27話 青田買い
山城くん登場回です(ただし、名前が出てくるのは5章になります)。
「あら、上の子の時とは入試もだいぶ違うのねぇ」
「はい。筆記が重視されたり面接が重視されたり、近年では目まぐるしく変わりますから。今は作文がうまく書けるだけでかなり有利です」
学習相談コーナーは意外にも賑わっていた。が、部長の思惑は外れ、来る客の大半は受験生の親だ。
子どもが文化祭を楽しむ間、親はここで情報収集に勤しむらしい。
「あら、そうなの? うちの子、国語が1番ダメなのよ。あなたはどんな風に対策したのかしら。やっぱり塾?」
「僕は塾には行っていません。作文はただの筆記試験に比べると対策しづらくはありますが、中学生に求められるレベルなんてたかが知れてますから、ある程度の練習でどうにでもなります。具体的に言いますと——」
去年した受験対策を説明するような問答がこれで4人目。部長と紅林さんもそれぞれに同じようなことをしている。
まぁ、案外辛い仕事でもない。勉強方法の話をするのは、言ってしまえば僕たちにとっては得意分野だ。言葉は簡単に紡がれる。それは他の2人も同じようで、僕たちはそれなりにうまくこの仕事をこなしていた。
「——というわけで、意外にも思考以前に小手先の文章力がモノを言うことが多いかもしれません」
「あら、すると読書なんかも大事なのかしら?」
「そうですね。ただ、中学生に勉強になるから評論を読めと言っても、まぁ、挫折する人が多いです。なので、まずはとっつきやすい小説、極端な話、もっととっつきやすくマンガだっていいですよ」
「あら、マンガでいいの?」
「まぁ、あくまでも最初はという話です。活字が苦手な人に活字を読めと言ってもうまくいきませんから。マンガからそのノベライズへという流れはありだと思います。例えば、」
ここで満を持して漫研の宣伝を入れる。まぁ、こんなことに意味があるかは知らないが。
「これ、向かいでうちの漫研がで売っているものですが、マンガでもこんな感じに語彙力は増やせます」
そう言って文集内の文章を指差す。本当にこれでいいのか? この人は真剣に子どものことを考えて質問しているのに、僕は遊び半分に答えている。まぁ、いいか。
「ありがとうね。参考になったわ」
「お子さんが後輩になることを願っています」
そう会釈をすれば、すぐにこの人のことなんて忘れて次の相談を受ける。『一高詐欺部の暗躍』の検証とあって、だいぶ嘘をついている気がする。まぁ、あまり気にはしないけど。
「あ、あの俺、今年一浜を受けるつもりで」
今度の相談者は中学生か。制服からしてこの近隣、と言うより僕が通っていた中学の生徒らしい。緊張しているようだが、普段は快活そうな少年だ。
「うん。在校生の立場から、と言うよりは僕の主観から言えば、悪くない高校だと思うよ」
「は、はい! それで訊きたいんです。一浜の部活ってどんな感じですか?」
中学生にとって、それは主な関心事らしい。
「部活って言うと、どこか入りたい部とかは?」
「俺、最初テニス部に入ったんですけど、すぐにやめちゃいまして、経験者が少ない部活がいいかなって思うんです」
「なるほど。一浜にある部活は」
そう言って学校案内を開く。どんな部活があるかなんて、僕は知らない。
「運動部は、野球部、サッカー部、バスケ部、バレー部、テニス部、陸上部、ハンドボール部、ラグビー部の8つ。あんまり部活動が盛んとは言えない学校だからね、他の高校と比べると少ないかもしれない。経験者という面で言えば、ハンドボール部とラグビー部は少ないかな。ハンドボールの方はバスケとかの経験者がいるとは思うけど。まぁ、どの部も未経験者歓迎って言っているとは思うよ。ただ、実際問題としては、経験者と未経験者では扱いは違うかな」
知った風なことを、本当はほとんど何も知らないくせに言う。
「文化部の方は、吹奏楽部、軽音部、美術部、演劇部、ボランティア部、文芸部、漫研の7つ。吹奏楽部と軽音部は経験者が多いかな。あとはそうでもないとは思う」
「先輩は何部なんですか?」
先輩か。そう呼ばれるのは結構久しぶりだな。
