20話 ただ冷めた目で見ている自分がいた
「うーん、72点」
食べ歩きの最初、大白先輩の属する2年5組の売るギョウザピザを食しての、部長の感想だ。
「こう、なんかリアルな数字ですね」
「うん。美味しいかと言われると、うーんって感じだし、マズいかって言われても、うーんって感じ。普通」
僕は財布の中身を心配して買ってはいない。この感想を聞くと買う気にもならない。
「高校の文化祭の一品と思うと、十分な味だと思います。味が悪いわけではないので」
僕とは違い部長に付き合って買った紅林さんも、大差ない感想を言った。紅林さんは文化祭の現実をよくわかっているらしい。まぁ、絶品が出てくるべくもない。
予定通り3人での食べ歩き。部長は首からダンボール版を2つ提げ、前方で1年1組の、後方で3年4組の宣伝をする格好だ。浴衣やましてや着ぐるみを着ることもなく、普通にワイシャツ姿。本人曰く、「雨は面倒だよー」とのこと。
僕と紅林さんも当然同様にワイシャツを着ていて、特に仮装はしていないどころか、クラスTシャツすら着ていない。まぁ、それが僕たちにとっては普通だ。周りを見渡せば圧倒的にクラスTシャツが多いわけだが。
僕は特に考えることもなく、部長が決めたコースをただ追従した。そして、僕は何も買わず、ひたすらに女性陣が食べ感想を言うのを見ていた。
まぁ、つまらないとか退屈だとかそんなことはない。普段の文芸部並みには会話を楽しみ、それ故に文化祭を楽しんではいた。が、特筆することはなかった。
ただ歩き、ただ喋り、文化祭という特別な1日を、熱に浮かされた集団の中で、ただ冷めた目で見ている自分がいた。
「うーん、飽きた」
食べ歩きは、5軒回ったところでの部長の一言で終了した。
部長も紅林さんも少食の部類で、5軒も回ればもう十分だったのだろう。時刻はまだ12時になっておらず、僕は何も食べていないけど。
「もう、文化祭なんだし、もっとなんかないのかなぁ……。あっ、図書室行こう! 紹介文!」
自分たちで書いた紹介文をもらいに行くというのもあれだが、まぁ、他に行きたい場所もない。
僕たちは居場所に舞い戻るかのように、図書室へと向かった。
図書室前に司書さんや図書委員はおらず、ただご自由にお取りくださいという文言とともにプリントが積んであった。僕たちはそれを1枚ずつ取ったが、他にここで立ち止まる人は他にいない。皆通り過ぎて行く。
必要とされていない。ただ置いてあるだけの紙。いや、実際はそんなことはないのだとは思う。僕は去年これを取ったわけだし、毎年2, 3枚しか取られないならさすがに廃止になっているだろうから、取っていく人もいることはいるはずだ。しかし、こんなものなくても誰も困らないだろう。この文化祭において、文芸部の唯一の出品はその程度のものなのだった。
「図書室開いてないのかぁ……。どこ行く?」
部長の問いに返す答えを僕は持っていない。僕たちには、行きたい場所も居られる場所もないのだ。いや、居られる場所がないはさすがに言い過ぎではあるけど。
「松田先生を探しませんか? 1品買ってもらえるんでしたよね?」
紅林さんの提案に、部長は「おお、それだー」と大仰に頷いた。学校を歩き回って、どこにいるかもわからない松田先生を探すのか。まぁ、松田先生もランダムに移動するわけではないし、見つけられないこともないか。
「まっつー探しかぁ。どこだろう? 1-1の教室か、職員室か、化学準備室か、もう面倒だから帰ったか」
「最後の選択肢は酷くないですか? いくらなんでも帰らないでしょう。部長じゃあるまいし」
「いやいや、まっつーならあるかもしれないよ。面倒だからってLHR何もしないでいなくなったことあるし」
まぁ、松田先生と仲良しの部長があり得るというのなら、あり得るのか? いや、勝手に帰ったら流石に職務怠慢で怒られるだろ。
「松田先生はクラスの教室には来ないと思います。松田先生、僕は何もしないからって宣言してましたから。君たちが好きにやればいい。やりたい人がやりたいようにやりなさい。やりたくない人は、僕と一緒に勉強でもしようかって。前の人とは対極でしたけど、案外それでうまくいったみたいです」
「まっつーはいい先生だからね!」
まぁ、文化祭の準備なんて、やる気のある少数だけでやる方が効率がいいのは当然だ。1人でできる仕事は1人でやるのが最も効率がいい。大抵の仕事は、必要な最低人数でやるのがいいのだ。文化祭準備の必要最低人数は、5, 6人といったところか。それを35人全員でなんて、まぁ、無駄も無駄だろう。
「まっつーはね、教師には珍しく頭がいいんだよ。バカみたいなこと言わないの」
またしても部長は熱心に松田先生を褒め出すのだった。部長は、大抵の教師は頭が悪いと思っているのか。おそらく学力の話ではないだろう。部長の言う『バカ』はもっと範囲が広い。
「まっつーが担任だといいのが、道徳の授業だよね」
「はい。それはよくわかります」
紅林さんは即座に肯定し、僕だけが何の話だかよくわからない。
「松田先生の道徳観は素晴らしいんですか?」
「いやいや、違うよ蒼くん。まっつーが道徳的なわけないじゃん。まっつーはね、嘘をつかないの。バカみたいに意味不明な理屈をまくし立てるんじゃないの」
「つまり?」
「断言しないんです、松田先生は。〜ということになってるとか、〜と思われているみたいな言い方で。それに、〜だと思うって言い方も道徳ではしません。自分が思ってないことを、あたかも思っているみたいな言い方はしないようにしているみたいです」
なるほど。それには僕も好感を持てる。道徳なんて不確かなものを断言するのは気持ちが悪い。それを避けるというのは、いい人だと感じる。いい教師かは知らないけど。
「まっつーは素直なんだよね。やりたいことは全力でやるし、やりたくない仕事はあからさまに嫌そうにするから。道徳の授業はやりたくないことみたい。やらないといけないことしかしないから、授業が要点だけでスムーズ」
「やりたいことだけ全力というのは部長と通ずるところがありますね。やりたくない道徳は要点だけでわかりやすくて、やりたい化学の方は試験には無駄な話が多いんですか」
「わたしもいい人だからね! まっつーとは似ているのだよ。化学はそれが面白いの。道徳は深い話はいらない。化学は深い話しかいらない」
まぁ、部長にとってはそうなのだろう。僕にとっても、化学が深い話しかいらないかどうかはともかくとして、道徳の深い話はいらない。授業にそんなものは求めていない。
「ええ。部長は素直だとおもいますよ」
どうコメントしたものか判然としなかったので、部長に関する率直な感想を言っておいた。
「素直かー、まっ、そうだねー」
そんな話をしながら松田先生探すも見つからない。職員室、化学準備室に松田先生の姿はなかった。
本当に帰ったということはあるまいし、さて、どこにいるのだろう。そろそろお昼時だし、松田先生のお金で昼食をいただきたい。
そろそろお腹も空いてきた。




