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18話 枯れた青春

 やっと前日が終わります。雑談のネタがまた数学です。すみません。文中に登場する(アレフ)は連続無限濃度、いわば実数の個数(かなり間違った言い方ですが、イメージとしてはこれで)です。


「もうちょっとで2時だね。無駄に時間がある。むだぁー、ひまぁー、くわぁー」


 腕時計に目を落としたあと、部長に退屈さを示す表情を貼り付けてなんか吠え出した。

 立ち止まる人がいないだけで、ここは生徒の通りも多い。そんな場所でくわぁーなんて叫び出す奇っ怪な人がいればもちろん目がいく。


「目立つのでやめてください」


「なんで授業ないのー。もう帰りたーい」


 駄々っ子みたいになってしまった部長をどう御すればいいかを僕は知らない。なので、ただため息をついて冷たい目で見つめることにした。


「蒼くんが残念なものを見る目で見てくる……。わたし、先輩。I'm older than you. もっとわたしを敬って!」


 身振り手振りも加えて全力でそう主張する部長、残念ながら高3には見えない。

 はぁ。なぜ往来の中で部長と漫才の如きやりとりをしなくてはならないのだ。紅林さんを見やると、スマホをいじり、完全に他人のふりをしていた。


「こんなどうでもいいやりとりをして、ものすごく無駄な時間を過ごしてますよね、今。いえ、今というより、お昼からずっとですか」


 つい、そんな愚痴を言ってしまった。暇つぶしというよりもキルタイムという方がしっくりくる、完全な時間の無駄使い。


「何時になったら教室に戻る? HRって14時半からだっけ?」


「そういうことになっていたと思います。ちゃんと始まるかは知りませんが」


 生徒が全員集まってないとかで時間が押すのはいかにもありそうだ。いなかったら早退にするとか担任は言っていたが、実際には、全員が集まるまである程度は待つだろう。


「なら、14時20分まで時間があるとして、あと20分? 1200秒? 120万m(ミリ)秒? 長いよー」


「長いですね」


 テキトーに同意する。なんとも暇な時間だ。


「知ってる? 0から1まで全体と実数全体って同じ大きさなんだよ」


 唐突に数学。部長の中では待ち時間の話とその話が繋がっているのだろうか。天才の思考は理解できない。


「どっちも連続無限濃度ですね」


「蒼くん、なんで知ってるんだよー! わたしにドヤ顔させろよー!」


 知識があったせいで怒られるというのも納得がいかない。知っているものは知っているのだから仕方なかろう。


「さぁ、蒼くん、紅ちゃんにしっかりと説明してみせろ。できなかったら、それができるわたしを敬え」


 部長はごく自然に、他人のふりをしていた紅林さんを巻き込んだ。紅林さんは困ったように、もしくは諦めたようにこちらに目を向けた。


「確か、タンジェントを制限して対応させるんじゃなかったでしたっけ?」


 知っていると言っても、その程度の曖昧な記憶だ。前に読んだ本に載っていた気がするという不確かな記憶。


「ふんっ」


 部長はこれ見よがしに頬を膨らませてそっぽを向いた。どうやらあっていたらしい。しかし、今ので説明になっているわけもなく、紅林さんはポカンとして何の話かわかっていない様子だった。


「つまりだよ。1秒の間には連続無限の時間が過ぎているわけだよ。(アレフ)の時間が過ぎているわけだよ。1秒は無限なんだよ! 1200秒なんて長すぎる!」


 あれだ、僕も何の話をしているのかよくわからない。部長はアキレスと亀みたいなことを言い出したが、1秒が無限に分割できようが、1秒は無限の時間ではない。


「めちゃくちゃなこと言ってますね」


「だって、ℵ×1200だよ! ものすごいじゃん」


「いや、あの……」


 部長の言うことがめちゃくちゃであることはわかる。だが、どう言って否定すればいいのかがよくわからなくなった。結果、なんか口ごもってしまった。


「お二人は色々知っているんですね」


 紅林さんは苦笑ともわからない笑みを浮かべてそう言った。しかし、その合いの手はなんだが場違いだ。部長が言っているのはあくまでおふざけ。別に真面目な話をしているわけではない。


