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26話 『一高詐欺部の暗躍』


 僕たちはとりあえずパソコン室、いつもの僕たちの居場所に入った。


「今日いきなりで、こんなことが可能なんですか?」


「可能にしたんだよ。わたしが何のために昨日の夜中にタナ先に電話して、今日朝はやーくに登校したと思っているんだい」


 田中先生がとても可哀想だ。


「実はもともとタナ先にそういう仕事をやらないかって言われてたんだよね。いやだーって断ってたんだけど、想像以上に文化祭がつまらないから、ちょっとしたイベントに仕立ててやろうと思ったのだよ」


 なんか、だいぶ勝手なことを言っていないか、この人は。いや、部長が勝手なことを言うのは今に始まった話ではない。この人はいつだって勝手だろう。しかし、今回はなんとも。


「かなり無理を通そうとしてませんか? そこまでして漫研を賑わせたいんですか?」


「いやー、えっと、だって、文化祭だよ? 面白くしたいでしょ?」


「『一高詐欺部の暗躍』ですよね? 他の部の売り上げを伸ばすストーリーで、同じようなことをしていた気がします」


「さ、さすが紅ちゃん。せーかい」


 なんか覚えがあると思ったが、紅林さんが見事に出典当てをした。その本なら僕も読んだことはある。読んだ時には、そんなことができるわけあるかと思った気がするが、部長はそれを実際にしようとしているらしい。


「昨日、読み直してさー、文化祭ってのはこうじゃないとって、思ったんだよ」


 部長は案外、本に影響されやすい。学校を舞台にするものには特に。


「だって、昨日食べ歩いただけでもう十分で、今日暇そうだったし。それに、学習相談コーナーにはメリットがいくつかある」


 部長は人差し指をピンとあげた。


「1つ目、元々は先生側から頼まれてた仕事なので、先生受けが狙える。ただし、土壇場も土壇場で引き受ける感じになったので、これは逆効果もあり得る」


 次に中指をあげ、部長の右手はピースサインに。


「2つ目、中学生、それも一浜を受けるかもしれない中学生と話すから、青田買いができる……可能性がある。一応、部員が3人を切るのはマズいから、来年のことを考えておくのも、大事、かも?」


 そして薬指があがる。


「最後! これが1番のメリット! それはね!」


 指は全て降ろされ、部長は溜めを入れたが、どうせ大したことではないとわかるので、その溜めはさして意味をなさない。


「蒼くんの妹ちゃんに会える可能性が高まる!」


 ……部長は、文化祭をエンジョイする方法が根本的に間違っている。


「まぁ、そんなことはどうでもいいとして、目標は漫研の文集を売ることなんですよね? ここで中学生とただ話しとけばそれでいいんですか?」


 どうでもいいと言った時に、部長が悲しそうな顔をした気がしたが、まぁ、気にしない。


「さすがに、それだけだと心許ないよね。そこで、他にもいくつか仕掛けは用意したよ。まず、図書室のところのプリント、あれをすり替えた」


「えっと、それはつまり?」


「わたしの書いた紹介文の1つを漫研の文集の紹介文に変えた。で、100枚刷って持ってきた」


 この人は、どうしてこんなにもどうでもいいことに本気になれるのだろう。100枚って、家のプリンターでやるにはなかなかに面倒だったろうに。紙代とインク代もかかる。

 そして何より、それにほとんど効果がある気がしない。それに出費しようという姿勢が、一般とは違う。


「あのプリント自体を取る人がほとんどいないのに、意味ありますか?」


「うーん、やらないよりはマシってレベルかな」


「他の仕掛けとしては、吹奏楽部と軽音部に宣伝にSNSを使う方法を吹き込んでおいた。吹奏楽部とか軽音部の部員は、わたしと違って『友だち』がたくさんいるからね」


 実際、部長にSNS上の『友だち』なり『フォロワー』なりがたくさんいれば、そんな暗躍のような立ち回りをしなくても、漫研の売り上げを伸ばすことくらいできただろう。うまい部分を選んで写真撮って投稿するだけで、売り上げはある程度伸びる気がする。


