32話 僕は遠慮させてもらいます
次話で4章ラストです。まぁ、今話も5章の導入という位置付けですが。
文化祭片付け、それは僕にとって文化祭前日準備並みには暇になるはずの日だった。しかし、なぜか僕はそれなりに忙しく働いていた。部活ではなくクラスで、1年2組の片付けに勤しんでいた。
その理由は、クラスメイトの大多数がサボって学校に来ていないから。クラスメイトの中では何かしらの示し合わせがあったらしい。そんなことはもちろん僕は知らなかったわけで、僕はサボることもなく学校に来たのだ。サボればよかった。
「たった7人だと、結構大変だね。でも、午前中には終わりそう。あとちょっとだから、頑張ろ」
そんなことを、登校している6人の同志に語りかけているのは佐伯さんだ。さすがに実行委員が片付けをサボることはなかった。指示を出し、テキパキと片付けを進める。もともと7人いれば十分な作業であることもあり、片付けは問題なくできている。問題があるとすれば、僕がサボれていないことくらいなものだ。
佐伯さんの言葉通りに、いや、言葉には少し反して、12時過ぎ頃には片付けも終わった。今日はお昼をもって放課だ。
僕たち7人が各々の席で昼食を食べる中、担任は形ばかりのHRを始めた。担任の無表情の中には不機嫌さがうかがえた。この人の無表情にもだいぶ慣れて来たな。
「ちゃんと登校して来ている皆さんに訊くべきことではないかと思いますが、7人しか来ていないというのはどういうことでしょうか?」
その質問に対する答えを僕は持ち合わせていない。しかし、沈黙が訪れることはなく、すぐに密告者の声が上がった。
「茉莉たちは旅行に行くって言ってました。それに合わせた来ていない人が多いみたいです」
クラスリーダーがサボるなら別にサボってもいいということか。
今日登校して来ているのは、佐伯さん及び佐伯さんの仲良し3人、真面目で品行方正なイメージのある女子の紺野さん、往々にして正しい行動をとる百瀬くん、そして僕。密告者は佐伯さんの仲良しの……黛さんだったか。
僕以外はその状況で来ていても違和感ない人たちだ。僕は率先してサボりそうな人間だけど。なんで僕がいるんだよ。
「なぜ、学校があるのに旅行へ?」
表情には出さないが、確実に担任は怒っている。表情がないことが、逆に怒りの大きさを演出している。部長とは真逆だな。
「明日明後日は、文化祭の振替で休みなので、ちょうどいいと思ったんじゃないですか」
「片付けも文化祭の重要な一部であるというのに。いえ、皆さんに言っても仕方がありません。皆さんはしっかりと文化祭を全うしました」
さて、僕がしっかりと文化祭を全うしたかは疑問だ。
「今日はこれでお終いです。皆さんは2日間のお休みですが、しっかりと身体を休めてください」
担任はそう言って締めると、すぐに教室を出て行った。
「君がいたのは正直意外だったよ」
担任が退室してすぐに話しかけてきたのは百瀬くんだ。僕としては別に百瀬くんと話すことはないのだが。
「まぁ、そうですね」
「蒼井って、こういう時はクラスの仕事もちゃんとするんだな。文化祭当日は全然だったのに」
「当日は仕事をするなと言われましたから。するなと言われればしませんよ」
そう言うと、百瀬くんは「そうか」と苦笑した。
「君は、周りに人が少ない方がやる気の出るタイプみたいだな」
そうなのだろうか。まぁ、自分がやらなければどうにもならないという状況なら、面倒に思いつつも仕事はするのかもしれない。
「そうかもしれませんね」
「素っ気ないな。今日来ている男子は俺たち2人だけだし、もう少し親近感みたいなのがあってもよくないか?」
百瀬くんに僕が親近感を抱くことはたぶん今後もないだろう。この人は僕と本質的に違う。
「なくてもいいでしょう」
昼食も食べ終わった。部活に行くか。部長が大白先輩を問い詰めるんだと息巻いていたはずだ。
とりあえずパンの空袋を捨てるため、百瀬くんを置いてゴミ箱へと向かう。その時に、佐伯さんがクラス全体(7人しかいないが)に聞こえる声で言った。
「この後、このメンバーでどこか行かない?」
僕としては断る一択の提案だ。たぶんだが、紺野さんや百瀬くんとしても乗り気ではないのではなかろうか。佐伯さんは仲良し4人組でどこかに行けばいいと思う。
「だって、この間にも他の人たちは旅行を楽しんでるってなんか悔しくない? この文化祭をちゃんと全うしたメンバーも楽しまないとダメだよ」
「いい案だと思うよ」
僕の予想に反して、百瀬くんは乗り気だった。概ね正しい彼が同意するなら、佐伯さんの言い分は概ね正しいのだろう。しかし、僕には関係がない。
「僕は部活があるので」
「ちょっと待って、ちょっとだけ、ね」
退室しようとするも止められた。
「今日は部活があるなら、明日は? みんな、明日忙しい?」
事実として、僕は明日は忙しくはない。読書するか勉強するか、そんな予定しかない。が、暇だと返すのもあれなので、沈黙をとった。
「俺は大丈夫だよ」
「私も」
「あかりんが言うならもちOK」
「うちも大丈夫!」
僕と紺野さん以外の回答は全員OK。……あかりんって佐伯さんのことだよな? 佐伯さんの下の名前ってなんだっけ?
