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道徳の解答の作り方 ー文芸部による攻略ー  作者: 天明透
第1章 1学期中間試験編
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2話 中間テストではトップ取れるよね?

 13時投稿にしていこうと思います。

 文芸部の活動日は月水金だ。ただ、このうち、水曜日はトランプ大会となるのが暗黙の了解となりつつあり、今日はそんな水曜日。僕はいつものようにバッグを背負いパソコン室に向かった。


 ドアを開けると上履きは3足。青赤緑と1足ずつ。これがいつもの光景となりつつある。担任にはもう少しHRを短く済ませてほしいものだ。


「こんにちは」


「うっす」

「こんにちは」


「ねぇ、蒼くん、蒼くん」


 部屋に入ると部長が駆け寄ってきた。部長が嬉々としているときは大抵ろくなことがない。トランプ中なら革命とかしてくるやつだ。


「蒼くんって新入生テスト学年2位だったよね?」


 僕はその返答につまった。新入生試験の結果が渡されたのは一昨日で、部長はもちろんのこと、家族以外には試験結果の話はしていない。なぜそれを部長が知っているのか。この人ならなんでもありな気はするけれど。


「……さぁ?」


 少し間をおいてしまったが、僕はそう返した。肯定をするわけもないし、無理に否定をすることでもない。が、否定しない時点で肯定しているようなものか。


「一昨日返されたでしょ?蒼くんが2位で紅ちゃんが4位だったって、タナ先が言ってたよ」


 タナ先とは文芸部顧問であるところの田中先生のことだが、教師が生徒の成績の話を漏らしていいものだろうか。いや、よくないだろ。

 田中先生の情報漏洩はさておき、ソースが明確にあるのなら、誤魔化(ごまか)しても仕方がない。


「だったらなんですか?」


「中間テストではトップ取れるよね?」


 部長はニンマリと笑ってそう訊いてきた。その表情はなんか怖い。ホラー映画に出てくる座敷わらしみたいだ。いや、座敷わらしにあまり怖い印象はないか。


「中間試験ですか?」


「あれ、知らない?ちょうど2週間後から中間テストなんだよっ」


 試験の存在くらいは知ってる。


「まぁ、試験はあるんでしょうけど」


 僕が気の抜けた返事をしていると、部長は今度は自分の荷物のある方へ駆けていく。バタバタと動き回る様が小動物を連想させる。もしくは小学生低学年。


「一高ではね、各科目、定期テストで学年トップを取るとこんなものがもらえるのだよ」


 部長は何かを筆箱から取り出すと、こちらに投げてきた。

 キャッチし損ねたそれは、僕の肩に当たって床に落ちた。拾い上げると、それは消しゴムだった。その消しゴムには、数Bととても丁寧に彫られている。


「誰が作っているんですか、これ?」


 これを見れば、学年トップを取るその科目名の彫られた消しゴムがもらえることはわかる。

 しかし、主要科目しかない中間試験であっても、1,2,3年合わせれば科目数は膨大なはずだ。いったい誰がそんな手間のかかることをしていると言うのか。


「サノ先だよ。でね、わたしたち文芸部で今回の中間テスト、その消しゴムを集めることにしました!」


 わからない点が2点。

 まず、サノ先が誰なのかわからない。少なくとも僕は習っていない。まぁ、美術系の先生なのだとしたら、音楽選択の僕が習っているわけもないが。

 次に、消しゴムを集める意味がわからない。なぜ、既にそれが確定事項のように言われているのだろう。


「なぜですか?」


「よし、じゃあ全員が揃ったことだし、それを発表しましょう!」


 そう言うと部長はホワイトボードの前に立った。

 どうやら紅林さんと大白先輩もまだ知らないようで、部長の方に注目している。


「わたくし、真白菜子は、水面下での交渉を重ねに重ね」


 ここで、それはいいから早く本題をなどと言うと、部長はムキになって前口上を続ける。それは紅林さんと大白先輩も承知しているので、部長は何も言われずに気持ちよく前口上を話すことができる。


