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19話 お説ごもっとも

 やっと文化祭が始まります。


 雨である。


 文化祭初日は天候には恵まれなかった。予報によると、激しくもない、小雨と言える雨が一日中続くらしい。


 一浜の文化祭は外でやる屋台形式のものはないので、雨天でも問題なく行われる。


 授業がないので筆記具とノート1冊という軽装で玄関に向かうと、その途中、まだ寝癖の立っている妹と顔を合わせた。まぁ、土曜の朝だし。


「雨だね。明日は晴れるんだっけ?」


「予報によれば曇り。降水確率は20パーセントだったかな」


「じゃ、文化祭は明日にしよ」


 妹はそれだけ言うと自室に戻っていった。自室に戻る前に寝癖を直せよ。まぁ、別にいいけど。休日だし、外に出ることもないのだろう。


 僕は折りたたみ傘をさして、大した距離もない学校までの道のりを、面倒くさいと思いながらも歩いていった。


 学校に着くと、一浜高校文化祭と書かれた手作り感の溢れるアーチが雨ざらしとなっていた。ホームセンターで売っているであろう木材からアーチを作り、それを装飾したのであろう、作るのになかなか手間のかかりそうなものだ。使われている絵の具なんかは流石に油性のようで雨で溶けてはいないものの、やはり雨ざらしでは見栄えが落ちる。


 教室へ向かう途中でも雨を呪う会話が耳へと入ってきた。

 文化祭当日ということもあり、僕みたくいつも通りの時間に登校している生徒は少数派で、すでに多くの生徒が最後の準備に取り掛かっていたのだが、なんとなくテンションが上がりきらない感じのようだ。


 雨の影響はなかなか大きいようで、それは気分の問題には留まらなかった。ダンボールが湿度の影響を受け、柔らかくなったことでの問題が発生しているらしい。

 そんなわけで、たどり着いた1年2組でもてんやわんやとその補強が行われていた。


 そんな教室の中は居心地が悪い。別にこの中でふてぶてしく読書をしてもいいとは思う。周りが忙しく働くことが、僕が忙しく働くことにはならない。だが、僕は部長ほど超然となれていないのだろう、意識的に気にしないことにしなければ、気になるものだ。

 まぁ、結局のところ、意識的に気にしないことにして読書をするのだが。


 多少の居心地の悪さを感じつつも、僕は壁に寄りかかり読書を始めた。教室から席が撤去されてしまっているので、座る場所はない。


 教室は騒がしいが、それを意識からカットする。本の内容へと意識を落とし込む。そうすることで、周りに溢れる音声は情報から雑音に変わる。それでも聞こえてはいるわけだが、それを脳は処理しない。声ではなく、ただの音になる。そうなって、やっと読書に集中できる。


 読む本は『やまびこ』。昨日のやりとりでもう一度読もうと棚から引っ張り出してきた。


 "君たちのコミュニケーションは筆談のようなものではないか。表情は見ない、声色も聞かない、そんなやりとりで感情がわかるものか"


 『やまびこ』の中の一節だ。しかし、表情を見て、声色を聞いたところで感情なんかわからないだろうに。そりゃあ、文章のみのやりとりだからこそ起こるすれ違いはあるだろう。だが、顔を合わせるからこそのすれ違いだってある。

 スマホやらSNSやらに依存した現代人への警鐘なのだろうが、完全には納得しかねるな。


 確かに話の構成とか面白いとは思う。傑作としてベストセラーとなるのも頷けはする。だけどやはり、僕好みの作品ではない。


 なんとなく思考誘導されている感じが気に入らない。今の大衆とはこうであり、こういう点が危惧される。お説ごもっとも。だが、だからどうしたという感じだ。


 なんか、道徳の教科書を読んでいる気分になってきた。


 『やまびこ』は決してつまらない話じゃない。だが、こうなってはダメだ。読むモチベーションがなくなった。


 『やまびこ』をしまい、別の本を取り出す。文庫本は3冊持ち歩いている。まぁ、普通のことだ。


「ちょっといいかな?」


 本を取り出したタイミングで声をかけられた。そのあまり聞き覚えもない声の主は、百瀬くんだった。シフト決めの時に少しだけ話したが、用もないのに話す相手ではない。用もないのに話す相手なんてクラスにはいないか。


「なんですか?」


 取り出した本を開くのは流石にやめて、一応顔を見て会話をすることにした。何かしらの用があるはずだし。


「長谷川先生から、宣伝役は君がやるって聞いたんだけど」


「あぁ、それなら、首から広告板を提げるだけならって話はしましたね」


「そうか。ただ、茉莉は君に任せるつもりがないらしい」


 百瀬くんは困ったような顔をするのだが、それは別に困った話ではない。やるなと言われるならやらないだけだ。やれと言われるよりずっと簡単なこと。


「わかりました。では、僕が広告役をする話はなしということで」


 担任だって、黒崎さんに拒まれたとなれば納得せざるを得まい。


「それでいいのか? それじゃ、君は文化祭で何もしないことにならないか?」


 真面目そうに百瀬くんはそういうのだが、何もしないことに別に問題はあるまい。仕事を放棄しているのではなく、するなと言われているのだし。担任への言い訳は考えておく必要があるが。


「別にいいですよ」


「なぁ、今教室を見て、この輪に入りたいって本当に思わないのか?」


 文化祭のために一丸となっているようで、実はそんなこともないクラスメイトを見て何を思えと言うのだ。その上、雨で盛り上がり切ってすらいないし。なんとなく、頑張って楽しいよねって雰囲気を作り出している。そんな気を使わなくてはならない場になどいたくはない。


「思いませんね」


「君、道徳だけは成績悪いんじゃないか?」


「試験は対策すればどうにでもなるものです」


 別に集団への帰属意識を持っていなくても、持っている風の文章は書ける。

 百瀬くんは「そうか」と苦笑のようなものを浮かべて、準備作業に戻っていった。


 さて、小HRから開会式で文化祭開始か。始まれば仕事はない。ただ部長の金魚のフンをしていればいい。小説のように奇妙な事件なんかは起きないだろうが、まぁ、それなりに楽しもう。……楽しめるのだろうか?


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