24話 僕のどれ程までに無価値なことか
かなり短いです。
明日に向けて何かしらの準備なり補修なりをしているクラスメイトをよそに、僕は帰路についた。まぁ、これもいつものことだ。
家に帰り着いて、僕は漫研の文集を読み直した。
『文化祭へようこそ』
『まんけんニッキ!』
『狼さんと3匹のこぶた』
『ぼくは4さい』
『きっと明日なら』
『マンガっておかしいよね?』
『ただつまらないだけの話』
傑作とは言えない。きっと、書店で売られていたのなら見向きもしないだろう。200円の価値はあるとは思ったものの、文化祭で売られているなら200円を出す価値があるということであって、プロとして金が稼げるという話では全くない。
でも、それでもすごいと思う。よくこれほどのものを作ったと思う。それは、これを同じ学校の高校生が作ったと知っているから。
高校生だって、プロの漫画家も作家もいるだろうし、オリンピックで活躍するようなスポーツ選手もいる。アイドルなり俳優なりもいれば、ユーチューバーとして稼いでいる人だっているだろう。
それと比べてしまえば、僕のどれ程までに無価値なことか。
勉強ができるだけの優等生たる僕。試験で点を取るという点においては優れている僕。試験で点を取れるだけで優等生と称される僕。
別に悲観しているわけじゃない。高校生なんて、そりゃ、生産性という面で見れば無価値なのは当たり前だ。高校生が、自分は働いてないから無価値だなんて思うのはバカげている。そんな風に考えれば、世の中のほとんどの子どもには価値がない。
ただ、高校生の価値を測る指標となっている成績というのは、一体何の意味があるのだとは思う。
僕も周りも等しく無価値であるはずなのに、優等生という言葉で、僕には価値があるように虚飾される。
勉強って大事かなと訊かれたことがあった。
大事だろうか? 勉強なんかするより漫画を描けとは言わない。それよりスポーツをしろとも、歌を歌えとも、動画を上げろとも言わない。
ただ、一様に、全ての高校生に、勉強は大事だと言うのは、間違いな気がしてきた。
漫研の文集をきっかけにそんなことを考えるのは、飛躍が過ぎる。僕の心境がどう変化しようが、社会が勉強に価値を見出すのであれば、勉強が大事なのだということもわかっている。
だが、なんとなく、そんなものに価値を見出して努力する自分が滑稽に思えるのだった。
まぁ、それでも僕は勉強はするのだが。どんな風に思考を巡らせようが、僕は本質的に優等生なのだ。