佐伯さんは回答を促すように紺野さんの方に視線を向けた。
「予定はない、けど」
紺野さんの返答は煮え切らなかった。けどの後に続く言葉は、行く気はないとか、面倒くさいとかそんな感じだろう。
「蒼井くんは?」
佐伯さんは今度は目の前にいる僕のことをじっと見やる。
「僕も予定はありませんが、乗り気ではないですね。出不精なもので、休日は家にいたいです」
「よし、全員OKだね」
あの、僕の言葉聞いてました? その返答は部長に相通ずるところがある。
「蒼井くんが家から出たくないらしいから、蒼井くんの家でいい?」
「ダメです」
即座に否定の言葉が口から出ていた。さてはこの人、部長の同類か?
「冗談だよ! 私のウィットとユーモアに溢れたジョークを真に受けないでよ」
その言葉に、少しばかり笑う声が聞こえた。
おそらく、この人はウィットの意味もユーモアの意味もわかっていないことだろうに。
「で、真面目な話、何しよっか? このメンバーって、みんな休日は何してるの? 私は、友達と買い物とかカラオケとかボーリングとか映画とか、普通だけどそんな感じかな」
休日の過ごし方としてはそれが普通なのか。普通なのか?
普通の高校生の休日の過ごし方というものには少しばかり興味がある。ちょっと話を聞いていく気になった。
「まゆたちは、私と変わんないか。だいたい一緒だし。百瀬くんは?」
「そんな感じで遊びに行くか、体育館に行くこともあるかな。後は、試験前なら図書館とか」
「図書館、その発想はなかった」
「もちろん、みんなで行く場所ではないけどね」
書店に行くことはよくあるが、図書館に行くことはないな。この辺りにも図書館あるし、今度行ってみるか。
「紺野さんは、どうかな?」
訊かれた紺野さんはただ一言「別に、特には」と返すだけだった。やはり、この人は乗り気ではないのだろう。
「そっか。で、蒼井くんは?」
「さっき言ったように、家にいます。話もまとまらないようですし、この話はなしということでいいですか?」
「ちょっと待って! 後5分でまとめるから!」
僕の返答に、佐伯さんは焦ったようにそう返した。僕は腕時計を一瞥する。
「この中で、行きたいところがある人、挙手!」
挙手を募ったところで、5分ではまとまるまい。現に手を挙げるものは誰もいない。
「よし。いないなら、私が勝手に決めてもいいよね。なら、みんなで映画でも行こうよ」
5分どころか、1分かからずにまとめにかかり出した。
「僕はやめておきます」
とりあえず断る。面倒だし。
「見たい映画とかないの? 蒼井くんってよく本読んでるし、映画化された作品とか」
見たい映画なら、ないことはない。佐伯さんの言うように、読んでいた小説が映画化されたものがちょうど上映中だ。だが、このメンバーで見たい映画はない。
「その手のものは1人で楽しむたちなもので」
実際は1人で映画など行かないので、テレビで放映されるのを待つことになるが。
「いやいや、映画ってのはみんなで見るものだよ!」
「上映中は静かに映像を見ているんですから、1人で見ても大勢で見ても……」
同じでは、と言いそうになって思い留まる。その言葉では、ならみんなで見に行ってもいいというカウンターが来る。
「いえ、1人で見る方がいいでしょう。周りに気を使わなくていいですし」
「周りにいるのが友達の方が気を使わなくていいでしょ? 普通、隣が知らない人の方が気を使わない?」
ふむ。確かに友達ならいいのかもしれない。しかし、ここにいるメンバーの誰一人として、僕の友達ではないだろう。
「僕は別にこの面々と友達というわけではありませんし」
「えっ、私と蒼井くんって友達じゃないの!?」
佐伯さんは驚いたように目を見開いた。こういうやり取り、小説なんかでもそれなりに見るな。友達という言葉の認識が個々人で違うやつだ。
「じゃあ、蒼井くんにとって、私って何? 生徒?」
生徒か。会話をする時は、基本勉強を教える時なので、その認識でも間違いはないかもしれない。しかし、僕はクラスメイトを生徒だと思うほど偉ぶってはいないつもりだ。
「僕は教師ではありませんよ。クラスメイトでしょう?」
「その言い方はその他大勢感がする。クラスメイトAとか、そんな感じがする。私、結構蒼井くんと仲いいつもりだったんだけど」
