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道徳の解答の作り方 ー文芸部による攻略ー  作者: 天明透
第1章 1学期中間試験編
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6話 僕が道徳的だなんて、出鱈目もいいところだ

 パソコン室に行くと、鍵は開いていた。ドアを開くと、緑の上履きが一足。


「おぉ!! 蒼くんなら来てくれると信じてたよ!!」


「練習を抜ける口実に使っただけですよ」


 いつもの席に座る。すると、部長は僕の隣の席へと移動して来た。


「蒼くん、あの実行委員って子の悪口を言ってもいいかな?」


 部長は真顔をつくってそう訊いてきた。さて、単純に僕は陰口というやつが嫌いだ。


「嫌です」


「むぅ。それだとわたしがムカムカを抱えたままになる」


 部長はぷくっと頬を膨らませて、不満げにする。この人はきっと役者になれる。というより、子役になれる。


「いちいち陰口言ってたらきりがないでしょう」


「わたし、ああいう奴嫌いなんだよ。自分の方が偉いって勝手に思い込む奴さ。それでこっちが言うこと聞かないと怒るとか、意味わかんない。ああいうのは、なんかしないとつけあがるからね。そのうち、目が合うだけで舌打ちされる」


 結局悪口を言っている。それに、空気読まないで騒いでたら普通に怒られる。目が合うだけで舌打ちというのはあれだが。


「それは被害妄想ですよ」


 そんな経験があるのだろうか。


「……むぅ。はぁ、テスト、終わったね」


 部長はさっきまで荒ぶっていたのが嘘のように落ち着いて、ため息まじりにそう言った。そんなに怒っていないのでは?


「終わりましたね」


「なーんか、やることなくなっちゃったね」


「なら、体育祭の練習にでも参加して来たらどうですか」


「なんか違うじゃん、あれ。みんな何となく気を使って、それほど楽しくもないのにすごく楽しいふりをして、あんなの楽しくないよ。それに、ああいう嫌いなタイプが仕切ってるし」


 クラスや色という大人数で競い合う以上、気を使うのは仕方がない。一致団結するためには、個々が自分を押し殺す必要がある。


「楽しんでる人は楽しんでると思いますよ」


 それでも、楽しいと思い込めば、案外楽しいかもしれない。僕はそう思い込めないけど。


「そーかもね。でも、わたしは楽しくないよ。もっと他になんかないかなぁ」


「どうせすぐに期末試験ですよ」


 まだ中間試験の結果すら出てはいないが、期末試験まで1ヶ月ほどしかないはずだ。


「またやる? 消しゴム獲得戦」


 顔がこれ見よがしに明るくなった。4人で勉強するの、楽しかったのだろう。


「また、図書室の本も選べるんですか?」


「うーん、それはたぶん無理かなぁ。今回も実は色々無理したんだよねぇ、わたし」


「なら何か特典を用意しないと、イベントって感じではないですね」


「そうだよね。目標がないと面白くないかぁ」


 こうして話しているのも、まぁ、ある意味で時間の無駄だろう。別に生産性があるわけではない。

 時間を無駄に使って、それでもいいと思えるのは、自ら選択してここにいるからだろうか。

 体育祭の練習では時間を無駄にしていることが嫌で仕方なかったのに、今はそれをごく自然に許容している。色々と考えて練習を否定しても、結局はあれが嫌いであるってことだけで、それ以外はただのこじつけに過ぎない。


「練習をサボって、ここでこんな無駄話してていいんですかね」


「いいんじゃない、別に。今、放課後だし、何してても自由でしょ。向こうに居ても、舌打ちされるだけだしー」


「部長、運動苦手なんですか?」


 言い振りから、そんな感じがした。


「はっはっはっ、こう見えて、菜子ちゃんは超がつく運動音痴なのだぁ!!50m 11秒台だぜぇ。蒼くんも同類?」


 部長はなぜか自慢げだった。運動音痴であることを誇られても困る。


「僕は普通です。苦手でも得意でもありません。体育だって、個人競技なら結構好きですよ」


「なんか裏切られた気分」


 不機嫌そうにこちらを見る部長。表情がコロコロ変わる。まるで漫画のキャラクターみたいだ。


「運動が苦手って、それだけでかなり損するんだよー。特に小学生の時は。なーんか、それ以来、運動が得意ってだけで相手のこと嫌いって思うようになっちゃってるくらい」


「それはただの嫉妬でしょう」


「違うしっ。ドッチボールの時とかなかった? チーム決めるのに、運動できる人がリーダーみたいになって、じゃんけんして勝った方から選んでいくやつ」


 思い返すまでもなく、そういうチームの決め方はあった。僕は、別に率先(そっせん)して選ばれないまでも、最後の1人になることもなかったと思う。


「ありましたね、そういうチームの決め方」


「その時に、わたしは最後まで残るわけでしょ。で、最後に勝った方がわたしのことはいらないって言って、もう一方のチームが仕方なくわたしを引き取るの。それで、チームが負けると、真白がいたから仕方ないってさ。もう、運動できる人は絶対嫌なやつ!」


