33話 クリスマスレクチャー
「ようこそ、『ロウソクの科学—クリスマスレクチャー—』へ」
場所は区営の体育館。机と椅子が6つの島に並べられ、その机の上には実験器具がある。実験を見るだけでなく、自分たちでもやるらしい。
照明は控えめで薄暗い。雰囲気作りだろうけど、小学生が実験をするには少し危ない気もする。
数分前、先輩が『まだー?』のスタンプを送りまくると、大白先輩は呆れ気味に戻ってきた。
4人揃ったので少し早めに出発して、会場より2分ほど前に到着したが、ありがたいことに待つことなく受付をしてもらえた。
「1つの机に10人くらいかな? 定員60人?」
ステージに向かって前方、1番左の机に案内され、僕たちは腰をかけた。パイプ椅子に、会議室にあるような机を並べて作った大机。
「60人も来ないって予想なんでしょう。クリスマスの夜に理科教室に行こうって子どもは、あんまりいないと思いますし」
まだ、僕たち以外の参加者の姿はない。
「たぶん、この辺の小学校にはチラシ配ってるんだろうね」
「ほとんどのやつが捨てるか、紙飛行機にするやつっすね」
「何人来るかな?」
「10人ちょっとくらいですかね」
「20人は行かないんじゃないっすか?」
「15人くらいでしょうか」
3人の予想は似たり寄ったりだった。6個ある島のうち、2つ目までしか使われないと。
それから僕たちはしばらく雑談に興じた。時間にして30分ほど。つまり、開始時刻直前まで。
「わたしたち入れても10人いないよ?」
僕たちが話している間にやってきたのは、小学生っぽい子どもの3人組、僕たちよりも年上であろう青年が1人、以上。
僕たち4人を含めて参加者8人。いくらなんでも少なくないだろうか……。
配置は僕たち4人、小学生3人、青年がそれぞれ別の机に陣取っている。青年に関しては1人で椅子10個と大机1つを占有している。
「では、開始時刻になりましたので、『ロウソクの科学—クリスマスレクチャー—』を開始したいと思います」
司会らしき人がステージ脇にマイクを持って立ち、ステージの上には白衣を着た人が5人立っている。
この人数なのでマイクなんてなくても聞こえそうなものだ。
「今日はね、クリスマスの夜に来てくれてありがとう」
いや、それ言っちゃうのか。この司会の人、「このイベントは失敗するだろうなぁ」とか思いながら、この仕事を引き受けたのかもしれない。
「今日は『燃焼』、ものが燃えるってどういうことかなっていうのをテーマに、2時間、実験していきます。
まず、みんなと一緒に実験をしてくれるメンバーを紹介します」
参加者がこんな状況でもおそらく台本通りにことは進んでいった。
運営の仕方は区が主催しているということもあって丁寧で、壇上の5人の他に各机に大学生のサポートが用意されているほど。結果、人手が余りまくっている。
「じゃあ、これを二酸化炭素のビンに入れると」
「そのまま燃える」
「燃えますね」
「マグネシウムっすから」
「まぁ、はい」
「うん。高校生だもんね。知ってるよね」
なんか、この机の担当になった人が可哀想だ……。小学生たちはワイワイ実験してるし、青年の方はスタッフと知り合いらしくずっと話し込んでる。
「でも、金属同士のイオン化傾向ならLi、K、Caって覚えてるけど、炭素がどこに入るかって知らないかも。炭素イオンなんて聞かないし。二酸化炭素って共有結合だし。
おにーさーん、二酸化炭素を還元できる金属って、どれから?」
「えっと……」
黙ってしまう大学生。本当に可哀想だ……。しかし、先輩は気にせずまくし立てる。
「酸化鉄は炭素で還元できるから、鉄より強くて、今の実験で見たようにマグネシウムよりは弱いんだよね。だと、アルミニウムとか、亜鉛はどうなるの?」
「えっと……ごめん、わからない」
「ふーん」
隣の机で小学生が「わー、燃えたー!」とか言ってるのに対して、こっちの雰囲気はお通夜みたいだ。
「ごめんね。それで、マグネシウムなんだけど、周期表でマグネシウムを探してみると」
「3周期2族」
「あ、うん」
大学生の方が狼狽えている。これ、客という立場を利用したパワハラに近い……。
「えっと、それで、2族の元素のことをアルカリ土類金属って言って」
「言わないよ」
あーあ、これはもうダメだ。
「菜子先輩、もう少し優しくしてあげないっすか?」
「いやいや、アルカリ土類金属の定義を間違えるのは、中学生以下だよ?」
「いや、だから言い方」
「えっと……」
大学生は完全に気圧されている。
「あの、アルカリ土類金属って、ベリリウムとマグネシウムを除く、2族の元素ですよね。マグネシウムの話をしてる時にアルカリ土類金属って言い出すのは、ちょっとマズいといいますか……」
紅林さんがフォローという形で追い討ちをかける。
「あっ、ごめん。化学、専門じゃなくて。ごめん。別の人に代わってもらうから」
大学生は逃げるように他のスタッフのところに去っていった。
「あの人も、小学生に教えるつもりで来たら待っていたのは高校生って、かなりの災難ですよね」
いくらなんでも可哀想なのでフォローする。
「でも、アルカリ土類金属を間違えるのはありえない」
「まぁ、それは、はい」
そこはたしかにフォローのしようがない。
「真っ白、うちの後輩いじめたでしょ」
突如、先輩の頭をくしゃくしゃと撫でてその人は現れた。
「むがっ! サラサラ!?」
逃げた大学生の代わりに来たのは、白衣を着た見知った人だった。