最近で、クラスメイトの中で最も喋る相手はおそらく佐伯さんだろう。この人は質問に来る頻度が高い。というか、宿題が出るたびに答え合わせ気分で訊きに来る。だが、だからといって、仲がいいわけでもない。
「友達って言葉は人によって認識が異なるというだけですよ」
「なんか頭良さげな言い方で、バカな私を煙に巻こうとしているな?」
佐伯さんは疑わしげにこちらを見る。僕なんかの相手をせずに、残りの5人と明日の話をすればいいのに。残りの5人はただ佐伯さんと僕の方を見て、会話を聞いている状態だ。
「僕は佐伯さんのことをバカだとは思っていませんよ。勉強ができないとは思っていますが、たぶん佐伯さんは僕より賢いですよ」
「また、意味ありげな、頭良さげな言い方で誤魔化してるー! そして、さりげなく勉強ができないってバカにしてるー! しかも、話が全然違う方に向いてるよ。明日の話! 蒼井くん来ないの?」
話が脱線した時に、元に戻れる人はそれなりに賢い人だと思う。
「乗り気でないと、最初から言ってるでしょう?」
「せっかくだし、来てくれないか?」
ただ傍観していた5人だったのだが、ここにきて口を開いたのは百瀬くんだった。
「蒼井が来ないと、ほら、男が俺1人になるだろ? それはちょっとな。だから、来てくれないか?」
その誘い方は昨日も聞いた。まぁ、百瀬くんのルックスなら、女子に囲まれていても違和感はなさそうな気もする。本人として居心地が悪いのは変わらないだろうが。
「なら、僕ではなく、別の男子を誘ったらどうですか? もっと仲のいい人がいるでしょう?」
「うーん。今日サボった人が来るのは、ちょっと嫌だなー」
当然の代案だと思ったのだが、即座に佐伯さんによって否定された。
「なら、文化祭全体を通して何もしていない僕がいるのはなお変でしょう」
「何もしてないなんて、そんなことないでしょ? 文芸部の活躍は志津香から聞いてるよ」
志津香って誰だ? いきなり知らない名前を出されても、反応に困る。なんと返せばいいかわからず、僕は首を傾げてしまった。
「志津香、的場 志津香だよ、漫研の。私、志津香とは中学が同じで仲いいんだ。学習相談コーナー?やったんでしょ? 蒼井くんらしいよね」
漫研の部員か。漫研は文芸部のことを過大評価している節があるからな。実際、文芸部は活躍なんてしていない。ただ、思うままに暇を潰しただけ。ひたすらに時間を殺しただけ。
「本当に僕は何もしていないんですよ」
「志津香、文芸部はとにかくすごいって言ってたよ?」
「すごいのは文芸部全員ではなくて、部長個人です」
部長はすごい人であると、そう率直に思う。あの人には、僕にはない、凡人にはないものがある。文化祭での出来事も、全ては部長の発言がその起因になっていて、僕はただその人の横にいただけだ。
「そうなの? 私としては、蒼井くんってすごいと思うけどな。頭良いし」
ただ十分な時間勉強をして、その結果にいい成績を取る。それは極々自然な、当たり前のことであって、すごいことではない。試験でいい点を取ろうが、成績がオール5だろうが、それは能力の証明なんかではない。部長と比べて自分は足りないと言うのは、どこか傲慢な気はする。だが、単なる事実として、僕は別に何かに秀でた人間じゃない。
「ただ、試験勉強に時間を使っている。それだけのことでしょう、それは。すごいって言葉で形容するのは違いますよ。それに今話しているのは」
「明日ことだよね! どうしても嫌ってことなら、残念だけど諦めるよ」
自分に一応問う。どうしても嫌か。答えはNOだ。そこまでの強い否定の感情なんて、たかが休日の使い方には伴わない。でも、強い否定がなくても、若干の否定の感情があれば、僕はそれを断る。それが僕だ。
「はい。僕は遠慮させてもらいます」
ネーミングに限界が来てます。ネーミングをしやすくするために色という共通点をつけてたのに、それに縛られるのは本末転倒ですね。
また、書いた後に気付いたのですが、この日は敬老の日で祝日でした。それを考慮せずに振り替えの休日を2日間で書いています。その分の1日は夏休みか冬休みかに送ったと思ってください。