 部長は怒りの表情を浮かべていた。思うのだが、この人は真に迫った怒りの表情を意識的に貼り付けられるのではないだろうか。本格的に、役者めいている。いや、子役めいている。


「それ、運動できるとか関係ありませんよ。まぁ、小学生なんてそんなもんですよ」


「高校生になったってああいうのは変わらないよ。大縄跳びとか最悪だし。学校側は運動音痴を晒し者にしたくてあんな競技を強制参加にしてるのかな。もう、本当嫌だ」


「大縄跳びが嫌なのは同意します。あれ、メンバーの民度が問われますよね」


「わたし、明日サボっちゃおうかなぁ。紅ちゃんも今日来てなかったし」


 そういえば、紅林さんは今日学校に来てなかったのか。


「紅林さんはサボったんですか?」


 紅林さんは品行方正だと、僕の中で勝手にイメージしていたが、そんなこともなく体育祭とか普通にサボるのだろうか?


「知らないけど、紅ちゃんも体育祭とか嫌いって話はしてたよ。ねぇ、蒼くんも一緒にサボらない?」


 悪くはないお誘いだ。実行委員にも来なくていいって言われたし。

 しかし、ここで行かないとどんどん堕落していきそうな気がする。


「一応出席はします。嫌なことから逃げる癖がつくのもあれなので」


「うわぁ、まっじめー」


「真面目ってのとは、何か違う気がしますけど」


 僕は、自分が真面目かと言われると、なんとなく違う気がするのだ。


「はぁ。わたしはどうしようかなぁ。行きたくないなぁ。もう、いっそのこと雨降んないかなぁ」


「雨天順延ですよ」


「3日連続雨なら中止になるよ」


「まぁ、残念ながら明日は快晴らしいですよ」


「むぅ。……よし、決めた! わたしは明日風邪を引きます」


 部長はサボタージュする方に決めたらしい。この時期の風邪というのは、なかなかたちの悪いものになるな。


「お大事になさってください」


 その後も、ただ生産性のない無駄話に時間を使い、1日が終わった。



 その日のその朝。僕はいつも通りに起きて、いつも通りに学校に向かった。いつもと違う点といえば、荷物が軽いこと。それくらいのはずだったのだ。


 きっかけは前を歩く2人の生徒の会話だったと思う。赤色に髪を染め上げた(体育祭当日限定で染色が許される)2人の男子のたわいもない会話。


「俺のクラス、体育祭の練習に全然参加しねー奴がいてさ、マジムカつくんだよ。実行委員とかが注意しても、どうでもいいみたいな態度で。それで、休み時間とか教室でこれ見よがしに勉強とかして、なんか俺たちのことを下に見てるみたいな。マジムカつく」


「うわぁ、いるよなそういう奴。運動できない系のガリ勉。キモいんだよ」


「ああいう奴って、勉強できれば偉いって思い込んでんだろ。本当、キモいわ、マジ」


「それで友達とかいなくて、友達なんていらないしとか言ってんだろ? いらないってか作れねーんだろっての」


「そそ」


 その会話を聞いて、僕は無性に気分が悪くなった。そして、学校に向けて進めていた足が止まった。僕が止まったことで、その2人はどんどんと遠ざかっていって、それでも気分は悪いままだった。


 別に、自分への陰口に遭遇したわけではない。あの2人は、1年2組の生徒ではない。念頭に置かれているのは僕ではない。でも、でもだ。


 頭に実行委員から言われた『なら、明日は来なければいいんじゃないかな』という言葉がよぎり、その瞬間に僕は確信した。


 体育祭に行く価値なんてない。


 僕は家へと引き返し、気分が悪いから欠席すると学校へ嘘偽りなく連絡した。妹がその様子を見ていたのだが、「まぁ、体育祭なんてサボってもいいと思うよ。兄さんらしくないけど」と言うだけだった。



 土曜日に体育祭があったからといって、月曜日が振替休日になることはない。どうも、その代わりに夏休みが長いらしい。


 教室に入っても、誰も僕に挨拶はしない。僕は自席について、本を開き、HRが始まるまで読書をする。いつもそうだ。その間にも、僕に話しかける人なんていない。


 ふと黒板の方を見ると、黒板の横の壁に賞状が貼ってあった。準優勝 白組。体育祭は4色対抗だ。その中での準優勝。わざわざ賞状を渡すようなものではないと思う。だが、その賞状は、このクラスの僕以外の人間にとっては、努力の勲章のように見えるのかもしれない。なんにせよ、僕にはただの紙にしか見えないわけだが。


