16話 ほぼ他人
リアル多忙につき、17話の投稿を1週間休みます。すみません。
喧嘩は収まっていた。収まっていたというよりは冷戦に落ち着いていたというべきか。
帰ってこいという旨の連絡は妹の方に来ていたらしい。僕の方は、そもそも僕は喧嘩していることを知らないと思っていたようで、だから連絡は不要と判断したようだ。確かに、妹に偶然出会わなければ普通に帰宅していただろう。
「陸斗、ちょっと話せるか?」
帰ってしばらく部屋にいると、ドア越しに父親から声をかけられた。父親と面と向かってちゃんと話すのはいつ以来だろう。母親家出事件の時はそうなりかけたが、僕が体調を崩して有耶無耶になったし。
「大丈夫だけど」
「色々すまんな。部屋に入ってもいいか?」
「あー、うん」
ドアを開き、父親を部屋に招き入れる。僕と同様に痩せ型の体型。背丈は同じくらいだが、父親は背中が丸く、僕よりも少しだけ目線が低い。
「まず、今日はすまなかった。いつも美月のこと、助かってる」
「いや、別に。喧嘩くらいするだろうし」
父親は「ふぅむ」と唸るように息を吐く。
「陸斗は、最近どうだ」
「どうって?」
まるで1年ぶりに会った親戚みたいなことを言う。
「いや、なんだ、学校とか、今は塾にも行ってるんだろう?」
「塾は春期講習だけだけど。学校は結構楽しくやってるよ」
「そうか」
数秒の沈黙。間がもたない。
「勉強は順調か?」
「うーん、どうだろ。まぁまぁなんじゃないかな」
「その、母さんの言うことはプレッシャーになってないか?」
「ん?」
「うちには金もある。大学は国立でも私立でも、都内でも地方でも、俺はいいと思っている」
父親ははっきりそう言った。はっきりと母親と対立する言葉を。
「地方はダメだってさっき美月に言われたばっかりだよ」
とりあえず冗談めかして返した。
「そうか。でも、本気で地方に行きたい大学があれば相談に乗る。いや、何を今更 父親面してって話だよな。今までずっと、ろくに向き合いもしないで」
実際、その通りだ。今更この人は何が言いたいのか。今更どうしてそんなことを言うのか。
「別にまだ行きたい大学とか特にないし」
「今日、俺は母さんと色々話した。いや、話したなんて会話らしいものじゃなかったが、色々聞いたよ。
なぁ、お前、帝東大に入りたいか?」
「まだ大学のことはあんまり」
「母さんも俺もそこそこ優秀な大学を出てる。学歴に助けられた経験だって少なくない。だから、母さんがお前たちを帝東大に入れたがる気持ちはわかる。
だが、あそこまで執着することもない。ある程度以上の大学なら問題ないことは、母さんや俺が証明している。別に帝東大である必要はない。
だから、大学はフラットな目で選びなさい。母さんを説得するなら微力かもしれないが力にはなる。今までずっと任せっきりにしていてすまなかったな」
いったい母親と何を話したのだろう。
「あと、美月のことはすまないが色々頼む。情けないが、俺は正直どう接したらいいのかわからん」
「父さん、なんかあった? いや、母さんと喧嘩したっていうのは聞いてるけど」
今まで何も言ってこなかったのにどうにも急展開すぎる。離婚する布石とかではないと思いたいが。
「この前、知り合いが離婚したんだ。嫁が子どもに暴力を振るっていたらしい。それをそいつはずっと知らなくて、子どもからその話をされた時も冗談だと思って一蹴したそうだ。
俺も他人事ではないと思った。娘の受験の時に妻が家出をするなんて普通じゃない。うちだって、いつ、教育熱心が行き過ぎるかわからない。なのに俺は、お前たちのことをほとんど知らない。このままではダメだと思った。まぁ、お前たちからすれば今更 何言ってるんだよってことだとは思うんだがな」
父親はすごく真剣な眼差しで語っているのだが、正直、全然話が身に入らない。そんなことより、その知り合いの方の事例がなんか聞き覚えがある気がするのだが。
「まぁ、その知り合いは再婚だったりして、事情はもう少し特殊だったりするんだが、嫁の話を聞くとうちと似たような部分もある気がしてな」
その知り合いの家は今どうなってる? と訊きたいが、脈絡として僕がそれを訊くのは意味不明すぎる。
「うちは少なくとも暴力とかはないよ。ただ少しだけ、大学進学への熱が高いだけ」
「そうか。よかった。美月の方も大丈夫そうか?」
「暴力はないよ。勉強へのプレッシャーはあると思うけど、高校受験が無事終わって一旦は落ち着いてるかな」
「よく気をかけてやってくれ。母さん、美月の方はもっとちゃんとさせないといけないといった風なことを言っていたから、何かあるかもしれない。陸斗に頼りきりですまないが、美月のことについては頼らせてくれ」
何かあるのは勘弁してほしい。僕に頼る前に母親を止めてくれと言いたいが、母親が止められないこともわかっているのでそうも言えない。
「ただ、本当に何かあった時は言ってくれ。何ができるかはわからないが、力にはなるつもりだ。少なくとも、もう無視はしない」
「そっか」
「今まですまなかった」
父親は頭を下げた。父親の中ではきっと色々あって、これが人生の分岐点ってくらいの心境なのかもしれない。
しかし、僕にしてみれば結構どうでもいい。もう、父親との関係は残念ながらほぼ他人で固定されてしまっている。16年。実際には12年くらいか、まぁ、それだけの期間、ほぼ他人だったのだ。今更どうしてそれが変わる。変わるわけがない。
妹にとっても同じようなものだと思う。10年以上の時は、埋め合わせられないのはもちろん、なかったことにもできないのだ。
「うん」
僕は思いの丈とは裏腹に、ただ一言、そう言って頷いた。