「よーし、紅ちゃんに摩訶不思議なホテルの話をしてあげよう。客室が無限にある。その名もヒルベルトホテル」


 それから、部長は可算無限と連続無限の話をヒルベルトホテルを例に使いながら、廊下でノートを広げて説明した。図書室前の廊下で、それはもう熱を込めて。


 文化祭の準備時間に、図書室前の廊下で、謎の3人組が、高校では習わない数学の内容を、ひどく熱心に語ってる。


 そんな僕たちの前を多くの生徒が通る。なんか、僕たち3人だけ空間が断絶しているかの温度差。


 唐突にメタ的に状況を考えてしまう、そんなことはよくある。メタ的に僕の現状を捉えるのなら、まぁ、何やってんだって感じか。


 今日1日のほぼ全てが無駄だった。今日1日で実感されたことは、僕には文芸部以外に居場所がないということ。そんなことは知っていた。知っていると思っていた。しかし、こう現実を叩きつけられてみると、本当に居場所がない。居られる場所がない。図書室で部長と紅林さんに会わなかったら、僕は家に帰っていたかもしれない。


 だが、まぁ、文芸部という居場所があるのなら、それでいいと思う。

 僕は一浜高校1年2組1番 蒼井 陸斗でなく、一浜高校文芸部1年 蒼井 陸斗であればいい。


「さて、まとめると、最初の例は自然数全体と偶数全体が同じ大きさってことで、2番目は自然数全体と整数全体が同じ、次は自然数全体と有理数全体が同じ。でも、でもでもでも、自然数全体と実数全体だと、違くなるんだねぇ」


 部長の説明もまとめに入った。部長はなんか楽しくなってきたようで、身振り手振りが大きくなっている。


 部長は自分の知っていることを人に教えるのは好きな人だ。例えば教師になったとして、きっと授業は嬉々として行うだろう。だが、教えた相手が理解できるかは度外視だ。話すのが楽しい。相手が理解したならさらに楽しいが、そうでなくとも気にはしない。そういう人だ。いや、たぶんだが。僕の思う部長はそういう人だ。


 時間も頃合い。部長の話もまとまった。ちょうどいいタイミングが訪れ、僕たちはそれぞれの教室に戻ることになった。


 やっと1日が終わる。なんと言うか、無意味な1日だった。



 HRは予定より3分押しで始まって、つつがなく終わった。そのあとは、僕はただ真っ直ぐに帰宅の途につく。クラスメイトが残って作業をする中、何食わぬ顔で帰るのだ。


 そんな僕を止めるものはいなかった。僕の人間性をクラスメイトもすでに把握している。恨みがましい視線を向けるものすらいない。まぁ、彼らは準備のために残るのが楽しいのだ。帰る僕に目を向けるより、作業に没頭するのは至極当たり前だろう。


 和気藹々と喋りながら仕事をするクラスメイトと、誰と会話をすることもなく帰宅する僕。よくできた構図だった。一目で僕がクラスにおいて異端であることがわかる構図。


 教室を出て下駄箱に向かう廊下にも、準備に勤しむ人ばかり。その中をいそいそ歩き帰路へとつく。クラスのみならず、学校単位で僕は異端らしい。


 高校の文化祭なんてたかが知れているし、内輪受け内輪ノリばかりのつまらない代物だ。しかし、それは内輪にいない僕の主観による捉え方。内輪に属しているのであろう彼ら彼女らは、大して意味なんてない作業を、笑いながら、楽しみながら、それでも真剣に行う。下駄箱までの道のりは、その様子をまざまざと見せつけられているようなものだった。ダンボールに色を塗るのなんて楽しくも面白くもない、そんなことはわかりきっている。それなのに楽しそうに雑事に取り組む彼ら彼女ら。


 例えば、そんな彼らを、青春を謳歌していると表現するのだろうか。


 青春か。朱夏、白秋、玄冬に比べて、圧倒的な使用頻度を誇るマジックワード。色のイメージで考えると、春が青いのはともかく、秋が朱い気がするし、冬は白い気がする。夏が玄いかと言われればそんなことはないが。まぁ、そんなことはどうでもいい。


 語源はどうあれ、青春とは僕たち高校生の頃を指す言葉として専ら用いられる。

 僕は青春を謳歌しているだろうか。

 僕は高校生活をそれなりに楽しんでいる。結構好きなようにやれているし、元来勉強が嫌いでないのだから、学校は面白い場だ。授業が楽しいなんていうのは、一般的には枯れた青春なのかもしれない。しかし、それなら、僕は枯れた青春を謳歌している。

 学校行事ではテストが1番好きなんてのは少数派であることはわかっている。それが異端であることは感じている。だが、異端者でつるめばそれなりに楽しめるものだ。僕の青春も悪いものじゃない。


 真っ当に青春を謳歌するものを横目に、異端者たる僕は帰路についた。なんか、自分が異端者だと開き直ると、楽でいい。


 短編『1から始める帰納法』内の真白菜子は相手が理解したかを気にかけているようでしたが、そこは別作品との齟齬だと目を瞑っていただければと。

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