31話 無計画にパーティするって難しい
「手が悴んで箸がうまく使えないんだけどっ!」
寒空の昼食会は、僕、紅林さん、大白先輩がパンを齧る中、先輩だけが弁当と格闘するという、言い出しっぺが1番苦戦するというものになった。
3人はすぐに食べ終わり、先輩が動かない手を必死に使って食事をする光景を見守る時間をしばらく過ごした。
結局、先輩は手袋をしたままで箸を持つに至り、何度か滑らせながらも完食をした際には、「お疲れ様でした」「ありがとう」というやり取りが自然と生まれた。ただ昼食を食べただけとは思えない……。
寒かったが、なんだかんだでちょっと面白かった。
「いい加減寒いから、パソコン室戻ろっか」
四苦八苦して弁当を食べ終えた先輩は、にこやかな顔でそう言った。
「そうしましょう」
即座に同意する。本当に寒いし。
僕たちは校舎裏を後にした。シャボン玉液はまだ少しだけ残っていた。
*
「さて、クリスマス会後半戦だね!」
校舎裏に行くにあたって外していたサンタ帽を被りなおして、先輩はここからが本番だとでも言いたげ勢いでそう宣った。
「菜子先輩、あと少しで三者面談っすよ」
「……さて、クリスマス会後半戦だね!」
「あっ、はい」
「何かしたい! 何する?」
張り切って後半戦とか言い出した割には無計画らしい。僕たち3人も返答に窮する。
「なんか、こう、いつもとはちょっと違う特別な何かってない? トランプとかじゃなくて、シャボン玉みたいなの」
シャボン玉は結構お気に召していたらしい。よかった。
そして沈黙。誰も案を持ち合わせてはいなかった。
「あれだね、無計画にパーティするって難しいね」
「俺たちインキャっすから」
「なんだよぉ。クリスマスには家でパズルを解くのが恒例だったわたしがそんなに滑稽かぁ? 昨日も1人寂しく過ごしたわたしをバカにしてるのかぁ?」
「えっ、そうなんすか? あれ」
大白先輩は僕の方に視線を向けた気がした。が、具体的に何かを尋ねることはしなかった。
「俺は男友達と集まって、かなり盛り上がりました」
そこ、煽るのか。先輩はキッと鋭い視線で大白先輩を睨んだ。そして、今度は視線を紅林さんの方へと移す。
「紅ちゃんは?」
紅林さんもイブには予定があるということだったはずだ。
「好きな作家さんの講演会といか座談会というか、そういうものがあったので行ってきました。すみません、そちらを優先してしまって……」
「謝ることなんてないよ。3人の中で1番いい理由だし。ちなみに、それ、誰?」
「内緒です」
「えぇー」
「内緒です」
小説の好みに関して、文芸部はかなり踏み込んで話すことも多いのに、そこは秘密なのか。
「そっか。で、蒼くんは妹ちゃんとデートだもんね」
「妹と出かけましたが、デートではないです。ただの受験生の気分転換ですよ」
「ケーキ食べに行ったんでしょ? そのあとは?」
「まぁ、ちょっと買い物を。シャボン玉とか」
「完全にデートじゃん」
「違います」
「蒼くんは妹ちゃんが大好きなんだもんねー」
「本当に違うんで。いえ、家族として気にかけていることは否定しませんけど」
どうにも、どう言って否定するのが正解なのかわからない。
「真白先輩、蒼井くんは過保護なんですよ。妹さんのことが心配で仕方がないんです」
紅林さんの発言は助け船か追いうちか。
「蒼くん、お兄ちゃんなんだね」
なんか温かい目でこっちを見る先輩。切実にやめてほしい。
「いや、家に受験生がいたら気を使いますって、普通。僕じゃなくても」
この中で弟妹がいるの僕だけなんだよな……。アウェーだ。
「来年は妹ちゃんが後輩になるんだね」
「その時、先輩はいませんけど」
「残念だよね。わたしがあと1歳か2歳若ければなぁ」
「まぁ、妹が一浜に入っても文芸部と関わることはないと思いますよ」
学校では互いに他人のふりをするだろうし。
「そんなこと言って、5月ごろには妹ちゃんもここにいるとわたしは予想……ううん、予言する!」
「ないですよ」
仮にあり得るとしたら、それは妹が高校での人間関係に失敗した場合だろうし、その予言には外れてもらわないと困る。
「もうすぐ1月だもんね。すぐに卒業だ。妹ちゃんも、わたしも。
ってことで、高校最後のクリスマスなんだから、なんか思い出ほしい!」
「僕はシャボン玉で貢献したので、ほかのお二人からどうぞ」
アイデアなんてないので逃げる。
「真白先輩の三者面談が終わるのを待って、それから4人でどこか行きますか?」
「どこかって?」
「えっと……調べてみます」
スマホで何かしらを調べ始める紅林さん。一体、どういうワードで検索しているのだろう。
「じゃあ、三者面談行ってくるから、戻ってくるまでに決めておいてー。よろしくー」
先輩は丸投げしてパソコン室を去った。残された僕たちは無言でなんとなくお互いの顔を見る。
「どうする?」
「どうします?」
「どうしましょう?」
……。