幾多(いくた)の苦悩を乗り越えて、ついに約束を取り付けました!」


 そこで部長はもったいぶるように溜めを作る。数秒の間をおいてから部長はゆっくりと口を開いた。


「わたしたち文芸部が獲得した消しゴムの数ぶん、図書室の蔵書を選んで買ってもらえる権利を司書さんに約束してもらえました!」


 そう言うと部長は渾身のドヤ顔を決めた。パソコン室に数秒の沈黙が訪れた。


「つまり?」


 沈黙を破ったのは大白先輩だった。


「だからぁ、消しゴムを10個取れば、10冊好きな本を図書室に入れられるってこと」


 部長は人差し指をピンと立ててそう言った。図書室に好きな本を入れられると言うのは確かに魅力的ではある。なにせ、文庫化されていない本は、高校生が買うには少しばかし高い。そして、図書室に入った本を文芸部は好きに読める。


「好きな本って、例えば5000円くらいする専門書とかでもいいんですか?」


 そう質問してみた。稀覯本(きこうぼん)なら5000円どころか万は超えるだろう。それが欲しいというわけにはいくまい。


「絶版してるのはダメだって言ってたけど、値段については何も言ってなかったよ。あと、図書室に相応しくない本はダメだって」


 部長はぴょんぴょんと飛び跳ねながらそう即答した。今日はいつにも増して元気だな。


「消しゴムって最大何個取れるものなんですか?」


 そう訊いたのは紅林さんだ。

 さて、1年生の主要科目は国総、数I、数A、生物基礎、物理基礎、世界史、英語Iの7科目か。


「えっと、わっかんない。わたしが受ける科目は、えーっと、リーディング、ライティング、数III、数C、発展数学、物理、発展物理、化学、発展化学、道徳で10科目?」


 指を折りながら科目を数えた部長はそう言いながら首を傾げた。

 文芸部ながら部長は理系だ。3年になると英数理だけかと思って聞いていたのだが、1科目変なやつがいる。


「中間試験って道徳あるんですか?」


「あるよー。道徳はいっつもある。やだよねー」


 道徳の試験なんて個人的には無駄だと思うのだが、まぁ、それで成績がつく以上仕方がない。


「部長は10科目で、1年生は道徳もあるならたぶん8科目です」


「大くんは?」


「たぶん10科目っす」


「同立1位だと2人とも消しゴムもらえるから、最大は36個だね」


 当然36個なんて取れるわけはない。そもそも、1科目でも1学年290人中1位を取るのはなかなか難儀(なんぎ)だろう。


「36個全部取ろー!!」


 部長は元気よく右腕を振り上げたが、それには誰も追従(ついじゅう)しなかった。まぁ、当然だろう。


「それは無理っすよ」

「無理だと思います」

「私には難しいです」


 高過ぎる目標を立てられても困るのだ。


「えぇー、じゃあ、20個!20個目指して頑張ろー!!」


 部長は再び右腕を振り上げた。

 20個ということは1人あたり5個。それでも無理だろう。8科目中5科目で学年トップなど。またしても、誰も追従しなかったのは頷ける。


「むぅー。いいじゃん。目標は高く持とうよっ」


 部長は頬を膨らませてそう言うが、高過ぎる目標はやる気を失わせる。

 だがまぁ、目標などどうでもいいか。1科目1位を取れば1冊本がタダで買える。目標などさておいて、できるだけ多くの科目で1位を取ればいいのだ。


「部長が10個で、僕たちが3個ずつ、19個ですかね」


 とりあえず、部長が納得できるくらいの数字を言っておけば、それでいい。達成できるかは問題ではない。


「じゃあ、もうそれでいいよっ!目標19個!おぉー!!」


 やけにテンションの高い部長に、僕たち3人は棒読みでおぉーと追従した。



 先程からLINEの通知が鳴り止まない。部長は本気で大量の消しゴムを獲得したいようで、1学期中間試験の過去問をLINEに投下し続けている。そのために作られた文芸部のグループLINEは、既に貼られた写真の枚数が3桁近くまでになった。


 試しに数Iの過去問を見てみたが、現時点でもだいたい解けそうだ。だが、2問全くわからない問題がある。

 つまるところ、この2問が解けるかどうかの勝負なのだろう。


『真っ白最高:だいたいの科目は基礎問題50点、応用問題40点、満点阻止10点って感じだよ』


 部長のLINE名は『真っ白最高』。名前をもじっているのだろう。他は全員、基本的には本名だ。大白先輩は、大代と漢字をいじってはいたけれど。


『真っ白最高:90点以上取れる人が学年に2,3人ってことが多くて、満点阻止問題が解けるかどうかが1位になれるかどうかの境目かな』


『真っ白最高:次に各先生の出題傾向分析なんだけど、かなり特徴のある先生が4人いて』


 その先、どのような問題が出題されるか事細かに記載されている。部長が本気であることがひしひしと伝わってくる。それと、部長が勉強ができることもひしひしと伝わってくる。

