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37話 デートとかそういう言及はしてないけど


「いえ、元々はゲームセンターにでも行けば、先輩はそれなりに楽しんでくれるんじゃないかとか思ってたんですけど、なんか、昨日行ったんで」


 それに、もう一度ゲームセンターに行こうなんて気にもなれない。先輩が散財するだけだ。僕だって無闇に金を使いたくはないし。


「ふむふむ」


 とりあえずコインロッカーに不要な荷物を預けて、そのままそこで話し始めた。


「で、腹案はなかったので、あ、ダメだなってなりました」


「うん。ダメだね」


 微妙な顔をして視線を合わす。何も面白いことはないのに、2人してなんとなく「ふっ」と笑ってしまった。


「どうします?」


「なら、わたしは行きたいところがあります!」


 お、それを言ってくれるのはありがたい。


「どこですか?」


「蒼くんの家」


「却下で」


 全然ありがたくなかった。


「なんで? すぐそこでしょ? 誰かいるの?」


 僕たちはもう休みだが、世間的には平日の昼間。うちの親も今日は仕事のはずだ。まぁ、うちは不規則なので、平日、休日はあまり関係ないが。

 しかし、親がいなくても妹はいる。それ以前に、家に人を入れたくない。


「妹がいます」


「より行きたい!」


 ダメだ、この人。

 目をキラキラと輝かせて、まるで遊園地のCMを見る子どものような……。この表情を狙ってやってるなら、本気で女優が天職なんじゃないかと思う。


「はぁ」


 これ見よがしに大きなため息をついてみるも、先輩は「ん?」と首を傾げるだけ。


「妹は今年受験で勉強中です。邪魔しないでください」


 ここは正当な口上で断ろう。


「邪魔なんてしないよー」


「いや、いるだけで邪魔になりますから」


「むぅ。じゃあ、蒼くんの思い出の場所行きたい! 蒼くん、昔からこの辺りに住んでるんだよね?」


 思ったより簡単に引き下がった。最初から本気じゃなかったのかも。

 さて、思い出の場所。どこかあるだろうか。


「そう言われて、どこもパッと思いつかないんですが……」


「子どもの頃よく遊んだ場所とかないの?」


 子どもの頃か。外で遊んだ記憶はあまりない。遊ぶといえば家で妹とゲームが主だったような……。

 しかし、よく行った場所ならなくもないか。


「最近は全然行かなくなりましたが、昔よく行った書店ならありますね。まだあるかわかりませんが」


 子どもの頃によく通った場所なんてそれくらいだ。駅近くに大型の書店ができてから一切行かなくなったし、別に思い入れがあるわけではないけど。


「蒼くんって、いつから本読むようになったの?」


「よく覚えてません」


 嘘だ。小学校に入った頃、母親に本を読めと言われ続けた時期があった。初めは嫌々だった気もするが、今となってはありがたかったのだろう。


「ふーん。なんか、小学生の蒼くんとか想像できないなー」


「小学生の先輩も大概 想像できませんよ」


 まぁ、容姿は簡単に想像できるというか、たぶんほぼ今のままなんだろうけど。


「小学生の頃のわたしはね、そりゃあもう嫌われてたと思うよ。主に先生から」


 先輩はなぜか自慢げに、まったく自慢にならない内容の話を始めた。


「簡単に言うと、授業をまったく受けない子だった」


「授業を受けないですか?」


 授業中ずっと内職してたとかだろうか。小学生の頃だと、僕も人のこと言えない。


「なんと、菜子ちゃんは不登校だった時期があるのだ!」


 レベルが違った。

 堂々と宣言されたが、どういうノリなのかわからない。


「単純に人間関係がダメで行かなくなったって普通の理由なんだけどね。小2くらいからかな。小6になるまで学校行かなかった」


 意外にハードな過去をお持ちらしい。そんなカミングアウトをされても、どう反応すればいいのかわからない。


「今思うと、その時期が人生で1番勉強してたかも。みんな小学校なんて行かなきゃもっと賢くなれるのにね」


 小学校の授業よりも参考書で自習した方が効率がいいのはわかる。しかし、小学校に行かない方がいいってのは、いくらなんでも極論すぎる。


 にしても、不登校児だったなんてまったく知らなかった。


「僕って、先輩のこと実は全然知りませんよね。プレゼント選んでる時も思ったんですけど」


「わたしも蒼くんのこと実は全然知らない。さぁ、蒼くんも幼少期の思い出を語りたまえ!」


 詰め寄られる。近い。僕は一歩後ろに下がる。


「僕は普通に学校行ってましたし、特にこれといってないですよ」


「蒼くんが普通の小学生だったわけない。隠さずに話せー!」


 コートを掴まれて「さぁ話せー」と揺すられる。そんな特徴的なエピソードなんて別にないし。


 コインロッカーの前に居座って何をしてるんだろう。来る人 来る人、「なに、この人たち?」みたいな反応をしてる気がする。


 とりあえず先輩を振り払う。なんか、勢いで腕を殴られたが、別に痛くないからいいことにする。


「とりあえず場所変えません? ただ話すなら、ファストフードか喫茶店かそのあたりに」


