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28話 マシュマロとシャボン玉


 サンタクロースが来なくなったのはいつからだろう。そんな会話をしてるクラスメイトがいた。


 終業式の真っ最中、校長が中身があるようであまりない話をしている中、僕の後ろに立っている女子はまったく気にもせずに、横に並ぶ別クラスの相手と雑談に興じている。


 サンタクロースが来なくなったのはいつからか。僕の場合、初めから来なかった。


 クリスマスプレゼントがもらえなかったわけではない。幼い頃、小学校5年か6年まではプレゼントをもらっていた。


 ただ、贈り主はサンタクロースではなく明白に両親だったし、贈られるものは5千円札だった。サンタクロースなんて幻想は最初からなかった。


 世間一般でサンタクロースという幻想を保とうとする親はどれくらいの割合なのだろう。そんなどうでもいいことを考えていると、同じくどうでもいい校長の話が終わっていた。


 その後の通知表をもらうなんて一幕もあったが、それについて話すべきことのある生徒には三者面談の際に話すことにしているようで、1学期のように一人ひとりにコメントをなんてことはなかった。


 結果は順当にオール5。先輩は体育で5が取れないので、評定平均で先輩に負けることはない。


 僕だって筆記試験のない体育と音楽は結構不安だった。苦手ではないけど、好きじゃない科目だし。

 ただ、観点別評価では、どちらも『学びに向かう力、人間性等』の項目はSだった。正直、だいぶ甘いと思う。どちらに対しても、関心も意欲もないのに。

 まぁ、授業態度は至って優良なはずだし、提出物もすべて出してはいるが。でも、それって当たり前のことだろうし。


 担任は繁華街に近づかないようにとか、ちゃんと勉強しろとか、まぁ普通のことを言ってLHRが終わった。


 これで今から2週間ほどの冬休み。明日を除いて特に予定はない。基本家にいるか外に出るかは、家に受験生がいる手前悩みどころだ。

 辞書兼八つ当たり要員の僕がいた方がいいか、単純に1人の方が気楽になれるか。まぁ、本人に訊けばいいか。冬休みの過ごし方については、今年は受験生の意向に沿うことにしよう。