 学習相談コーナーだの、図書室前のプリントのすり替えだの、他の部への唆しだの、そんな回りくどい手段を取るのは、僕たちがSNS上であってもいわゆるぼっちに近い存在だからだ。


「後は、昨日買った文集をなんとなくこの辺に置いておこっか」


 部長は、机に積んだ学校案内の横に漫研の文集を無造作に置いた。


 話も準備も進んでいくのだが、根本的な話として、なんでこんなことしているんだ? 僕としては、漫研の文集が売れようが売れまいがどうでもいい。ここで、ものすごく迂遠ではあるが、売り上げを伸ばそうと画策する必要はない。


 僕は現在、不要な労働を部長に強制されてはいないか?


 僕や部長や紅林さんは、集団という意識の元に行動を強制されることを嫌っていたはずだ。その点は共有意識であったはずで、僕たちが共に何かを行うのは、そこに集団ではなく個人の意思があってのことだったはずだ。


 今、この状況に僕の意思はあるか。Noだ。例えばこれがクラスメイトから言われた仕事なら、僕はおそらく断る。それなのに、発案者が部長だからいいというのは、うん、自分として納得がいかない。


 これは違う。僕の行動規範に合わない。


「部長、この学習相談コーナーなるものは、僕にとってやらなくてはならないことですか?」


「いや、全然? わたしが、言っちゃうと暇つぶしの道具として用意しただけだから、蒼くんがつまらないと思うなら、もちろんやんなくていい」


 部長は当然にそう答えた。この人は、文化祭を舞台に遊びたいだけ。僕はその遊びに誘われているに過ぎない。乗るも自由、乗らぬも自由。


 今回部長が示した遊びは、かなりテキトーだ。一晩で用意しただけはある。ただ小説をなぞろうとしているだけで、目的も微妙なら手段も微妙だ。


 参加する積極的理由はない。消極的理由としては、他にやることがない、か。結局、つまらない文化祭を劇的とは言えないまでもイベントっぽくするための苦肉の策なのだろう。


「代案がないんですよね。何もしないで廊下に立っているだけよりはマシですか」


「蒼井くんはあんまり乗り気じゃないみたいですね。私は結構面白いんじゃないかと思いますよ?」


 紅林さんは部長と一緒に遊ぶのに積極的らしい。


「どういう点が面白いですか?」


「『一高詐欺部の暗躍』の検証が1番ですね。蒼井くん、読んだことは?」


「ありますよ」


「あれ、読んだ時に実現可能だと思いましたか?」


「思うわけないじゃないですか。あれは完全にフィクションです。まぁ、今回、その一部の手法を真似ているわけではありますが、それだけで検証と言えますか? 前提が色々と小説とは違いますし」


「そこは、あくまでも暇つぶしですから」


 紅林さんは苦笑をして見せた。やはり、何もしないよりはマシという認識には違いないのかもしれない。結局は暇つぶし。


「あと、1番じゃない理由としては、私も蒼井くんの妹さんには興味があります。こういう催し、妹さんは積極的に参加されるタイプですか?」


 冷静に考えれば、僕が理屈をこねくりまわして否定に回ろうとしているのは、妹と会いたくないからかもしれない。あいつはあれでいて、それなりに真面目で、それなりに不安症で、それなりに単純だから、こういう催しにはまず参加してしまうのだ。まぁ、ホストに僕がいると知れば避けてくれるかもしれないけど。


「あいつが来るかどうかなんて知りませんよ」


 ちょっと不機嫌な言い方になったのは、まぁ、仕方がない。


「あのー、学習相談コーナーってもうやってます?」


 うだうだと言っている間にお客様第1号がやってきて、僕はなし崩し的にこのお遊びに参加することになった。

 にしても、客が来るのが早すぎる。他に行くところがなくなってから来るならともかく、こんな始まってさほどの時間も待たずに来るとは。

 まぁ、お客様第1号は中学生ではなく、いかにも子どもの受験が心配で仕方がないというおばさまだったが。


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