27話 かわいい
「イメージは小学生女子に贈るって感じでいいんじゃないかな、たぶん」
プレゼントなんてものを買うのにどこに行くのが良いのかもよくわからず、とりあえず、食休みに使ったスーパーをうろつくことにした。
「いや、そう言われてもわからないけど……」
小学生女子の好みなんて知るはずがない。
「とにかくかわいいもの。ふわふわしてるものとか、ぽわぽわしてるものとか」
だから、その謎の擬音、いや、擬態? とにかく、それがなんだかわからない。
ふわふわって言われて最初に出てくるの、羽毛布団なんだが。間違ってるよな。さすがにその解釈が間違ってるのはわかる。
「ごめん。本気でわからない」
「小動物、シャボン玉、マシュマロ。そんな感じ。犬より子犬、現実より幻想、タピオカよりマシュマロ」
妹は「わかるでしょ?」とでも言いたげにこちらを見るが、やはりよくわからない。特に、タピオカよりマシュマロってただの食の好みでは?
「もう美月が選んでくれない?」
僕は考えることを放棄した。たぶん、かなりクズな提案だと思う。
「私に押し付けられても困るんだけど。兄さんの友達でしょ。大丈夫、兄さんが変なもの選んでたらちゃんと注意するから」
注意する前に盛大に馬鹿にしてきそうな気がする。
「具体的に僕が選びかねない変なものを2, 3個挙げてくれると助かる」
「まず本。クリスマスプレゼントに文庫本とかありえない」
ありえないのか。僕としては貰ったら結構嬉しいけど。まぁ、先輩に贈るとなれば、何が未読かわからないし、その選択肢は初めからなくしている。
「もちろん勉強関係のものもなし。クリスマスに参考書贈ってくるとか、嫌がらせだから」
僕だってそれくらいはわかっているつもりだ。勉強関係にするにしても、参考書なんてストレートなものより、雑学本みたいな面白みのあるものを選ぶ。
「あと、あからさまなキャラものとかもちょっと。さっき好きなキャラクター聞いたし、そのグッズでいっかとかは、微妙かなぁ。その人がそれをものすごく好きなら別だけど。それに、そういうのって子ども扱いしてる感出るし」
なるほど。あの先輩に贈るのだから、ネタに走らない限り、子ども扱いしてるという印象を与えないように心掛けないとか。
「これはダメってのはなんとなくわかったけど、何がいいのかはやっぱりわかんないな。小動物とシャボン玉とマシュマロがいいんだっけ?」
「いや、シャボン玉とかマシュマロとかは映えるって話っていうか、そういうイメージのものが好きなんじゃないかなってことで、プレゼントとしてシャボン玉を贈っても微妙だとは思うよ」
シャボン玉のイメージってなんだ? 脆い? 儚い? 泡沫? 無常観の象徴的な?
シャボン玉から方丈記を連想してる僕は、きっと何もわかってないのだろう。
わかってないことはわかった。無知の知だ。……馬鹿な考えを巡らせて現実から逃げても仕方がない。
「壊れやすくて柔らかくて小さい」
「は?」
「いや、構成する要素を取り出したらそんな感じかなと……」
妹から「なに言ってんだ、こいつ」という視線がビシビシと送られてくる。
「かわいいの根源は保護欲とかで、自身より弱く守らなくてはならないと感じるものがかわいいと思えるのだって、確か心理学系の本に……」
「はぁ」
これ見よがしの大きなため息。
「かわいいの第一人者は心理学者じゃなくて女子中高生だから」
「へ、へぇ」
いや、わからん。なら、女子中高生に論文を書いていただきたい。
「かわいいとかそういう形容詞的な概念って、時代や文化によって移り変わるものだと思うけど、かわいいには人間という生物の本能的な部分に関わる恒常的なかわいいも存在するよな。例えば、赤ちゃんをかわいいと感じるのは」
「兄さん、ストップ。それ、ダメ。かわいいは理屈じゃないから。今 兄さんがやろうとしてるのは、典型的なコミュ障とか陰キャ的なダメなやつだから。インテリ拗らせて、周りから変な人扱いされるやつだから」
わからないから理屈に頼りたいのに、理屈に頼るのがダメとなれば、どう考えればいいんだ?
「直感でこれかわいいと思ったものを、かわいいでしょー?って共感を求める感じで贈ればいいの。……いや、男子からそのノリで来たら若干キモいかも。気にいると思ったんだよねーくらいのノリがいいかなぁ」
わからん。全然わからん。
「てか、考え過ぎないでいいと思うよ。テキトーに贈っても、基本的に「わー、嬉しぃ」って返ってくるから。相手が普通の女の子なら。別に嬉しくなくても、嬉しいって言ってくれるから」
「女子、面倒くさいな。友達同士なら、いらないもの貰ったらいらないくらい言えないのか?」
目上の相手からの貰い物ならともかく。
「言えるわけないじゃん。くれた人は今の兄さんみたいにものすごく考えたかもしれないんだよ? 兄さんには人の心がないんじゃないの?」
「そこまで言うか」
僕にも人の心はあるので、心がないとまで言われれば多少なりともショックは受ける。……いや、受けてないかもしれない。僕に人の心はないのか。そうか。別にそれでもいいや。
「面倒くさいとか、今の兄さんの方が絶対 面倒くさいからね。直感で、その人の欲しがりそうなもの。はいっ!」
「えっと……」
「考えない!」
「やっぱり、ねこなんじゃないか?」
「じゃ、ねこグッズで決定。もうそこは変更なし。じゃないと決まんない」
「わかった」
それから妹にキャリーされる形で、拳大の、何かにつけるには間違いなく邪魔になるだろうという大きさの、ねこのぬいぐるみストラップという無難な形のプレゼントを買うに落ち着いた。
帰りの道中、少し書店に立ち寄った。僕ほどでないにしろ、妹も本を読まないわけではないので文句は言われなかった。
そこでなんとなく目をやった棚に平積みされていたのが、『円周率100万桁』。
なんか、プレゼントと言いつつほぼ妹に選んでもらったようなものだし、僕自身の選んだものもつけるか。そんな気分になった。
僕が手に取ったのは、『円周率100万桁』と同じ棚にあった『レムニスケート周率100万桁』。
きっと円周率以上に使い道がない。もはやただの乱数表だ。
『素数表15万個』と迷ったが、素数表はなんだかんだいって使える場面がありそうな気がしたのでこっちにした。
それをレジへと持っていくと、妹から「なに買ってるんだ、こいつ」という目で見られたが、まぁ、僕自身意味不明なものを買っている自覚はあるので甘んじて受け止めた。