 まぁ、ファストフード店にいたところで今みたいな行動をされたら目立つだろうけど、コインロッカーの前よりはだいぶマシだ。


「うーん、だったらさ、えっと、カラオケとかどう?」


 いつもの傍若無人さとは対照に、先輩はなぜか遠慮がちに提案してきた。

 謎に不安げな様子で僕の答えを待っているので、たぶん1番嫌がられる返答をすることにした。


「先輩、実はサラさんが言ってたみたいなクリスマスを過ごしたかったとか。カラオケでワイワイやって、イルミネーション見に行くみたいなやつ」


「なっ、今日はクリスマスじゃないもん。ボクシングデーだもん」


 先輩はわざとらしく膨れた。

 先輩の容姿で、耳あてとマフラーをして、少し斜めを見て膨れるというのは、絵になるというか、ホームドラマのワンシーンみたいな感じだ。

 家族とちょっとしたことで言い合って拗ねた子どものイメージそのもの。


「はいはい、そうですね。カラオケ、いいですよ。2人で盛り上がるかはわかりませんが」


 今日、僕たちはデートとかそういう言及はしてないけど、2人でカラオケとなるといよいよデートじみてる。それでも言及はしないけれど。


 歌をうたうというのは案外心理的なハードルが高い。少なくとも、授業とかでない限り、初対面の相手を前に歌おうとは僕は思わない。

 それもたった1人を前にとなればそのハードルはさらに上がる。


 先輩相手なら別にいいかと思う。しかし、例えば、紅林さんと2人でカラオケに僕は行けるだろうか。なんとなく嫌だなと思う。


 僕がそれを許容できる相手って、先輩以外だと妹くらいかも。


 まぁ、だからなんだということもないけど。


 目的地が決まったので移動を始めると、なぜか先輩は僕のすぐ後ろ歩き出した。後ろに立つなとは言わないが、なんだか気になるので振り返ると、先輩はすばしっこく移動して僕の視界から外れる。


「えへへ」


「何が楽しいんですか……」


 行動の意図がわからない。

 とりあえず付き合うように何度か振り向くも、先輩がクルクルと回るだけ。そしてそれだけなのに先輩は妙に楽しそう。

 なんというか、無邪気だ。いつにも増して子どもっぽく振る舞っている気がする。


 付き合い続けても埒があかないので、振り向くのはやめて目的地に歩き始めた。先輩はやはりすぐ後ろをついてくる。


「こうして見ると、蒼くんって背高い」


 後ろから頭に手を乗せられてそう言われた。頭を振って手を払う。

 この位置関係、会話しづらい。


「先輩が小さいだけでは。僕、170cmちょうどくらいですし、男子としては平均かそれ以下かと。大白先輩とか、僕より10cmは高いですし。まぁ、先輩よりは30cmくらい高いですけど」


 視界には誰もいない。なんか虚空に話しかけてるみたいで嫌なんだが……。


「わたしちっこくないっ!」


 背中を殴られた。この人、こんなに暴力的な人だったっけ? いや、痛くないし、本気で殴ってるわけじゃないっぽいけど。

 なんか、今日はやけに接触が多い気がする。何か企んでる?


「わたしが普通で、蒼くんが高いの!」


 今度は後ろから肩を揺すられた。歩きづらいし、普通に鬱陶しい。


「先輩、僕に何回触れるかゲームみたいなの開催してます?」


「……んー?」


 一旦無言になってから、わざとらしくとぼける声。後ろにいるせいで表情はうかがえないが、図星だったっぽい。


「僕にバレたんでゲームオーバーです」


「そんなゲームしてないもんっ」


「そうですか。で、カラオケってあそこでいいんですか?」


 とりあえず駅のすぐ近くにあるところに来たが、たぶん歩いてすぐのところに他にも何軒かあるはず。


「いいよ。行こ行こ」


 今度は前に飛び出して、袖を引っ張ってくる。もう振り払うのも面倒で、「はいはい」とぞんざいな返事をして追従する。


 今は11時前。お昼過ぎまで居ようと、700円で2時間を頼むことにした。

 部屋は空いていてすぐに入ることができた。2人だからだろうけど、通されたのは3人がけのソファとテーブルが1つずつあるだけの狭めの部屋。


 とりあえずコートを脱いで壁にかけた。対して先輩はコートをソファの上に、耳あて、マフラー、手袋をテーブルの上にテキトーに投げ出して、そのまま「ふぅ」とソファに落ち着いている。片付ける気配がない。


「先輩、コートとかそれでいいんですか?」


「ん? ダメ?」


 仕方なく、コートだけは僕がハンガーにかけた。ソファにコートなんて置かれたら僕の座る場所がない。実は座るなという意思表示……いや、ないか。


「さてさて、えっと。あとは」


 スマホを見て何かを確認している先輩。無言で座っても大丈夫だろうか。いや、まぁ、大丈夫か。後輩は立ってろなんてパワハラをする人ではさすがにない。


「何を確認してるんですか?」


 尋ねつつ、僕はソファに座った。先輩と1人分の距離を開けて。


「紅ちゃんが、今日やるべきミッション?を送ってきてて。

 積極的に接触すると、2人きりになれる場所に行くはクリア」


 ……なんか、きな臭くなってきた。


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