「本当に来ないとは思わなかった」


 僕が賞状に目を止めたのに気づいたからかわからないが、実行委員が声をかけてきた。体育祭が終わったので、もう実行委員ではないか。


「僕も、まさか体調を崩すなんて思いませんでした」


 実際気持ち悪くなったのだ、嘘ではない。


 それを聞いて、実行委員もとい黒崎さんは疑わしいと言わんばかりの目をこちらに向けてきた。


「準優勝。まぁ、おめでとうございます」


「他人事ね。実際、他人事なんでしょうけど。一言言っておくと、クラスの誰もが蒼井はサボったって思ってるから」


 それは仕方がない。当然のことだ。当然のことなのだから、気にしてもどうにもならない。だから、気にしない。


「まぁ、そう思われるとは思ってましたから。仕方ありません」


「サボったんじゃないの?」


 飄々(ひょうひょう)と答えていたからか、黒崎さんは一応の確認をしてきた。


「気分が悪くて外に出たくないというもので、熱があったとかそういうわけではありません。なので、本当にやる気があったなら来たかもしれません。そういう意味では、サボりと言えなくもありません」


 これは真実だ。嘘ではない。確かに一昨日、僕の気分は最悪だった。


「ふーん。つまり、サボったんでしょ」


 黒崎さんはそう言って去っていった。


 僕は言い訳がましく気分がどうのと言ったが、まぁ、確かに、つまりサボったのだ。黒崎さんの言うことは正しい。僕は、嫌なことからただ逃げただけ。客観的にも主観的にも、僕は嫌われて(しか)るべきだと思う。


 いや、体育祭はもう終わったんだ。終わったことを考える意味はない。さっさと忘れよう。


 それよりも気にすべきことがある。今日は中間試験の結果が返される。



「今回のテスト、みなさんのできはあまり良くありませんでした」


 試験を返す前に担任は総評を始めた。この総評は個人に還元されるものではない。あまり意味があるとは思えない。


「特に悪かったのが数Aと世界史。この2つのクラス平均点は学年で最下位です。他の科目も軒並み悪く、良かったのは生物と道徳くらいです。2組は上位層は悪くないのですが、下位層が酷いです。みなさん、もう少し勉強してください。30点を切った科目については補習や再試を受けてもらいます。詳しくは各科目の先生に訊いてください。さて、では返却します。蒼井くん」


 試験返却は当然出席番号順だ。つまり、僕が最初だ。僕は席を立ち、教卓へと向かう。


「さすがです。この調子で頑張ってください。あと、蒼井くんはこれも。それと、試験結果について少し話があるので、放課後に職員室に来てください」


 担任からは各科目の答案用紙と何か小さい紙、それとビニール袋を渡された。なんだ、このビニール袋?


 とりあえず、それらを受け取って席に戻った。

 気になるので、まずはビニール袋の中を見た。中には消しゴムが入っていた。それを見て、僕は小さく息を吐いた。

 次に小さい紙を見ると、それには全科目の点数と順位が書かれていた。


蒼井 陸斗  1年2組 1番

科目    得点  クラス順位 学年順位

英語I   97点   1位     2位

国語総合  97点   1位     2位

数学I   100点   1位     1位

数学A   100点   1位     1位

物理基礎  96点   1位     1位

生物基礎  99点   1位     2位

世界史B  100点   1位     1位

道徳    98点   1位     1位


 獲得した消しゴムは5個。これで本5冊。やり切った。上々なできだ。

 獲得した消しゴムが達成感を象徴している。

 消しゴムはその辺で売っているただの消しゴムだが、努力の結果に得られたものには価値がある。逆に、同じものでも、意味もなく手に入れたものには価値は感じられないだろう。


 ふと、消しゴムに目をやった。それには、道徳と丁寧に彫られている。僕はこれに価値を感じられるだけの努力をしただろうか。努力はした。その結果にこの消しゴムを手に入れた。それは間違いない。だが。


 クラスでの人間関係すら円滑にできない僕が、この学年の誰よりも道徳的に優れているだなんて、バカらしい。


 そもそも、道徳ってなんだよ。

 指導要領の内容なら、まだ頭に残っている。あれに書いてあるような知識を持って、そう行動するような人間が道徳的なのか?

 仮にそんな人間がいたとして、そいつは資本主義経済の中で生きてはいけない。他人のことばかり考えている、お人よしのバカだ。淘汰(とうた)されるべき存在だ。


 利己主義の何が悪い?

 集団の一員としての自覚を持たないとなんでいけない?

 思いやりなんてただの自己満足じゃないのか?

 全ての命に感謝するなんて、できるわけないだろう?


 そんなことばかり、僕は考えるのだ。


 僕が道徳的だなんて、出鱈目(でたらめ)もいいところだ。

 次で第1章が終わります。

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