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7話 理解できるはずなどない

 今話、長めです。

「蒼井くん、ちょっと」


 放課後に担任から何か言われるのはもういつものこと。


「はい。なんですか?」


「職員室まで来てもらえますか?」


 それ、拒否権はないだろ。職員室に連行か。これでも優等生のはずなのだが。


「まぁ、はい。行きますよ」


 そう返事をすると、担任は無言で歩き出した。僕はそれについて行く。


「昨日は、大変でしたね」


 歩みを遅めることも、こちらを振り返ることもなく、担任はそう言った。


「いえ、別に」


「1番大変だったのは田中先生ですけど」


 第1発見者は顧問だし、矢面に立ったのも顧問だ。まぁ、大変だっただろう。


「教師は激務ですね」


「君は勉強を教えるのには向いていますが、こういったことの対応には向いていませんね。将来は教師よりも塾講師の方が向いているでしょう」


「塾は塾で色々あると思いますよ」


「確かに、相手は同じ生徒ですからね」


 そんな話をしているうちに、職員室についた。担任は「少し待っていてください」と言い、中へと入っていった。


「おっ、蒼くーん」


 まぁ、昨日の件ならこの人もいるよな。元気よく手を振る姿は、場に合っていない。

 僕はそんな部長に対して会釈をするにとどめた。


「わざわざすまんな」


 僕たちの対応に出て来たのは顧問だった。本当に多忙だ。廊下で話すことではないようで、生徒指導室という不名誉な部屋に通された。


「で、要件は何ですか?」


 生徒指導室にて、部長と2人、顧問と向かい合う。


「わかってるとは思うが、昨日の件だ。あの後、紅林とは何を話した?」


「べっつにー」

「特段、これといって何も。結局すぐに解散しましたし」


「そうか。正直、学校としては大ごとにしたくはない。告訴なんてしてもらいたくはないのだが、どうしたら紅林は思いとどまると思う?」


 学校がどう思うかなど、紅林さんはもちろん僕にも関係がない。


「加害者を退学にすればいいんじゃない?」


 部長の言うことは正しいだろう。目に見える形で加害者に罰が下されればなんでもいい。


「退学は難しい。が、停学ならどうだ? 1週間の停学、その処分で、お前たちが紅林の立場なら納得するか?」


「うーん、微妙」

「とりあえず告訴はして、相手の態度で取り下げも考え、いえ、たぶん取り下げませんね」


「停学だってかなり重い処分だぞ」


「生徒の視点から見ればそうでもないってことです」


 人によってはただの1週間の休みとすら思うだろう。


「傷害、場合によっては殺人未遂だよ? 1週間停学じゃ、やっぱり足りないかなぁ」


「本人も反省はしているんだ」


「最初は否認してましたよね。録音でも、私は悪くないって言ってませんでした?」


 そういう人間は得てして反省なんてしない。


「そうか。そう思うよなぁ。紅林だってそう言うよなぁ。私だってお前たちの考えもわかるんだ。でもなぁ、もっと穏やかに解決できないかなぁ」


 顧問は頭を抱えてそうボヤくのだった。それは普段の顧問から窺えない、とても情けない姿だった。


「穏やかに解決したら、あいつらはつけあがるからね。徹底的に潰さないと」


 その言葉に、顧問は「はぁー」とさらに情けない姿になっていく。


「真白とは付き合い長いし、お前がそういう奴だということはわかってる。だがなぁ。おい、お前、紅林を焚き付けたりしてないだろうな」


「してないよ? ……あ、したかも。そんな話もした、かな?」


 小首を傾げる部長を顧問は睨みつけた。


「元凶は貴様か……。私があの後どれだけ……いや、いい。すでに責任は管理職に移行したんだ。私に振られた役割はお前たちの制御だ」


「制御、ですか?」


「こっちから巻き込んでおいて悪いのだが、これ以上この件に関わらないでくれ。お前たち、特に真白は何をしでかすかわからんからな」


 部長、過去2年で何をしでかしたのだろう。


「何かするも何も、告訴からは法手続きでしょ? わたしにできることって何? さすがに少年法を改正するなんてわたしには無理だなぁ」


「仮に話し合いの末に告訴は見送りとなったとして、お前が私刑を下すなんてことがないようにと言っている」


 確かに、部長ならやりかねない気もする。紅林さんがそれを望むならという但し書き付きで。


「紅ちゃんのためなら、わたしは結構なんでもするよ?」


「はぁ。頼むから何もしないでくれ。お前たち、頼むから集団での生き方を身につけてくれ。本当、お願いだから。自分の仲間だけが全てなんて生き方はダメなんだよ」


 投げやりな口調だった。部長と顧問、同じようなやり取りを何度もしたことがあるのではないだろうか。


「教師は激務ですね」


 僕はつい、そう言うのだった。


「本当だよ。ブラックもブラック。残業に休日出勤は当たり前。職場の規模も大きいから人間関係は複雑だし、給料も決していいわけじゃない。普通の神経だとやってられんよ、この仕事は」


