13話 世界の中心が自分なら
書き終わった紹介文8つを並べてみると、なんとも統一感がなかった。
『うちの子猫は不幸を招く』
『耳、ヒゲ、肉球』
『シュレディンガーのライオン』
『ネコになりたかった少年は犬を飼う』
部長の書いた4つは猫という共通点はあるものの、ミステリー、エッセイ、学生もの、ラノベと、ジャンルはバラバラだ。
『春風の刻』
『やまびこ』
『独りになること』
紅林さんのチョイスはヒューマンドラマ2冊と自己啓発本。『やまびこ』は高校生らしい本だと僕は思うが、残りの2冊は高校生らしくはないだろう。『春風の刻』を僕は読んだことがない。
『神に愛された数式』
そして僕が選んだのは大衆向けの数学入門書。
これらが本屋に並べて置いてあったら、この本屋は何を考えているのだと感じるだろう。
まぁ、色々なジャンルの本が書いてあるのも、図書委員が思い思いの本を選んだ感じがしていいだろう。
いや、半分に猫という共通点があるあたり、違和感はあるが。
「やっぱりあなたたちに頼むとあっという間ね。これ、今後も文芸部が書くことにしない?」
司書さんは真面目なトーンでそう言った。時刻はまだ11時を過ぎたくらい。部長と紅林が作業を始めてからどれくらいかはわからないが、長くても2時間程度だろう。
「うん、いいよ」
部長は司書さんには目も向けず、僕か紅林さんかの紹介文を読みながらテキトーに返事をした。
「いいよって、真白ちゃんは来年はいないじゃない」
「来年も蒼くんと紅ちゃんがやるよ。大丈夫。それより、紅ちゃんの『やまびこ』感、面白いね。人間から言葉を取り上げたらどうなるかなぁ」
『やまびこ』ってそんな話だったっけ? 確か、言葉と本心の差異を考えさせて、言葉だけのやり取りを戒め、顔を合わせる必要性を垣間見せる話だったはず。
「それは真白ちゃんが返事をしちゃっていいの?」
司書さんはこちらに、本当にいいのかという目を向けるが、僕はそんなことよりも紅林さんの紹介文の方が気になる。
「僕は大丈夫ですよ」
「私も大丈夫です」
返事をしつつ、『やまびこ』を頭の中で回想していく。結構記憶が曖昧だ。今度また読むか。僕好みの作品かというと微妙だが、名作は名作だし。
「そう? ありがとう。来年まで覚えていてね? 真白ちゃん、それコピーしたり印刷したりしないとだから、はい」
司書さんは部長の方に手を伸ばす。部長は紹介文を5枚だけ渡す。
「あと3枚はまだ読んでない」
「明日配ってるから、渡して」
「えぇー」
「子供みたいな声出さないの」
司書さんは明らかに部長を子供扱いしている。しかし、部長はそれに抗議することもない。長い付き合いなのだろうし、ずっとこうなのだろう。
「ん」
部長は不機嫌そうに、それはもうとても不機嫌そうな表情を作って紹介文を渡すのだった。
「そんな顔したら、可愛いのが台無しよ。じゃあ、私は明日のためにこれを1枚のプリントにしてくるんだけど、あなたたちはここにいるの?」
「うん。いる」
部長の表情はすでに普通のそれに戻っていた。
「そう。じゃあ、私が戻るまでいてね。30分もすれば戻ると思うから」
そう言って司書さんは出ていった。コピー機なり輪転機なりがあるのは職員室だし、そちらに向かったのだろう。
「そういえば、蒼くんはなんでここに来たの?」
司書さんのいなくなった図書室では、いつもの部活中のように雑談が始まった。
「松田先生に言われまして」
「紅ちゃんと一緒か。じゃあ、まっつーから問題もらった?」
そういえばもらったな。受験生用だと言っていたが。
「ええ、もらいましたね」
「よし! それやろう。まっつーの問題やってると、文化祭準備って感じするし」
数学の問題を解くのは断じて文化祭の準備ではない。
「私がもらったのと蒼井くんがもらったのは同じ問題ですか?」
紅林さんの出したプリントと自分のプリントを見比べる。
……同じじゃない?
「見るからに違いますよね、これ」
「蒼井くんのそれ、1年生の問題ですか?」
紅林さんの方の問題は1年生用らしい。
「受験生用だけどって渡されたので、それしか持ってないのだと思ったんですが」
「私には、簡単かもしれないけどって渡してくれました。受験生用などとは一言も」
「それはわたしにってことなんじゃないかな? ないかな?」
部長はそれちょうだいと目一杯に顔で表現して、僕のプリントを見ている。そんなに数学の問題が欲しいのか。
「そんなに欲しいならあげますよ。いくらなんでも受験生用の問題が解けるとは思いませんし」
松田先生はどういう意図でこの問題を僕に渡したのか。テキトーに取り出したのが受験生用だったからそのまま渡したとか。あのテキトーそうな先生ならありそうではある。まぁ、部長用にというのもありそうだ。
「やった」
プリントを渡すと、部長はにぱッと笑うのだった。どれだけ数学が好きなんだよ。もしくは松田先生が。
さて、僕は紅林さんに問題を見せてもらうか。
「問題、見せてもらえますか?」
「あっ、はい」
紅林さんは素直に問題を僕からも見やすい位置へと移動させてくれる。部長だとこうはいかない。
こう机に連なって座って問題に向かうのは文芸部らしい。1学期の期末以来のことだが、これがなんともしっくりくる。
このメンバーで集うのは居心地がいい。同類で群れるのは楽だ。
自分と好みや価値観の近い人とだけ関わっていられたのなら、どれだけ生きやすいだろう。面倒な相手を無視していられるなら、どれだけ快適だろう。
世界の中心が自分なら、どれだけ。
思考の渦へと頭が向かっていくのを必死に繋ぎとめて、数学の問題へと意識を飛ばす。
理系の問題だ、紅林さんに負けるわけにはいかない。