 放課になると同時に佐伯さんと紺野さんは急いで教室を出ていった。今日、クリスマスイベントの結果開示日。生徒会は多忙になるのだろう。

 紺野さん、役員じゃないのに役員みたく働いている。拒まなければ僕もそんな感じにさせられていたのだろうか。生徒会、やはりブラックだ。


 さて、僕は自称アットホームで和気藹々としたブラックな部活らしい文芸部に行くか。実情は間違いなくホワイトなそれに。


 パソコン室に向かう道中は人でごった返していた。いつもは昇降口への動線から外れれば人は少ないのだが、今日はそんなことはなく特別棟まで来ても人が多い。


 その目的地は生徒会室のようで、ナンバーの書かれた紙を手に握っている人ばかりだ。イベントは盛況のらしい。

 しかし、この人数は間違いなくキャパオーバーだろう。生徒会役員だけで処理できる量じゃない。まぁ、僕の知ったことではないが。


 僕は人混みから逃げるように、生徒会室への動線を避けてパソコン室に向かった。


「メリークリスマス!」


 パソコン室の戸を開くと、先輩がサンタ帽をかぶってはしゃいでいるというほのぼのとした光景があった。

 さっきまで身を投じていた人混みとは対照的で、なんとなく和む。


「ハロウィンのカボチャといい、かぶり物が好きなんですね」


「全身着替えるの面倒いもん。かぶるだけなら2秒」


「なるほど」


 パソコン室に大白先輩の姿はなく、先輩、紅林さん、僕の3人。ここ最近はよくある面子。


「大白先輩はまた生徒会の手伝いですか?」


「うん」


 先輩は不満げだが、今日はいつよりも手伝いが求められているだろうし、順当だ。


「それより、蒼くん、蒼くん、見て見て」


 先輩はそう言うと手に持ったものをこちらに向けて掲げた。それはいかにもかわいいという形容が似合うクマの形をしたポシェット。


「じゃーんっ! 紅ちゃんにもらったんだ!! いいでしょー」


 先輩がそのポシェットを肩にかけて、前にもらっていたぬいぐるみを抱いているところを想像する。……ものすごく似合う。まさに子ども。


「はい。紅林さんの素敵なプレゼントには目劣りしますが、僕からはこれで」


 明日用のプレゼントとは別に、文芸部全体用にも一応 物は用意した。


「マシュマロ?」


「はい。召し上がってください。あと、シャボン玉もあげます。紅林さんもどうぞ」


「……なに、その組み合わせ?」

「……」


 先輩も紅林さんも「謎」と言いたげに首を傾げた。まぁ、僕自身かなり謎な贈り物だと思う。


「妹のおすすめで」


「マシュマロとシャボン玉が? 妹ちゃんのセンス、ハイレベルだね」


「インスタ映えとかそういう感じのですか? 私は疎いのでわからないです」


 なんか妹が理解不能みたいな扱いされたけど、別にいいか。だいぶ端折った上に曲解をしただけで、嘘は言ってない。

 ……だいぶ端折った上に曲解をしたら、それはもう嘘な気もする。


「いえ、まぁ、冗談っぽかったんですけど、もうそれでいいかなぁと」


「シャボン玉飛ばしてマシュマロ食べたらインスタ映えなの?」


 先輩はちょこんと首を傾ける。サンタ帽がヘナとそちらに曲がる。


「知りませんよ」


 インスタとかもちろんやってない。わからないので言い出しっぺの紅林さんの方へ視線を流す。


「私もわかんないです」


「今時の女子高生の感覚って謎だよねー」


「ですね」


 そう言って笑い合う今時の女子高生2人。


「でも、わたしマシュマロは好きだよ。しかも、これ中にチョコ入ってるやつだ! やった」


「妹はチョコが好きなので」


「……これ、わたし達じゃなくて妹ちゃんにあげた方がよかったんじゃないの?」


「マシュマロは妹にもあげました」


 普通に、チョコだと喜んでいた。妹からはペットボトル入りのココアをもらった。兄妹間のプレゼントならこんなものでちょうどいい。


「あー、わたし達は妹ちゃんのあまりかぁ。そっかぁ」


 これ見よがし不満そうな演出をする先輩。紅林さんはそれを見て苦笑している。


「シャボン玉は文芸部だけですよ。先輩にはすごく似合うと思います」


「蒼くん、それはどういう意味かな?」


「シャボン玉が似合うというただそれだけの意味ですよ。他意は一切ありません」


「それは子どもっぽいって言いたのかな? かな? かな? かな?」


「いえ、そんなことは全く」


 詰め寄る先輩。棒読みで応ずる僕。いつものコントにクスクスと笑う紅林さん。アットホームで和気藹々としている。


「わたし、シャボン玉ってたぶん人生で1回もしたことないし。似合わないし」


「似合うと思いますよ。ねぇ、紅林さん」


 ずっと観客側にいるのはズルいというものだ。紅林さんにも先輩劇場に参加してもらう。


「あっ、はい。似合うと思います」


「紅ちゃんまで!!」


「いえ、あの、シャボン玉って壊れやすいとか、儚いとかそういったイメージで、美人薄命とも言いますし、美人と似合うんですよ。はい!」


 言っていることは結構無理があるけど、「はい!」の勢いで押し切ろうとしている。


「なるほど。お前が綺麗なのは今だけだぞって暗示なわけだね。蒼くん、随分シニカルなプレゼントありがとう」


「えっ、あっ、えっ?」


 なんか僕が皮肉屋という結論で終わった。もう意味がわからない。


「じゃあ、わたしからはこれね」


 先輩はバッグから薄めの本を取り出した。


『素数表15万個』


 こういうところ、感性が似ててつい笑ってしまい、先輩から「何がおかしい」と詰め寄られた。


三者面談の直後に成績を渡すって変じゃないかと今更になって思ったのですが、目を瞑ることにしました。

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