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3話 怒りを覚えることは普通

「紅ちゃん来なかったね」


 職員室へと向かい歩く中、部長はそう呟いた。


「ええ、LINEに連絡が来てるわけでもありませんし、何かあったのでしょうか?」


「まさか、事件!? よし! 今から調査だ!」


「いえ、もう下校時刻なので帰りましょう」


 小説みたいな出来事はそうそう起こらない。充電切れでLINEが使えなかったとかそんなところだろう。


「ノリ悪いなぁ。でも、ちょっと心配だね。どうしたんだろ?」


「さぁ? まぁ、明後日(あさって)訊いてみればいいですよ。鍵、返しちゃいましょう」


 すでに職員室前だ。返すのは部長で、僕は廊下で待っているだけだが。


 トントントントンと律儀に4回ノックをしてから部長は職員室へと入っていった。


「失礼しまーす。文芸部の真白です。田中先生いらっしゃいますか?」


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 そんな声がドア越しに聞こえてくる。いつもなら、このあと鍵をパッと手渡して終わりだ。


 しかし、今日は部長が田中先生を連れ立って出てきた。


「大白はいないのか。すまないが、ちょっとこのあと時間あるか?」


「わたしはだいじょーぶ!」

「もう下校時刻ですよ?」


「ああ、だから強制という話じゃない。時間があるなら手伝って欲しい」


 まぁ、時間ならある。ないならあんな無為な時間を文芸部で過ごしていない。


「僕も大丈夫ですけど、何の手伝いを?」


「ちょっと、紅林が怪我をしてな。病院に運ばれて検査とかしてるんだが」


「紅ちゃん大丈夫なの!? ねぇ!」


 部長は即座に顧問に掴みかかった。僕はそれをただ見ていた。


「落ち着け。大した怪我じゃない。ただ、階段から落ちたから一応検査をな。で、今から私が荷物を持っていくことになっていてな」


 階段から落ちた。なぜ? 紅林さんはそんなにドジだったか。


「荷物持ち、いや、先生車ですよね?僕たちは何の手伝いを?」


「紅林の親御さんが、娘を心配して半パニック状態らしい。とりあえず、娘に友達がいるのを見せておきたい」


 心配している方向がおかしい。階段から落ちた娘を心配するのに、友達の有無は関係ない。


「すまんな。今村先生が一緒に病院に行ってるんだが、あの人がいらんこと口走ったらしい。教師の尻拭いをさせるようで悪いんだが、頼めるか?」


 話を聞くに、あまり行きたくない。そういう面倒ごとは避けていきたい。まぁ、だが、そういうわけにもいくまい。


「大丈夫ですよ。車内でもう少し詳しく聞かせてもらえますか」


「ああ、すまんな。なら、ちょっと待っててくれ」


 嫌だな。僕はリアルのシリアスは苦手だ。



「うぅ、気持ち悪い……」


 部長は車の中で膝を抱えて丸くなっていた。車で移動して約10分、すでに乗り物酔いのようだ。


「……あとどれくらい? うぅ……」


「10分かからないくらいだ。大丈夫か?」


「大丈夫……まだ、吐かない……」


 はたして、病院についたあとこの人は動けるのだろうか? 全くもって頼りない同行者だ。


「ああ、頼むから吐かないでくれ。で、すまん、どこまで話した?」


「紅林さんが階段から落ちた時に、先生が近くにいたってところまでです」


「そうか。それで、その時、その場から走り去る生徒を見たんだ」


「そいつだぁ! そいつが犯人だ! うぅ、ぁああ」


「お前は黙ってうずくまっていろ。頼むから吐かないでくれ」


 部長のせいでシリアスな感じがしないのがせめてもの救いか。部長の乗り物酔いと紅林さんが怪我をしたのは何の関係もないが。


「その生徒は既に呼び出して事情を聴いた。知りません、わかりません、関係ありませんしか言わなかったが、たぶんあれは黒だ」


 そういう話を生徒にするなよ。特に部長にするなよ。この人なら復讐とかしてもおかしくないんだから。


「そいつ、だれだぁ……」


 声に覇気はないが、怒っているのはわかる。


「それは言えない。言えるわけないだろ。それで、今村先生がこの話を口走ったらしくてな、紅林の親御さんはパニックというわけだ」


「それでとりあえず、仲いい人もいるんですよっていうアピールですか。そんな時間稼ぎより、早期解決して火消しに回るべきかと思いますけど」


「そう簡単にはいかんのだよ。この手のことは、犯人を捕まえて、はい解決とはいかないからな。火元を消すのに時間がかかるなら、周りが燃えないようにするのが優先だ」


 僕は教室での紅林さんを知らない。今回の事件がどのような経緯で発生したのかを知らない。

 だから、ただ早く解決しろと無責任に主張するべきではない。


「火元を消す算段はついているんですか?」


「今回の件は、いじめではなく喧嘩に近いと考えられている。学校の隠蔽体質からいじめではなく喧嘩だと言っているんじゃないぞ。紅林とお前たちは似ている。お前たちだって、クラスメイトと対立する時にいじめられているとは思わないだろう?」


 ある意味で自ら対立しているのだから、喧嘩かもしれないとは思う。だが、本当にそうか?


「うぅ、けんかって言うより……」


「お前はいい。無理するな。だから、吐かないでくれ」


 これは顧問の愛車だ。汚されるのは絶対に嫌なのだろう。


「意見、価値観の相違による対立ですね。いじめではありません。喧嘩かと言われると、どうなのでしょうか?」


「……バカが突っかかってくるだけだよ」


 部長はそう呟いた。


「お前たちのそういう態度が相手側としては気に入らないんだろう。特に真白、クラスメイトを自分より劣ると断言するのはやめろ」


「クラスメイト全員が劣るとは思いません。しかし、感情的になって階段から突き落とすような奴は間違いなくバカです」


 部長に喋らせて顧問の大事な愛車を汚しても悪いので、僕が部長の意見を引き継いだ。


「世の中は怒ると感情的になるものばかりだ。真白みたいに自分のキャラを考えながら怒るものや、蒼井みたいに怒りの理由を分析するものの方が異端なんだよ」


「傷害事件を起こす方が多数派ではないでしょう?」


「確かに。蒼井の言うように、怒りから一線を超えてしまう人間はバカなのだろうな。しかし、注意しておくが、怒りを覚えることは普通だ。怒りから相手を(けな)すことは普通だ。ただ感情的になったからバカだとは思うな」


 そこで車はスピードを落とす。


「そろそろ着く。真白、大丈夫か?」


「いいから、早く駐めて……」


 顧問は慣れた手つきで縦列駐車をし、部長は車から解放された。


「あー……」


「少し休むか? あと、今から紅林のところに行くわけだが、余計なことは言わないでくれ。変に隠すと勝手に色々嗅ぎ回るだろうから話したが、本来ならできない話をしたんだからな。特に、親御さんの前で犯人の話はするなよ」


 そんな面倒ごとを自ら起こしたりはしない。少なくとも僕は。

 僕は「わかっています」と頷き、部長はスーハースーハーと深呼吸をしながら、首を縦に振った。


「よし、復活! ちゃんと元気な菜子ちゃんできるから大丈夫!」


「では、行くぞ」


 今更なのだが、やはり気が重い。


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