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36話 先輩、ドン引きであった


 12月26日は微妙な天気だった。今にも雨か雪が降りそうなほど曇っているが、実際には降ってない。天気予報によると降水確率は40%、微妙だ。


 待ち合わせは学校の最寄駅、つまりはうちの最寄駅に10時半。いつもみたく電車の遅延を想定する必要もないので、普通に10分前くらいに着くように家を出た。


 26日になるとクリスマスの雰囲気はすべてなくなり、街は正月ムードへと移行する。今年もあと今日を入れて6日か。


 駅に着くと、まだ待ち合わせ時間まで10分もあるというのに、すでに先輩が待っていた。


 マフラー、手袋、耳あてと完全装備だ。対して、そのうち僕がつけてるのは手袋のみ。今日の気温は5℃くらいらしい。寒いは寒いが、マフラーまでしなくてもいいと判断した。耳あてに関しては持ってすらいない。


「早いですね」


「絶対に蒼くんより早く来るって決めてたからね! わたしの勝ちっ」


 先輩はこちらに気づくと、ピースサインをして勝ち誇った。知らないうちに勝負になっていたらしい。


「ちなみに何分前から?」


「1時間くらい? 9時過ぎにはいたかなぁ」


「馬鹿なんですか?」


 1時間ここでただ立ってるなら、そりゃ耳あても欲しくなる。

 こんな寒い中待ってなくても、連絡くれれば早く来たものを。


「いやぁ、蒼くん、遅かったね」


「待ち合わせ時間10分前なんですけど、まぁ、お待たせしました」


「さて、どこ行くの? の前に、なに持ってるの?」


 僕は大きなビニール袋を手に持っている。あからさまだ。


「クリスマスプレゼントです。ただ、邪魔なんでコインロッカーにでも入れていきましょう」


「なになに? シャボン玉? 人が入れるサイズのシャボン玉?」


 期待の眼差しを向けられても、そんな意味不明なものは持ってない。


「どうぞ。僕と妹からです」


 もったいぶるつもりもないのでさっさと渡す。手が楽になった。先輩は受け取るや否や中身を確認した。


「え? ……えっ!? うま!! 蒼くん取ったの!?」


「取ったのは僕というか妹というか微妙ですけど」


「取れるならその場で取ってくれればいいのに! 昨日は取れないって言ってたのに!」


 怒ってる風ではないのだが、意味がわからないという感じで、語気が荒い。


「いや、実際、取れると思ってませんでしたし、妹が協力してくれる確証もなかったので」


「妹ちゃん?」


「あいつ、クレーンゲーム得意なんですよ。で、写真送って、最終的にはビデオ通話までして取ったんで、それは僕と妹の2人からのプレゼントっていうか、まぁ、8割くらい妹からのプレゼントって感じです」


 ビデオ通話なんてしたの人生で初めてだった。それでもかなり苦戦して、結局1500円も使う羽目になった。


「そこまでしてこれ取ったの?」


 おっと、これは引かれてるやつか? まぁ、昨日欲しがってたぬいぐるみをプレゼントって、狙いすぎで普通にキモいか。


「昨日の最後の雰囲気が微妙だったというか、後味が悪かったんで、なんかマシにできないかなと……」


 2500円使って何も手に入らなかったってのは、いくらなんでもって思ってしまったのだ。


「あ、あれだね、蒼くんがどうこうの前に、それに協力してくれた妹ちゃん、すっごくいい子だね」


 なんか目を逸らしながら言われた。そこまであからさまに引かれると些か傷つく。


「まぁ、あいつはいい子、うーん、いい子ってのもなんかしっくりこないところはありますけど、人がいいってのは、たしかにそうですね」


 妹を悪人だと思ったことはないし、善人と言っていいとは思うが、いい子かと言われると疑問符が浮かぶ。いや、外面は間違いなくいい子だが。


「ちなみに、一緒に入ってる『レムニスケート周率100万桁』って」


 渡したビニール袋を漁り、先輩はそれを取り出した。


「それは完全に僕からです」


 先輩は小さく「うん。知ってる」と呟いた。


「わたしの素数表に対抗して?」


「いえ、それは先に用意してました。素数表とちょっと迷ったんで、そっちにしてよかったです」


「じゃあ、このネコは?」


「それはほぼ完全に妹からですね」


 選んだの妹だし。金を出したのだけは僕。今月、というよりこの数日で金を使いすぎだ。


「うん。妹ちゃんの勝ち」


「知ってます」


 僕だって『レムニスケート周率100万桁』で喜ばれるとは思ってない。


「これはあれだね。わたしは蒼くんじゃなくて、妹ちゃんにプレゼントを用意しないとダメなやつだね。

 というわけで、とりあえず蒼くんにはこれをあげよう」


 先輩も何かを用意していたようで、バッグから何かを取り出してこちらに差し出した。

 紙の束。レポートの提出みたいな。プレゼントって感じではない。


「なんですか、これ?」


 受け取りつつ尋ねると、先輩は胸を張って答えた。


「真白菜子セレクション! 真白菜子のおすすめ小説10選の、真白菜子によるレビュー。ネタバレあり!」


 ……。


 なんでネタバレありなんだよ!


 ちょっと見ると、紙はびっしりと字で埋め尽くされている。全部で10枚。1作品につきA4用紙1枚か。頑張ってる。


 小説のレビューってのはいい。先輩がどんな感想を持つのかとか、正直気になる。

 でも、ネタバレありじゃ、このレビューの前に小説の方を読まないといけない。

 ……あれか、そこまで考えて、こうすれば好きな小説を布教できるってそういう算段か。


「だいぶ手間と時間がかかってそうですね。ありがとうございます」


 とりあえずお礼は言おう。いらないものじゃない。先輩のおすすめ小説なら読む気になるし。


「書くの楽しかったから、今度第2弾あげるよ」


 もう、先輩の方が贈りたいだけ。クリスマスとか関係ない。


「で、蒼くん、妹ちゃんはそれあげたら喜ぶかな?」


 妹だって本を読むことは読む。だが、ネタバレ付きのレビューを喜ぶかといえば、たぶん喜ばない。


「妹はホットアイマスクが欲しいらしいですよ」


 言外に喜ばないと言ったのは先輩にも伝わったようで、「なるほどー」と頷いた。ここに来てこの情報が役に立つとは。


「んじゃ、空いた時間でそれ買いに行こう。で、今日はどこ行くの?」


 さて。


「決めてません」


「……」


 先輩、ドン引きであった。

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