「なら、タナ先はなんで教師やってるの?」


「普通じゃないんだよ。私は」


 そう言うと、顧問はふっと小さく息をはいた。


「お前たちは将来どうなるんだろうな。あっ、こんな場で言うことでもないが、真白、指定校通ったぞ。後は面接でとんでもないヘマをしなければ受かる」


 部長の大学受験が事実上終わった瞬間だった。本当にこんな場で言うことじゃない。


「おぉ! こんな問題児でも推薦もらえるんだねー」


「成績で見れば体育以外は5だからな。人間性を除けば推薦しない理由もない。その人間性も、高校よりも大学の方が合ってる。大学ではただの優等生になるだろう。推薦するのに問題はなかった」


「なら、蒼くんも推薦取れるよ! 同じ大学どう?」


 部長の選んだ大学は一浜に指定校が来ている中では最高ランク。しかし、それでも有名私大レベルだ。母親のお眼鏡には叶うまい。


「いえ、僕は国立志望なので」


「それはよかった。蒼井は今年の1年の期待の星だ。ぜひ進学実績を残してくれ。真白も期待されていたのに、結局これだからな」


「大学の選び方なんて人それぞれだもん。わたしは偏差値よりも教授で選んだのっ」


 聞いてみると意外にちゃんとした選び方だった。まぁ、おふざけで大学を選んだりはしないか。


「お前は確固たる意志があって選んでいるのだから、文句はないさ。蒼井、お前は文理はどっちにする?」


「理系ですね」


 そう言うと顧問は肩を落とした。


「文芸部なのにお前たちは揃いも揃って理系なんだな。紅林も理系なのか?」


「迷ってるって言ってたー」

「いえ知りません」


「なら、理系を勧めておいてくれ。文系だと私が担任にされかねない。2人とも理系なら、2人まとめて長谷川先生に担任をしてもらえばいいだろう」


 顧問は真面目な顔でそんなことを宣うのだった。


「紅林さんって文系の方が得意じゃありませんか?」


「迷っているんだろう。ならとりあえず理系にすればいい。理系から文系に変えるのは難しくないが、文系から理系に変えるのは厳しいからな。私も文転した口だ。Σが出て来たあたりから数学がわからなくなってな」


「足すだけじゃん」


 部長はサラッとそんなことを言うのだった。できる人にとってはできないことが理解できないんだよな。


「お前、それをクラスメイトには言うなよ。相手はバカにされてるって感じかねないからな」


「えー、だって、Σがわからないって実際マズくない? わたしのクラスって理系クラスだよ?」


 まぁ、理系クラスの受験生がΣがわからないのはマズいだろう。


「ああ、そう言われると確かにマズいが、でも、言い方をな、もうちょっと柔らかくな。さっきの一言で私も少し傷ついたからな」


「考えればわかることがわからないのは、考えてないからだよ」


「真白からすればそうだろう。だが、わからない方から見れば、わからないものはわからないんだ。お前が勉強を教えられるのはそれなりの学力があるものだけなんだろうな」


 部長はなんでわからないのかわからないってタイプだろう。部長の"当たり前にわかる"の範囲は大抵の人より広い。


 ……なんでこんな話を生徒指導室でしているんだ?


