15話 2人がまだ
「はぁ。まだ喧嘩してんのかな?」
相変わらず2人でブランコに腰掛けている。時刻は21時を過ぎようとしていて、他に夜桜見物をしていた人も少しずつ減っていった。すでにベンチは空いていたがなんとなく移動はしなかった。
先程から酔っ払い数人が桜の下で騒ぎ始め、夜桜見物といった風流な雰囲気でもなくなった。
「さぁ? 帰ってこいって連絡はない」
「ねぇ、あの2人が十数年前は恋人だったって信じられる? 今じゃ必要事項しか口聞かないでしょ」
「1番2人が喧嘩してた時期、僕の小学校入学前かな、その頃に比べれば今は結構良好だと思うけど」
「いつそれ。記憶ない」
「そりゃ、美月3歳とかだし」
「兄さんだって1個しか変わらないくせに」
僕を私立の学校に行かせるか、いわゆるお受験問題でかなりもめていたのだ。
父親は私立に行かせたがり、母親は公立を推した。
母親は昔から教育ママではあるが、一般にいう教育ママとは少し意味合いが違う。
あの人は塾だったり学校といったものを信用していない。勉強は自身で行うことにこそ意味があり、教わるものではないという思想なのだ。
だから母親はアレをしろコレをしろと言ってきても、それを教えることはほとんどなかった。問題集を買い与え、わかるまで自分で考えろという感じ。
対して父親は教育に関して世間一般に近い感覚を持っていた。良い学校や良い塾に行き、良い先生に教わることで学力は上がる。そう思っていたから、僕を私立の学校に入れたがった。
その頃は夫婦喧嘩が本当に絶えなかった。それが収まったのは、僕が母親のメゾットに順応して自分で学習するようになったため。父親は僕たちの教育を完全に母親に任せ、手を引いた。
それ以来、喧嘩の頻度は目に見えて減った。まぁ、それに付随して両親の会話も目に見えて減ったけれど。
「昔は父さんも色々口出してたんだよ。今じゃ全くだけど」
「そうなんだ。お父さんって、私たちに全然興味ないのかと思ってた」
「仕事が忙しいってのはあるだろうし、たぶん、家にいるより職場にいる方が父さん的に楽なんだとは思うけど」
父親は課長だか部長だか忘れたが、たしか管理職だ。職場の愚痴なんてのを家で聞いたことはないし、大変ではあっても居づらいということはないのだろう。対して、家での父親はどこか居づらそうにも見える。
「兄さんもうちより学校の方が楽?」
「家に家族全員いるなら、まぁ、学校の方が楽かな」
「だよねー。人間関係頑張ってやってた私ですらそうなんだから、兄さんはそりゃあ学校の方が楽だよね」
「なんか棘あるな」
「べっつにー」
妹はスマホを片手にブランコを軽く漕ぐ。向こうでは酔っ払いが陽気に歌を歌い始めた。
「先輩さんが、今度3人でどっか行こうだって」
「3人で?」
妹と菜子さんも仲が良さそうだし、別に嫌ということはないけど、なんか面倒くさいことが起きそうな気がしないでもない。
「兄のデートについていく妹とかめっちゃイタいよね。ありえない。私そこまでじゃないし」
「いやまぁ、デートに妹を連れてくる男はかなりイタいだろうけど」
「先輩さんが『わたしが蒼くんと妹ちゃんのデートを横で眺めたいのだよ』って言ってる」
「菜子さんに今のやりとりとか横で見られるのは嫌だな」
「嫌?」
「だって、僕と美月の会話って7割方は家族の愚痴だし。そこに菜子さんが入るのはさ」
「まぁ、確かに。先輩さんとは楽しい話かどうでもいい話をしてたいよね。ネコ科の動物はどこまでがかわいいでどこからがカッコいいなのかとか、そんなくだらない話」
菜子さんらしいどうでもいい話だ。
「あの人、ネコ科好きだよなぁ」
「というより、かわいいもの全般好きだと思う。ほんと、変人の皮を被った幼女って感じ」
「幼女呼ばわりはいくらなんでも失礼だろ」
「だって先輩さんかわいいじゃん。見た目もだけど、所作が。兄さんもそれにやられたんでしょ、ロリコン」
菜子さんと付き合う以上、その誹りは否定できない。
「いや、別にいいけど」
僕はため息をついて返した。
「お母さんとお父さんが恋人だった頃って、どんな話をしてたんだろ」
「さぁ?」
あの2人の関係が良好だった頃。例えば妹が生まれた頃はまだそうだったかもしれないが、そんな昔の記憶は持ち合わせていない。当然だが、2人がまだ恋人だった頃は生まれていないのだから、知る由もない。
「2人の馴れ初めとか聞いたことないよね」
「ああ、ない」
職場も学校も違う。見合いだったとかそんな話も聞いたことがない。
「あの2人が甘い空気を作るところとか、全く想像できない」
確かに、両親が手を繋いでいる場面すら想像しづらい。
「人間関係って数年も経てば全然違うものになっちゃうんだね」
「まぁ、環境とか変わればそういうこともあるだろうし」
結婚して子どもができてとなれば、そりゃ色々と変わるだろう。
「そのうち離婚とかするのかな」
「さぁ?」
「例えば今日の喧嘩で2人が離婚するってことになったら、どっちについてく?」
なんか、ちょっと現実感のある嫌な話だ。母親は苦手だし、父親は他人のようなもの。どちらも積極的に選びたくはない。
「今の家の所有権を持ってる方かな」
「なるほど。じゃ、私もそっちで。というか、まだ喧嘩してるのかな? リアルに離婚とか言ってなきゃいいけど」
「帰る?」
「うーん。どうしよっか?」
「まぁ、そろそろ時間も時間だし」
「帰りたくないなー」
「でも、そうも言ってられない」
「だね。あーあ、じゃ、帰ろっか」
僕たちは重い腰を上げて帰路についた。




