8話 『集団の一員としての個人』
事件は大ごとになることなく鎮静した。
刑事告訴という事態にはならず、生徒が退学になることもなく、部長が暴走することもなく、平然と鎮静した。
単に、佐倉何某という問題児が転校という形で学校を去り、一件落着となったのだ。
なんともあっけない決着。佐倉家側からすれば、転校というのも大きな代償だっただろう。
しかし、傍から見れば、まぁこんなものかという感じではある。
とりあえず加害者が学校から追い出された形にはなったので、見せしめにはなる。しかし、まぁ、こんなものか。
1番の影響といえば、今村先生が体調不良によって休職したことか。
結論としては、教師1人を潰すという結果に終わったのだった。
学校全体としては事件にならなかったのだから、ほとんど影響はない。
今日も1年2組はいつも通りだ。
しかし、1組には大きな変化があったはずだ。そのうちの1人がいなくなり、担任が変わったのだから。
月曜日の1時間目、隣のクラスがそんな状況にある中、道徳の時間では『集団の一員としての個人』について学習するのだった。なんとも滑稽だ。
One for all, all for one. そんな話を1組でもしているのだろうと思うと、やはり滑稽だ。
集団なんてのは所詮は個人の集まりで、その個人の関係によってすぐに機能不全に陥る。そして個人の関係なんて、どうしようもなくどうでもいい理由で壊れる。それくらい、歴史から学べよ。
日本人は大和王権の時から進歩していないと思うと悲しくなる。
「今週末には文化祭です。このクラス、1年2組という集団として成功するためには、みなさん一人ひとりが頑張らないといけないわけです」
担任はそう締めくくった。
クラス一丸となって学校行事を盛り上げましょう。なんかもう定番すぎて、とりあえずそれ言っとけばいいやくらいの言葉だ。
そして、それに反発する生徒の存在も定番だ。文化祭なんて面倒くさい。それも、これ言っとけばいいやだ。
「5時間目のLHRは文化祭の準備時間にします。では、号令」
号令とともに礼をした瞬間にチャイムが鳴った。さすがの時間管理だ。
文化祭の準備。5日前という微妙な時期に、どんな準備をすることやら。
*
担任に何かしらの仕事を振られるとは思っていた。
だが、それは前日の全日準備の日に買い出しに行くとか、そんなものだと思っていた。
なんで文化祭準備という名目で、モーメントの計算をしているんだ……?
与えられた仕事は、ポップくん(仮名)というマスコットもどきの設計図を書くこと。
ポップくん(仮名)のデザインを渡され、これ立体にしたいから設計図作ってよという無理難題を、さも当たり前のように佐伯さんは僕に課したのだ。まず間違いなく担任の差し金だろう。
てか、なんだよポップくん(仮名)、なんで君は2本足で立っているんだよ。難度高過ぎる。
頭の中でシュミレートすれば、ポップくん(仮名)の脚はポキリと折れる。
そりゃそうだ。こんなニ頭身キャラを支えられるわけがない。
計算し整合性を持たせようとすると、ポップくん(仮名)の脚は太くなる。これではデザインと全く違う。
もうさ、床に座らせるんじゃダメなんですか? 足なんて飾りでいいじゃないですか。
「苦労しているみたいですね」
クラスでワイワイガヤガヤと準備に勤しむ生徒たちをただ見て回っていた担任が、なんか話しかけてきた。
「設計なんて当然にしたことないんです。それがいきなり、これをって言われて、できるわけないじゃないですか」
「でも、考えてくれているみたいじゃないですか」
「考えた結果が、無理、立たせるなんて諦めようって感じです」
「やはり難しいですか。佐伯さんはたくさんアイディアを出してくれるんですが、現実的かは考えないみたいです。佐伯さんに無理だと伝えてくれますか? 君が無理と言えば諦めますよ」
いや、設計の経験が豊富な人ならなんとかなるのかもしれない。なんと言っても、僕には経験が全くないのだから。
僕が無理と言えば諦めるというのは、随分と諦めがいいらしい。
「そうですか。最悪、脚を鉄パイプにして、倒れないように足を重くするためになんかしらの金属を詰めるという、凶器みたいなマスコットにするしかないかと」
「そんな危ないマスコットは担任として認められませんね」
まぁ、転んでぶつかったら死にかねないものを置くわけにはいくまい。
僕は仕方なく佐伯さんの元へ報告に向かうのだった。
佐伯は黒崎さん以下文化祭ガチ勢と話しながら何かをしているようだった。
「佐伯さん、ちょっといいですか?」
「あっ、設計図? どうなった?」
「2本足で自立させるのは厳しいです。脚が折れてしまいます。座っているデザインに変えるか、脚を3倍くらいに太くするか、脚の長さを1/3くらいにするか」
「あー、無理なのか。脚を変えたら可愛くないし、じゃあ、座らせようか」
佐伯さんは元のデザインに別にこだわりがあってわけではないようで、あっさりと変更を認めた。のだが、
「何それ? 無理って、蒼井が手を抜いてるだけじゃなくて?」
噛み付いてくる人もいる。まぁ、黒崎さんだ。だいぶ嫌われているらしい。
「手を抜いてるというより、僕に設計の経験はありませんから。もしかしたら可能なのかもしれませんが、僕には無理です」
「その設計図、他の人に頼んだ方がいいんじゃないの?」
黒崎さんはそう佐伯さんに問うのだった。僕が働かなくていいなら、僕としてもありがたい。
「うーん、蒼井くんが適任だと思うんだけどなぁ。私、立つかどうかなんて実際に作らないとわからないし」
僕だって、脚が折れるというのは、脚を紙の筒で作るというテキトーな想定で、ネットに落ちてた誰かの自由研究を参考にした結果だ。
倒れるかどうかは、重心を計算すれば、紙の上では一応はわかるが。
総じて、実際にどうなるかは知らない。
「蒼井より、美術部の人とかに頼んだ方がいいんじゃないかな。経験あるかもしれないしさ。私が後で頼んでおくよ」
「そ、そう? じゃあ、お願いしようかな。蒼井くんもありがとうね」
そう言われれば僕はただ「いえ」と返して自席に戻るだけだ。
さて、仕事もなくなったし、読書でもするか。
これ見よがしに読書を始めては担任が何か言ってくるかと思ったのだが、担任は他を回るのに忙しいようでこちらに来ることはなかった。
やっと文化祭編らしく。ただ、文化祭当日はまだまだ先なのですが……。