「先生、本題が終わったなら帰っていいですか?」


 そう言うと顧問は腕時計に目をやった。


「いや、もう少し話さないか。……そうだな、文芸部の話だ。現状、活動目的不明だからな」


「その話をするのはいいですが、何か僕たちがここにいないといけない理由があるんですか?」


 明らかにとってつけた話題だ。時計を気にしていたし、時間稼ぎなのではないだろうか。


「少しな。お前たちは気にしなくていい。それより、文芸部の活動目的は何だ?」


「その言い方は気になっちゃうよー」


 気にしなくていいと言われると気になる。そう思うのは部長も同じようだ。


「お前たちを野放しにすると何をしでかすかわからんから、私が監視しているんだ」


「部長と一緒にしないでください」


「わたしだって廊下を叫びながら走り回ったりしないよ! 理由がなければ」


 理由があったらするのか。まぁ、部長ならするかもな。


「今、廊下を叫びながら走り回られるのは困るんだ」


 それは今に限らずいつでも困るのではないだろうか。


「今はそんなことする理由ないよ。いや、タナ先がするなって言ったからする?」


「子供みたいなことを言うな」


「わたし子供じゃないしっ」


 (はた)から見ていると母親と娘が言い争っているようにすら見える。


「真白、私はお前のことをわかっているつもりだ。だから言うが、そう子供っぽい振る舞いをするのはどうかと思うぞ」


「子供っぽくないっ!」


「子供っぽいと言われて怒るのは子供っぽいからな。自分のキャラを確立してて、それに忠実なのはわかる。そうあることがお前にとって重要なのもわかる。だがな、いつまでもそうあるわけにはいかないだろう?」


 なんか、聞いてはいけない話を聞いてしまっている気がする。


「わたしは6年前から外見変わってないから、たぶん老け出すまではこのままだよ。なら、少なくとも大学ではこのキャラでいけるよ。ねぇ、蒼くん? わたし、まだまだ子供でいけるよね?」


