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4話 この子はそういう子なので

「わざわざこんなところまですみません……」


「いやいやー、わたしたちは暇だったしいいんだよ。それより、大丈夫?」


 現在この部屋には、紅林さん、紅林さんの母親らしきふくよかな女性、今村先生、顧問、部長、僕の6名がいた。


「骨に異常はないそうなので、ただの打撲です。脳も問題ありませんでしたし、大したことはありません。入院するわけでもありません。ここも病室というより控え室ですし。明日には学校に行きますし、明後日には部活にも出ますよ」


 左腕に包帯を巻いた紅林さんはそう告げた。


「葵、それなんだけど、もう少し休んだらどう?」


 母親はパニックと聞いていたが、落ち着いているように感じる。もう平静を取り戻したのだろう。


「私は大丈夫だから」


 紅林さんはいつもの困ったような笑みを浮かべた。


「でも、学校でも色々あるみたいだし」


「私はもう大丈夫。準備もできたし」


「でも、……準備?」


「田中先生、ちょっといいですか? 今村先生も」


 紅林さんはそう言うとポケットからスマホを取り出した。

 そして、少しの間ののち、音声が流れ出す。


『それは私には関係のないことだと思います』


 紅林さんの声だ。おそらくボイスメモ。


『私、あんたみたいな奴、だいっきらいだから!』


 それからドタバタと重いものが落下するような音が流れ、


『わ、私は悪くないっ』


 数秒の無音。


『紅林! 大丈夫か!? おい! ちょっと手を貸せ!!』


 顧問の声をもって、ボイスメモは終わった。


「と言うわけで、私は佐倉さんに突き落とされました。傷害事件として佐倉さんを刑事告訴しようと思います」


 紅林はごく普通の口調で言った。


「おい!ちょっと待て!」


 最初に反応したのは今村先生だった。


「お前はクラスメイトを告発するのか!?」


「はい。事実、これは傷害事件です」


「いや、しかし。まずは学校で対応する。学校で起こったことだし、まずは学校で」


 まぁ、刑事告訴なんて大事になるのは避けたいよな、学校側は。僕は、なんとなく冷めた目で状況を見ていた。


「いいえ。刑事告訴をします」


 紅林さんは譲らなかった。それは普段見せる内気そうな姿ではなく、意思を持った強い姿だった。面倒ごとを、無視から排除に動いたか。その行動原理は、僕にはストンと納得できた。


「待て、焦るな。そんなに大事にすることもない。学校で起こったことだ。学校の中で解決できるならその方がいいだろう?」


 その返答を紅林さんがする前に、その母親が声をあげた。


「葵、あなたそれをするためにわざと突き落とされたの!? 学校のお友達を(おとし)れるためにわざと!」


「……そんな相手を操るなんて、できるわけないでしょ。だから、こんなに遅くなったし、怪我もした」


 紅林さんはそう呟くのだった。


「あなたは、やっぱり」


 紅林さんの母親が娘を(ののし)る一言を言う前に、口を開く人がいた。


「告訴するのはいいんじゃないの? 傷害は刑法犯罪だもん。しかも、それで面倒なのは寄ってこなくなる! いいじゃん!」


 緊迫していた空気を部長はぶち壊すのだった。


 言わば見せしめか。刑事告訴なんて前例ができれば、少なくとも直接的な攻撃はなくなるだろう。攻撃された以上はカウンターを仕掛けるべきだし、まぁ、必要な手だろう。僕もそう思う。