 これだけお膳立てされると、頑張らなくてはいけない気になる。

 過去問に加えて傾向分析まであるんだ。これでできなきゃ言い訳のしようもない。


 そんな部長からの圧力に屈する形で、僕は試験勉強を始めた。元々勉強は嫌いじゃない。楽しんでやろう。



 中間試験まで残り1週間。

 現状、文芸部は学習部と化している。勉強する上で、このパソコン室はかなり快適だ。設備はもちろんのこと、他の3人の存在が大きい。


 部長は本当に勉強が得意で、質問をすると大抵は答えてくれる。なんとなく部長に質問をするのは(しゃく)なのだが、わからないときには利用する。答える時のドヤ顔も我慢する。なんでこの人が勉強が得意なのか、かなり謎である。


 大白先輩は様々な情報を提供してくれる。試験対策をけっこうきっちりやるタイプらしく、自分の受けた問題は保存してあるし、過去問も部長以上に持っていた。


 紅林さんは好敵手(こうてきしゅ)だ。かなり記憶力がいいようで、英語や世界史ではその記憶力を遺憾(いかん)なく発揮している。なんとなく消しゴムの個数で負けた方が何か(おご)るみたいな話になっているので、負けられない。


 そんな3人に囲まれて勉強をさせてもらっているおかげで、ほとんど科目の勉強はかなり順調だ。だが、順調でない科目もある。


「道徳……」


 つい声に出してしまうほど、僕は道徳に躓いていた。

 過去問を見る限り、道徳の出題形式は決まっている。80点分の選択問題と20点分の論述。選択問題の方は間違いようがない常識問題だ。誰でも80点は取れるようになっているのだろう。

 問題は論述だ。採点基準がわからないので対策ができない。採点のサンプルは部長と大白先輩の提供してくれた数問。ここから採点基準を分析する必要がある。


『思いやりの大切さについて記せ。ただし、手品師の行動を例として用いること』


 これが去年の問題だ。かなりざっくりしている。


「蒼井くんならその問題にどう答えますか?」


 左から僕のスマホを覗き込んだ紅林さんにそう尋ねられた。


「どうでしょう。難しいですね」


「手品師の行動って客観的に見て正しいですか?」


 客観的に、か。主観的に見れば、正しくないと言えるのだけど。


「わかりません。でも、授業で手品師の決断が正しいと言われた以上、試験ではそう答える必要がありますよね」


『手品師』を要約するなら、


 大舞台を夢見る貧しい手品師がいた。

 ある日、手品師は子供に手品を披露して明日も見せると約束した。

 その日、友人から手品師へ、明日大舞台で手品ができるから今から来いと連絡が来た。

 手品師はその誘いを断り、翌日も子供に手品を見せた。


 といったところか。


 道徳で利己主義が否定されるのはわかる。利己主義的な考え方は道徳的でないというスタンスが、道徳の授業ではなされるのは理解している。しかし。


「手品師が誘いを断ると友人の立場がないと思うんですよね。友人は舞台に穴を開けられないのに、手品師に断られると困りますよね?」


 僕はそう主張した。僕ならよく知らない子供よりも友人を優先する。

 僕のその考えに、紅林さんは「そうですね」と応じた。


「手品師の決断が正しいという結論ありきなら、重視されるのは約束の有無とは考えられませんか? 子供には、はっきり明日も見せると約束していますから、そこに友人との明確な差があります。たとえ友人を困らせる結果になっても、約束は破ってはいけないということかもしれません」


 なるほど。『手品師』のテーマは利己主義の否定かと思ったが、約束の重要性だったか。

 しかし、道徳の指導要領には友情の大切さという項目があった気がする。それなのに、友情を犠牲にしてでも約束は守れというのも、どうなのだろう。加えて、この問題のテーマは思いやりだ。


「考えても何が正解か明確じゃないですし、採点基準を分析した方が早いかもしれません」


 結局、道徳の試験で点を取ることが必要なのであって、何が道徳的なのかを考えることが必要なのではない。考えるべきは点を取る方法。道徳なんていう曖昧で意味不明なものを考える必要はない。


「そうですね」


 普通に頷いた紅林さんは、僕と同意見のようだ。


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