 そう言う部長は年相応に落ち着いて、それでも外見から高校生には見えなくて、確かにまだまだ子供でいけるのだろう。


「えぇ、部長はまだ切符を子供料金で買えると思いますよ」


「その言い方はちょっとカチンとくる!」


 部長はすぐにいつもの無邪気さを取り戻すのだった。


「そうか。お前はそう言うんだろうな」


「もう、タナ先のせいで蒼くんのわたしを見る目が変わったらどうしてくれるのさ!」


「蒼井だって、真白のそれがわざとなことくらいわかっていただろう?」


 知り合ってからしばらくは素だと思っていた。だが、まぁ、部長は相当に賢いわけで、さすがに素であれをしているとは思えなくはなった。

 それでも、この人はこういう人なのだと納得はしていたが。


「部長はこういう人だと納得してましたよ。それがわざとだろうと素だろうと」


「それは、どういう意味だ?」


「他人の在り方を理解できるなんて、僕は思い上がっていないってことです」


 所詮理解なんてできない。予想はできても理解は無理だ。だから、たぶんこう思っているのだろうな程度でいいのだ。


「蒼井、お前、恋したことないだろ」


「なんですか? いきなり」


「いや、率直に思ったことを言ったまでだ。真白、蒼井はお前がどんな人間かなどわからないそうだ」


 他人のことなどわかるわけがない。理解できるはずなどない。


「でも、蒼くん、わたしにキャラ作ってるでしょって訊いたことあったよね?」


 そんなことあっただろうか? 記憶にない。まぁ、あったとするのなら、


「わからないなりにも、知ろうとはしたのかもしれないですね」


「蒼くんって、わたしのこと好きなの?」


 なぜそうなるのか。それは全く理解できなかった。


「意味がわかりません」


「フラれたー。タナ先のせいだー」


「私のせいじゃない。蒼井がロリコンじゃないだけだ」


「その言い方は許さーん!!」


 何の茶番なんだろうか。到底怒っているとは思えないテンションで、部長は顧問をポカポカと叩くのだった。たぶん、痛くないように力を抜いて。絶対に怒ってない。


「なんでこんな話になっているんですか? 文芸部の活動目的の話ではありませんでしたっけ?」


 そう言うと、部長はすぐに顧問への攻撃をやめ、高らかに宣言をする。


「活動目的はわたしが楽しむことだよ!」


 なんという自己中だろうか。これは清々しい。顧問はこれ見よがしに「はぁ」とため息をつくのだった。


「実際、そういう部活に成り果てているからな。真白が卒業した後のことを考えて、ちゃんと活動目的を決めろ。一応部活としての体裁は整えろ」


「目的、直木賞受賞、諦めない!」


「なら、何か作品を書け。じゃないとその目的は通らない」


 そりゃあそうだ。ただ読書と勉強をする部活で、目的が直木賞受賞というのはおかしい。


「目的、直木賞選考委員、諦めない!」


 それなら、読書はしているというわけか。


「諦めろ。お前は理系だろ」


「理系でもいいの! 理系の作家だってたくさんいるよ!」


 西成瑞穂も確か理系だ。理系の作家も珍しいものじゃない。


「はぁ。真面目に考えろ」


「目的、顧問を倒す!」


「ま・じ・め・に考えろ」


「うー、どうせわたし、あと半年で卒業だしっ」


 不満顔で部長はそっぽを向くのだった。


「はぁ。蒼井、何かないか?」


 いきなり部の目的とか言われても思いつくわけもない。ポンポンと言葉が出てくる部長がおかしいのだ。


「……部長を楽しませる」


「おい」

「おお!」


 2人から対照的な反応が返ってくるのだった。


「いきなり目的なんて言われても思いつきませんよ。読書を通して幅広い知識と教養を身につけるとか、当たり障りのないもので誤魔化しておけばいいんじゃないですか」


「書類上はそれでいいが、目的のない活動はただのキルタイムと変わらないぞ」


 キルタイムなんて気取った言い方だ。時間の無駄だと言えばいいものを。


「キルタイムでもいいんですよ。気の合う仲間とするキルタイムは、幸福な日常に昇華しますから」


「蒼くん、かっこいい! 言い方が気取ってて文芸部っぽい!」


 なんか、バカにされてしまった。顧問が気取った言い方をしたからそれに合わせただけだ。決して、僕が気取っているわけではない。


「そうか。それでいいなら、いいけどな。知ってるかもしれんが、5月時点で部員が3人未満だと廃部になる。来年は大丈夫だが、中抜けは部活として厳しいし、部員の確保はしておけ。今の文芸部についていける新入生がいるかはわからんがな」


 今の文芸部と言っているが、来年は部長がいないのだ、今の文芸部とは完全に異なるだろう。なんと言っても、今の文芸部の中心は部長だ。


「勧誘なんてしなくても、入る人は入るよ」


「僕が入ったの、司書さんが勧誘してくださっていたからなんですけどね」


 勧誘を司書さんに丸投げするわけにもいくまい。


「大白、蒼井、紅林、この面子の時点でかなり濃い。特に、蒼井や紅林と仲よくやるのはハードルが高い。それができる新入生がいるといいんだが」


 まぁ、そういう人物に1人心当たりはいる。部に入られるのは嫌ではあるし、僕がいる部に入ることはないだろうが。しかし、まぁ、幽霊部員になら頼めばなってくれるのではないだろうか。


「最悪、妹に名義貸しを頼みますよ」


「蒼くんの妹って中3なの? 一浜受けるの!?」


「ええ、まぁ。部長は卒業してますから、会うことはないでしょうけど」


「蒼井の妹が入ってくるのか……。来年も大変そうだな」


 顧問は失礼なことを口にして頭を抱えるのだった。妹が聞いていたら"兄さんと一緒にするな"と怒り出すことだろう。


「妹はコミュ力もあるし、教師受けもいいし、ついでに顔もいいので心配することはありませんよ」


「蒼くんってやっぱりシスコン?」


 違う。断じて違う。


「妹が自分でそう言っていたんですよ」


「それを自分で言うような子なのか……」


 顧問は未来を想像して、どんどんと不安を募らせていくのだった。


「まぁ、妹は要領がいいので、他人ともうまくやれますよ」


「そうか。それならいいんだ。蒼井の妹なら、受かるだろうな。はぁ」


「妹ちゃんは文化祭来るの?」


 頭を抱える顧問をよそに、部長は笑顔でそう訊いてきた。


「来るらしいですよ」


「じゃ、一緒に回ろうよ! 蒼くんもシフトないんだし」


「嫌です」


 妹と部長に挟まれて文化祭を回るとか、それはただの拷問だ。


「即答!? なんでよー。わたしも妹ちゃんと話したいー」


「嫌です」


「むぅー」


 部長は唇を尖らせるが、まぁ怒っているようには見えない。


「さて、そろそろいいか。真白、蒼井、もう帰っていいぞ」


 時計に目をやった顧問は解散を宣言した。時間はすでに下校時刻近い。


「結局、なんでここにいないといけなかったんですか?」


「もういいか。今日、紅林家と佐倉家の話し合いを会議室でやっていたんだ。それでお前たち、特に真白が何かしないように見張っていた。さすがにもう終わっているだろうから、監視も終わりだ」


 その話は、話し合い自体が終わっていれば話していいものなのだろうか?


「じゃあ、くれぐれも何かしようとするなよ」


 そう釘を刺されて僕たちは帰路についた。部長にとって、それはフリになるのではなかろうか。


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