「文芸部。ここで話してる3人は全員文芸部だよ。文芸部って名前だけど、文化祭では文集も出さずに学習相談コーナーを開いているんだから、何部だよって感じではあるよね。向かいの漫研は文集を出しているのに、何やっているんだろうと思わなくもない」
「へぇ、文芸部。勝手に生徒会だと思ってました」
「確かに、こういう仕事は生徒会の領分な気もするけど、そこは適材適所かな」
「適材適所ですか?」
「うん。勉強が得意なんだよ、僕たちは。ただそれだけ。受験の相談なんかがあったら、しっかりとアドバイスするよ」
部活の話より受験の話の方がずっとしやすい。
「一浜って難関校ではないけど、簡単でもないって感じですよね。俺、模試では一応Aもらっているんで、大丈夫だとは思ってます」
なるほど。妹と同じく、一浜なら余裕があるタイプか。……僕と同じ中学ということは妹と同じ中学ということで、妹の知り合いの可能性があるのでは。
「ちゃんと勉強すれば、まぁ、大丈夫だろうね。君のいう通り、一浜は難関校じゃないから」
「はい! で、部活なんですけど、俺としては運動部は厳しいかなって。なんで、文化部で先輩のオススメってありますか? あっ、やっぱり文芸部ですか?」
部活の話に戻るのか。まぁ、仕方ない。
「僕個人に対しては文芸部が最適だったとは思っているけど、君に向いているかどうかは別問題だよ。前提として、なんで君は部活をやろうと思うんだい? やりたいことがあるわけじゃないんだろう?」
「やっぱ、部活って入ってる方が普通かなって。せっかくの高校生活ですし」
「なるほど。周りがみんな入っているからって理由だったら、別に帰宅部でいいとは思うけど、高校生活を楽しみたいってことなら、どう楽しみたいかに寄るよね。目的を決めて、その目的に合った部活を選ぶといい。読書がしたいとか、しっかり勉強したいなら、文芸部はオススメだよ。まぁ、それは少数派だろうけどね」
「ぜひうちの部へって感じじゃないんですね。中学だと勧誘競争とかありますけど、高校はそうでもないんですか?」
「熾烈な勧誘競争をしている部も、たぶんあるんじゃないかな。でも、文芸部はそういう部じゃないからね。部員が少ないのが当たり前になっている部だから」
と言うより、新入部員がたくさん入ってくるとか、もはや悪夢ですらある。文芸部には3人から5人くらいがちょうどいい。
「俺って、高校で何がしたいんでしょう?」
その質問には、当然だが返答しかねた。そんなこと、僕が知るわけがない。しかし、ただ押し黙るわけにもいかない。
「まぁ、それは受験勉強の合間にでも考えればいいよ。部活なんてのは高校生活の一部に過ぎないし、入学が決まってから決めたって全然遅くない」
「そうですね。まとまりのない話ですみません」
「いやいや、いいよ。そういうコーナーだと言ってもいいくらいだし。最後に1つ、僕たち文芸部は向かいの漫研と仲良くしててね。文集売ってるはずだから、よかったら買ってあげて」
ここはストレートに宣伝をしてもいいだろう。
「あっ、はい。わかり……あれだ、『一高詐欺部の暗躍』だ」
なんと、目の前の少年は意外に読書家らしい。
「お見事。出典を当てたのは君が初めてだよ」
「あー、それで文芸部が、あー、なるほど、確かに文芸部ですね」
少年は納得顔をする。
「文芸部、楽しそうですね」
「こんなことばっかりしてるわけじゃないよ。文化祭だからね、少しはしゃいだだけ」
「やっぱ、入部試験とかあるんですか?」
詐欺部に引っ張られすぎだ。
「あるわけないでしょ。ただ本を読む部活なんだから」
「一浜に受かったら、入部するかは置いといて、仮入部はしようと思います。なんかイベントを用意しておいてください」
「そういうことは部長に、いや、来年はいないのか。まぁ、考えとくよ。君、読書とか好きなの?」
「ラノベだけです。俺、割とオタク趣味なんで。ありですよ、文芸部」
「まぁ、気が合う仲間なら、増えるのは吝かじゃないよ。受験、頑張ってね」
「はい! ありがとうございました」
少年は去っていった。これが青田買いってやつか。悪くないかもしれない。




