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5話 4つの椅子が1度に埋まることはほとんどない

 家に帰りついた時には20時近くになっていた。


 ただいまと言うこともなく家に入り、まずは自室に向かう。


「あっ、おかえり」


 ドアを開けるところで、隣の部屋から妹が顔を出した。


「あぁ、ただいま」


「遅かったね。ご飯もう食べちゃったよ」


 素っ気なくそう告げる妹。うちは家族揃って夕食ということも少ない。食べていないと言われる方が驚きだ。


「あぁ、わかった。勝手に食べるよ」


「They fight like cats and dogs. 彼らは犬と猫のように喧嘩しているって何?」


 なんだよ、唐突に。


「辞書は引いたのか? like cats and dogs って絶対載ってるはずだが」


「いやー、兄さんに訊けばいいかなって。だって、そのための兄さんでしょ?」


 僕の価値は辞書の代用品か。まぁ、そんなものか。一応ため息をついてから答える。


「like cats and dogsで犬猿の仲、訳は大喧嘩しているでいい」


「へぇ、英語だと猫と犬なのに、日本語だと犬と猿なんだ。でも、猫と犬って仲悪そうだよね。気分屋と生真面目みたいな感じで。兄さんも気分屋な人とは仲悪いでしょ?」


「僕は生真面目じゃない。まぁ、気分屋でもないけど」


「兄さんは真面目だよ。ただ、従うルールが自分ルールだから、いわゆる真面目とは違うかもだけど」


 それは真面目じゃない。自己中って言うんだ。


「ああ、そうかい」


 僕は部屋へと引っ込むのだった。ここでこうして喋っていては、妹の勉強の邪魔だ。



 夕食を電子レンジで温めて1人で食べる。夕食はカレーだった。


「あら、帰ったの。遅かったわね」


 今度は母親か。


「ああ、うん」


「陸斗が遅くなるなんて珍しいから、何があったのか美月と話してたのよ。答え合わせさせて」


 母親はそう言うと椅子に座った。食卓なので椅子は4つある。4つの椅子が1度に埋まることはほとんどない。


「友達が怪我して、なんか成り行きで病院に行ってた。そんな無駄話してないで勉強させなよ」


「美月なら受験は大丈夫よ。絶対に。それより、その友達は大丈夫だったの?」


 ここで、"陸斗、あなた友達がいたのね"とはさすがに言わないか。


「大した怪我じゃなかったから大丈夫」


「そう。ねぇ、話は変わるけど、陸斗は文化祭何かやるのかしら? 美月は見に行くみたいなの」


 文化祭は学校見学の機会でもあるか。


「いや、僕は特に。クラスはポップコーン売るらしいけど、少なくとも売り子はやらないから」


「そう! なら、美月を案内してあげてくれない?」


 妹と2人で文化祭回るとか、絶対に嫌だ。妹の方だって嫌だろう。


「嫌だよ。あいつだって嫌がるだろうし」


「美月に、陸斗に案内してもらったらって言ったら、嫌、兄さんだって嫌がるだろうしって言ってたわ。兄妹わかりあってるのね」


 母親はそう微笑んだ。しかし、双方嫌がるのは当然だ。わかりあってるわけではない。


「文化祭で僕が案内できるところなんてないしね。どのクラスが何をやるかなんて、全然知らない」


「美月は、陸斗みたいに図書室に連れて行っておけば満足ってわけにはいかないもんね」


 去年、母親と学校見学に行った時は図書室しか見なかった気もする。あれは文化祭ではなかったけど。今思い返しても、学校見学なんてそんなものでよかった気はする。


「そうだね。まぁ、文化祭なんて生徒の雰囲気さえわかればいいと思うけど」


 学校の設備云々なんかは、ちゃんとした学校説明会ですでに聞いているはずだし。


「そうね。どうせ志望校は変えないんでしょうし。受験の心配をしなくて済むのはいいんだけど、美月も陸斗も近いの好きねぇ。近いだけの学校を選んで」


 近いだけ、か。


「交通費がかからなくて、親としてもいいんじゃないの?」


「高校はどこでもいいけど、大学はちゃんとしたところに入ってね」


 ちゃんとしたところ。母親の言うそのハードルは高い。母親は、僕の母親とあって勉強至上主義だ。高校は通過点として見ているから一浜でも許されたが、大学はそうはいかない。


 母親は学歴という、恐らくは大して重要じゃないものを信仰している。


 いや、盲信している。


 まぁ、僕だって、学歴は必要だと、内心では思っているのだろうけど。


「大学もできれば近くがいい」


 そんな、正直なところを口にした。


「都内のそれなりのレベルの国立大学なら、どこでもそこまで遠くはないわよ」


 それ、選択肢3つくらいなのだが。


「陸斗、あなた文理選択はどうするの?」


「理系かな」


「あら、文芸部なのに?」


「文芸部の先輩は2人とも理系だよ」


「へぇ、そういうものなのね」


 大白先輩は完全な理系なわけだが、部長の場合はなんでもできるって感じなんだよな。大白先輩に古典学年3位をとらせるほどには国語もできるわけだし。

 紅林さんはたぶんだが文系だろう。成績は全部いいけど、1番得意としているのは言語科目だし。


「そろそろ受験科目も決めて、しっかり勉強しなさい」


 まだ高1の秋だが、まぁ、早いに越したことはないか。母親の言葉に、一応は納得する。


「まぁ、そうだね。ごちそうさま」


 食べ終わり、食器を流しへと運ぶ。


「ちゃんと洗っておいてね」


「わかってるよ」


 僕がそう返事をすると、母親は部屋へと戻って行くのだった。


 母親と1対1の会話は、なんか疲れる。


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