「待て待て! 学校の問題を外に持ち出すな。これはあくまでも学校内の問題だ」


 今村先生の言いぶりに少し失望した僕は呟く。


「学校は治外法権じゃありませんよ」


 それを聞いた今村先生は1度こちらを睨んだが、すぐに紅林さんの方に目を向けた。


「紅林、いいか? 気軽に刑事告訴なんて言っているのかもしれないがな、よく考えろ。そんなことをすれば、お前は学校に居づらくなる。わかっていて言っているのか?」


 今村先生は滑稽だった。何もわかっていない。


「私は、自分を傷つけた相手を告発するだけです。真白先輩が言ったように、傷害は犯罪です。許す理由がありません」


「そんなことをすれば、誰も近づかなくなるぞ! クラスに居場所がなくなってもいいのか!?」


「殴ったり、蹴ったりするバカが近寄らなくなるんだよ。わたしはずっと紅ちゃんの友達だよー。ねっ」


 部長の唐突なズッ友宣言。紅林さんは少し嬉しそうに微笑むのだった。


「真白、お前は黙ってろ! 紅林、いいか? お前のしようとしていることはな」


「今村先生、落ち着いてください。紅林は怒鳴れば言うことを聞く生徒ではないでしょう」


「いや、しかし、田中先生!」


「ちょっと黙れと言ってるんだ」


 その顧問の言葉に、今村先生は怯む。場の空気も凍りついた。


「紅林、告訴の話はわかった。上にも伝えておく。後のことをお母さんとよく話しあえ。お母さん、うちの職員がお見苦しいところをお見せしました」


「いえ。でも、葵の担任には向かないかもしれません。すみません、こんな子で」


「葵さんは怪我をさせられたんですから、刑事告訴も当然です。しかし、できれば、加害者生徒とその親御さんも含めての話し合いの場を設けたいのですが、いいでしょうか?」


「ええ、はい。でも、葵の意思は変わらないと思います。……この子はそういう子なので」


「では、私たちは今後のために学校に戻ります。失礼します。今村先生、行きますよ」


「ご迷惑をおかけします」


 被害者側であるはずの紅林さんの母親が謝るのだった。


「田中先生、やはり大事にするべきでは」


「まずは管理職の意見を聞くべきです。……真白と蒼井はこの後どうする?」


「もうちょっと紅ちゃんと話してるー」


「なら、僕もそうします」


「わかった。この件に関しては風潮するなよ」


 そう釘をさすと、顧問は今村先生と連れ立って出て行った。


「いやぁ、刑事告訴かぁ。紅ちゃんもしっかりしてるねー。ちゃんと証拠()ってる」


 部長は呑気な声でそう言った。


「前に腕を怪我した時から考えていたんです。次があったらそうしようと」


「今村先生ってあんななんですね。苦手というのがよくわかりました」


 僕は2組でよかった。しつこいところはあるが、担任はいい先生なんだとよくわかる。


「ええ、苦手です」


 紅林さんは困ったように笑うのだった。


「あれはダメだねー。なんかうまい具合に騒ぎを大きくして、あれ辞めさせられないかなぁ」


 部長は結構物騒なことを口にした。


「あなたたちは葵と本当に仲がいいのね」


 そう口にした紅林さんの母親はどこか呆れているように見える。


「紅ちゃんはわたしの心の友です!」


「まぁ、文芸部は仲のいい部活です」


 それを聞くと、紅林さんの母親は「そう」と短く頷いた。


「あなたたち、今回の件、どう思ってるの?」


 そう尋ねる紅林さんの母親の右手は、左腕を握りしめていた。


「加害者はバカだなぁって思ってます」


「部長、その答えは……」


 確かに加害者は間違いなくバカなのだが、そんな当たり前のことを訊いた質問ではないはずだ。


「普通、学校のお友達との喧華で怪我をして、刑事告訴だなんて言うかしら?」


 それは仮定がおかしい。まず今回は相手がお友達ではない。次に、喧華でもない。


「あまりよく知らない相手に、難癖をつけられて階段から突き落とされたら、まぁ、普通告訴すると思いますよ」


 僕のその返答に紅林さんの母親は顔を(しか)めた。


「今回は相手は同級生でしょう? お友達じゃない。話が違うわよ」


「クラスメイトって友達ー?」


「クラスメイトならば友達である、は偽でしょうね」


 反例なんていくらでもある。まぁ、僕とそのクラスメイトがそうだし。


「わたしだって、蒼くんや紅ちゃんに突き落とされたら告訴はしないけど、クラスメイトにやられたらしますね。あいつら、やり返さないとつけあがるし」


「そう。……あなたたちは本当に葵と仲がいいのね」


 そう言った時に見せた困ったような微笑みは、まさに紅林さんの母親だと感じさせた。


「いつか、あなたたちのお母さんとも話してみたいわ」


「蒼くんの方は、紅ちゃんと同じクラスになれば保護者会とかでありえる?」


「まぁ、ありえますけど、うちの母親は……」


 あの人は一癖も二癖もあるからなぁ。


「そう。まだ葵とは話していたい? 私としては、ここに長居するのはって思うんだけど」


 確かに、用が終わったのに病院に長居するべきではないか。あの教師2人と一緒にいるのも嫌なので残ったが、帰るべきか。


「そうですねー。わたしたちも帰ります。……ここって最寄り駅どこ?」


 部長はこちらを向いて尋ねてきたが、僕もわからない。僕は「さぁ」とだけ返した。駅まで行けば何かしらの経路で帰れるだろう。


「駅まで一緒に行きましょうか」


 紅林さんの母親のその言葉に甘え、僕たちは迷うことなく帰路につくことができた。


 文化祭にたどり着くまでがひたすらに長い……。

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