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26話 メルヘン


 パティスリーはうちから30分ほど歩いた距離にあり、僕も妹もこの辺りに来ることは稀だ。

 そんな少し慣れない土地のスーパーの一角にあるベンチで、僕と妹は休んでいた。


「うー……」


「そんなになるまで食べるなよ……」


「だって、食べ放題だし」


 妹は苦しそうに腹に手を当てる。買い物に付き合うとか以前に、家までの30分の道のりも歩ける状態ではないらしい。


「こういう時って、休んでるのと無理して動くの、どっちが楽になるの? うぅ……」


 唸る妹。食べ過ぎてこんなにつらそうな人を見るのは初めてかもしれない。

 軽く動いた方が消化が促進されるのかもしれないが、そうするのが楽といえるかはわからない。


「知らない」


「役立たず」


「辛辣だな……」


 どう考えても八つ当たりだろ、これ。


「そもそも、最後の2つは兄さんが止めてくれればよかったのに」


「いや、僕は終始 そんなに食べるのかと訊き続けてたと思うんだけど」


「もっと、それ以上食べたら死ぬぞ、くらいに言ってよ! あー、うぅ……」


 なぜ僕が悪いことになっている? 言っていることめちゃくちゃなんだが……。


「まぁ、はい。ごめんごめん」


「だいたい、兄さんはなんでそんなに平気そうなの? もっと食べられたでしょ!」


「いや、苦しくなるほどは食べないって……」


「私のこと馬鹿にしてるの!?」


 面倒な絡み方してくるなよ……。


「馬鹿になんて。ただ、チョコレートに取り憑かれてるくらいには思ってる」


「……だって、チョコレートだよ?」


「そうだよなぁ。チョコレート、美味しいもんなぁ」


 なんなんだ、この会話。脈絡がない。なんというか、馬鹿っぽい。


「そう。美味しすぎるチョコレートが悪い」


「じゃあ、そういうことで」


 それから妹の体調が落ち着くまで、こんな脈絡のない馬鹿っぽい会話を続けた。

 気づいた頃には15時になっていた。


「うわ、もうこんな時間? ここに何時間いたわけ?」


「13時前には店を出てるから、少なくとも2時間。もう動けるか?」


「たぶん大丈夫?」


「いや、疑問形で返されても、僕はわからんから」


 自分の体調について首を傾げられても困る。


「大丈夫かな」


 妹はベンチから立ち上がり、その場で軽くぴょんぴょんと跳ねた。


「うん、大丈夫」


「そう。よかった」


「ちょっと時間遅くなっちゃったけど、この後は、兄さんが女の子に贈るプレゼント選びだよね」


「あー、あれだったら、別にこのまま帰って休んでもいいけど」


「ううん。兄さんが何を選ぶのか、俄然興味あるし」


「いや、何選んだらいいかわからないから美月に訊いてるんだけど」


「それは、だって、兄さんとその人との関係性に寄るでしょ。

 先輩後輩ってだけなら、無難に食べ物とか。

 友達っていえる関係なら、小物とか、実用品とか、相手の欲しがりそうなもの。

 それ以上なら、手作りの物レベルに気合入れてって感じ?」


 なるほど。これだけを聞いても、妹の方が僕よりもまともなプレゼントを贈れるのは間違いなさそうだ。


「その中なら2番目かな」


「で、相手の欲しいものが」


「ねこ」


「ペット禁止なのに」


「うん」


「ぬいぐるみでも買ったら?」


「それが無難な気はするよなぁ」


 ただ、紅林さんの二番煎じなんだよな、それ。


「ねこ以外にその人の好きなものないの? なんでもいいから」


 先輩の好きなものか。


「読書とか勉強? 知識欲が強い。あと、飴はいつも持ってるしよく舐めてる」


「……ほかには?」


 ほかに。


 …………。


 僕って、実は先輩の好みとか全然知らないのでは?


「たぶん、少女趣味っていうか、かわいいものは好きなんだと思う」


「メルヘン系?」


「いや、メルヘン系ってのがなんだかわかんないけど」


 メルヘンって、ドイツ語かなんかで少女だったか。そのくせに中性名詞だって聞いたことがある気がする。


「ゆめかわっていうか。えっと、ふわふわしてるとか、ぴゅわぴゅわしてるとか」


「いや、全然分からん」


 ふわふわはともかく、ぴゅわぴゅわってなんだよ。


「その人の好きなファッション誌とかわかる?」


「ファッション誌?」


 先輩ってその手のものも読むのか?

 先輩の体格でそれは参考になるのか? いや、失礼か。

 どうにしろ、先輩がそういうものを読んでいるのを見たことはない。


「知らないな。そういうのを読んでるところは見たことない」


「うーん。好きなサンリオキャラとかわかればいいんだけど」


 好きなサンリオキャラがわかればその人の好みがわかるのか? だとしたらすごいな、サンリオ。


「じゃあ、それ訊いてみるか」


「え、訊くの? 突然好きなサンリオキャラ訊かれたら戸惑うと思うよ?」


「先輩ならたぶん大丈夫だから」


 というわけで、僕はLINEを開いた。


『蒼井 陸斗: 先輩の好きなサンリオキャラって何ですか? 話の流れで妹に訊かれたもので』


 十数秒で既読がついた。先輩、大抵レスポンス早い。


『真っ白最高: ?』


『真っ白最高: あんまり知らないから、一覧ページ見て考えるね。その間に話の流れ解説プリーズ』


 わざわざ考えてくれるのか。なんか悪いな。


『蒼井 陸斗: 妹と文芸部メンバーの話になりまして、妹によると、好きなサンリオキャラを訊けばその人の好みがだいたいわかるらしいです』


『真っ白最高: そうなんだ。すごいね、サンリオ。パッと見た感じ、マシュマロみたいなふわふわにゃんこってのが好き。ネーミングが最高』


 そういえば、先輩は真っ直ぐなネーミングが好きだった。


「マシュマロみたいなふわふわにゃんこだって。どういうキャラか知らないけど」


 まぁ、名前だけで外見は想像できるけど。


「あぁ、OK。じゃ、買い物行こっか」


 妹は勝手に納得をしたようで、特に解説もなく歩き出した。


『蒼井 陸斗: ありがとうございます』


『真っ白最高: えっ、それだけ? 私の性格診断は?』


「結局、そのキャラ好きな人ってどんな人なの?」


「私、そのキャラあんまり知らないし、絶対じゃないけど、イメージとそれまでの話から察するに、超メルヘン系。かわいいが大好きなタイプ」


『蒼井 陸斗: メルヘン女子だそうです』


『真っ白最高: 少女女子って、それ、ただただ子どもっぽいって言ってない!? その診断、間違ってるよ!!』


『蒼井 陸斗: ありがとうございました』


『真っ白最高: 間違ってるからねっ!!』


 僕はLINEを閉じた。先輩は言動のみならず、趣味も若いと。覚えておこう。


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