなかったけどさ。そこで、原作が読みたいって言ったら、百瀬くんが図書館ならタダで借りられるって。他の3人は小説には興味ないからって解散になっちゃった」
それは、佐伯さんと百瀬くんに気を使って解散したとかではなくてだろうか。僕は何もかもを色恋の話にしたがる類の者ではないので、そんなことを口にしたりはしないけれど。
「そうですか」
そう言ってその場を去ろうとするも、佐伯さんに引き止められる。
「ねぇ、3人でお昼行かない?」
昼食時ではあるが、この2人と食事というのも居心地が悪そうだ。
「いえ、僕は遠慮しておきます」
「いや、来てくれ、頼む。そうだ、奢るよ」
意外なことに、百瀬くんが必死になって頼んできた。百瀬くんは僕の肩を掴んで頼むと口にした後、小声で耳打ちをする。
「2人だと気まずいんだよ」
そう告げた顔は、確かに困っているような顔に見えた。さて、僕は困っている人を助けるのが当然だと思っている人間ではない。
だから、損得勘定で考える。この2人と食事をする面倒が、昼食代を奢られるという対価に見合うか。まぁ、いいか。僕は結構、金銭にがめついのだ。
「わかりました。奢ってもらえるなら」
「蒼井くんって、実はケチな人?」
すかさずそう指摘された。その指摘に間違いはない。僕は別にそう思われることにも抵抗はない。
「まぁ、そうですね」
だから、ただ肯定した。
「2人とも奢るよ。それで、どこに行く?」
百瀬くんは3人分払うつもりらしい。金銭感覚が麻痺しているのではなかろうか。いくら僕がケチでも、奢ってもらえるからと殊更高い品を要求することはない。
とりあえず、安価な大手ファストフード店の名前を挙げると、2人はすぐに同意した。
「助かるよ。正直、1食1000円とかするところを選ばれたらどうしようかと思ってた」
「そこまで厚顔無恥ではないですよ」
「また頭良さげな言葉使ってるー。日常会話で四字熟語使うってなんで?」
3人で連れ立ってファストフード店に向かう。この労力はいくらに相当するだろう。僕はいくらの商品を頼むのが正当だろうか。内心ではそんなことを考えていた。
「たった4文字でわかりやすく意図を伝えられるという点で、四字熟語は便利だと思いますよ」
僕だって、別に日常会話で四字熟語を多用したりはしないが。
「わかりやすくないし。コーガンムチって何?」
「厚かましいとか、そういう意味だよ」
百瀬くんがそう言うと、「なら、厚かましいって言えばいいじゃん」と佐伯さんは言う。
意識的に頭良さげな言葉を使っているつもりなんてない。だが、佐伯さんから見ると、僕はそういういけ好かないやつなのかもしれない。
佐伯さんは、たぶん5章のキーパーソンになる気がするキャラです。……もう自分自身、5章で何がしたいのかわからなくなってきてる気が……。




