29話 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と
「寒いっ!」
「真冬ですから」
「冬ですからね」
校舎裏にいる生徒3人。口にはものを咥えているとなれば、タバコではなんて感じだが、その答えはシャボン玉。教師がこの光景を見たら、さぞ混乱することだろう。
先輩がせっかくだからシャボン玉をやってみたいとか言い出したせいで、冬空の下、シャボン玉で遊ぶ高校生なんて光景になってしまった。
「だって、これ持って帰って1人でやっても虚しいだけじゃん」と言われれば、まぁ至極その通りで反論の余地はなかった。
手には使い捨てカイロとシャボン玉。これも結構奇っ怪な組み合わせ。
カイロは紅林さんから僕へのクリスマスプレゼントだ。先輩へのポシェットと比べると手抜き感があるが、ものすごく実用的なプレゼントなので非常にありがたい。相手が使う、邪魔にならない、周りから邪推されないという面でこれほど秀逸なプレゼントはないと思えるほどに。
「すぐ壊れるものを作って何が楽しいのって思ってたけど、案外楽しいね、これ」
寒がりながらもノリノリでシャボン玉を吹く先輩。シャボン玉に囲まれる先輩はかなり絵になった。写真を撮ることでカメラのCMになりそうなくらいに。
残念ながらカメラは持ってないので、スマホでその光景を撮る。食べ物の写真を撮る気持ちはさっぱりわからないが、こういうのをつい記録に残したくなるのは理解できる。
横を見ると紅林さんもスマホを構えていた。はしゃぐ先輩の撮影会になっている。
「シャボン玉飛んだ、屋根まで、は飛ばないねー」
「学校の屋根ってどこですか? 屋上なら、さすがに無理ですよ」
「本当に無理? 屋上までシャボン玉飛ばす方法、絶対ない?」
「屋上でシャボン玉を作れば可能ですね」
「ちっ、バレた」
ないって言ったら煽るつもりだったな、これ。
「てか、なに2人してスマホ構えてるのさっ! 2人も飛ばそうよー。ふー」
シャボン玉をこちらに向かって吹き付けて笑う先輩。撮影している動画としてはだいぶ映える。なんか、青春映画のワンシーンみたいだ。
「やっぱり似合いますよ、シャボン玉」
同意を求める視線を紅林さんに向けるとすぐに頷いた。
「はい。とても似合ってます。いい意味ですよ。こう、綺麗です。ねっ?」
今度は紅林さんの方が同意を求めてきた。しかし、ここで「はい、綺麗です」なんて返すのは照れ臭く、僕は「まぁ、はい」なんてテキトーな返事をした。
「…………」
先輩は無言で少し後ずさった。照れている演出だろうか。
「えっと、ほら、紅ちゃんもすっごく綺麗だよ! ねっ、蒼くん」
なに、この綺麗だよねって投げるの、流行ってるのか? どう返せはいいのかよくわからないし、ちょっと気まずいからやめてほしいんだが……。
「まぁ、はい」
結局 同じ答えを返す。
綺麗という形容は先輩より紅林さんの方が似合うとは思う。先輩はやはり綺麗よりかわいいの方がしっくりくる。本人にそんなこといえるわけもないけど。
「蒼くんは別に綺麗じゃないかな」
「まぁ、そりゃあ、そうでしょう」
生まれてこのかた綺麗なんて言われたことはたぶんない。
「あっ、もちろん汚くもないよ! あれ、えっと、シャボン玉がそんなに似合わない?」
「まぁ、はい」
そりゃ、僕がシャボン玉ではしゃいでたらキャラ崩壊も甚だしいだろう。というより、たぶん、一般的な男子高校生はシャボン玉なんかではしゃがない。
「あー、でも、大くんよりは似合うと思う」
大白先輩がシャボン玉を吹くところを想像してみる。うん、似合わない。間違いない。
「一応 大白先輩の分もシャボン玉持ってきてますよ」
「どれだけ似合わないか、ちょっとやってみてほしいかも」
「生徒会の方ってまだ忙しいんでしょうか?」
もう放課からしばらく経つ。あの人の波も消化されている頃合いだろう。
「あ、大くんにアレが部屋からいなくなったら連絡してって頼んだから、それで残ってくれてるのかも」
なにがなんでも会長のいないタイミングで抽選結果を聞きに行きたいわけか。気持ちはわかる。
「大白先輩に連絡します?」
「そうだね。やっぱり文芸部は4人揃わないと」
先輩はすぐにスマホを取り出した。
『真っ白最高: 大くーん、クリスマスプレゼントがあるから、手が空いたら校舎裏においでー。あと、わたし達がなに当たったか教えて』
校舎裏への謎の呼び出し。大白先輩からすると「なんで校舎裏?」って感じだろう。
「既読3になった」
先輩がそう言ってから、返信はすぐには来なかった。待つこと2分ほど。
『大代: まず結果が、
菜子先輩→うまい棒
蒼井→チロルチョコ
紅林→ピンバッジ
3人ともハズレ。ちなみ俺はヘヤピンっていうマジでいらないものもらったんで、菜子先輩か紅林にあげます。
紺野兄はトイレ以外部屋から出てかないんで、留守狙いはムズそうです。
なんで校舎裏かわかんないけど、あと5分くらいで行きます』
「ハズレらしいし、取りに行かなくていいかな?」
先輩はあまり悔しそうではなかった。たぶん、クジの結果よりクジを引くことそのものを楽しんでいたのだろう。
「別にいいんじゃないですか」
「じゃ、いいや」
「そうですね」
僕と先輩が頷く中、紅林さんは微妙な顔をしていた。
それから、話題の切れ間の沈黙が降りた。
「寒いね」
先輩はこういう時の沈黙が嫌なタイプらしい。
「寒いですね」
「はい。寒いです」
「あったかいね」
「「俵万智」」
僕と紅林さんの声が被り、3人して笑った。こういうところが文芸部の心地よさなんだろうな。
少しして、大白先輩が荷物を持って校舎裏に来た。
「大くん、寒いね」
「寒いっすね」
「あったかいね」
「えっ? は?」
大白先輩は戸惑うも、僕たちの視線から何かを察したように「あーっと」と唸る。
「あれっすよね、あの、『「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ』ってやつ。誰でしたっけ? えっと、あの、あれだ! サラダ記念日の」
「「「俵万智」」」
「それだ!」
そして4人で笑う。やっぱりいいな、これ。