24話 ケーキバイキング
「うわ、カップルしかいない……」
「カップル限定なんだから当たり前だろ」
家を出た時はケーキ、ケーキと意気揚々としていた妹だったが、店内に入るやげんなりとした表情で当たり前のことを言った。並ぶケーキに目を向けてすぐに上機嫌に戻ったけど。
僕の方は、パティスリーなんて言われていたのでなんとなく敷居が高く感じていたのだが、実際に入ってみると普通のケーキ屋で少しホッとしていた。
聞こえてくる注文の声もモンブランやらチョコレートケーキやらで普通だ。謎の呪文を唱えていない分、スタバよりもハードルは低い。
客の数は10組ちょっととといった感じっぽい。これが多いのは少ないのかはいまいちよくわからないが、テーブルには十分余裕がある様子だ。
「兄さ、えっと、陸斗は何食べるの?」
来店してすぐにバイキング料金1080円を払い、席を確保してから注文の列に並んだ。1度に頼めるケーキは2つまでらしい。
妹は一応カップル限定と銘打たれていることを気にしたのだろうけど、ここまできて兄妹だとバレても強制退去させられることはないと思う。
「ゼリー」
「……えっ?」
「普通のケーキを元取るまで食べるのは無理だし、僕はゼリーで元を取る」
ケーキバイキングという割には、ゼリーやプリンもメニューに入っている。元の値段はケーキより安いにしても、こちらの方が数は食べられそうだ。
「ケーキバイキングに来てゼリーばっかりってないでしょ……。とりあえずモンブラン頼んで。で、1口ちょうだい」
「いや、食べ放題なんだから自分で頼めよ」
「モンブランは1口か2口くらいでいいの」
「ああそう。わかった。じゃ、なんか1口もらうから」
「食べ放題なんだから、自分で頼んだら?」
妹はにししという感じに笑った。まぁ、楽しそうで何より。
「なら、僕が食べ切れなかった分全部もらってくれ」
「残せば? 2皿完食で次が頼めるってだけで、次を頼まないなら残しても一応大丈夫だよ。マナー悪いっていうか、もったいないけど」
周りは全員カップルとあって、人前でこんな妹とこんなやり取りをしていても、ここでは何も注目されない。ここ、意外にいやすいかもしれない。
「じゃ、モンブランよろしくね」
話している間に列は消化され、妹はそう残して注文に向かった。次は僕。
……確か、元々は先輩とチョコレートケーキ食べに行く予定だったんだよな。チョコレートケーキ、頼むか。いや、2皿完食しないと次を注文できないんだから、元を取るつもりなら最初は軽めの方がいいか。
結局、モンブランと白桃のゼリーを注文して妹の待つ席へと向かった。周りにはケーキの写真を撮る人が多数。食べ物の写真を撮って何が楽しいのか、僕にはよくわからない。
妹と向かい合って席に座る。妹はすでにタルトを食べ始めていた。もう1皿はチョコレートケーキ。初めから飛ばすな……。
「美月は写真撮ったりしないのか?」
尋ねつつ、僕は写真など撮るはずもなくゼリーを食べ始めた。うん。美味しい。
「今日ここに来たこと、みんなには話してないから」
タルトをボロボロとこぼしながらも、信じられないスピードでどんどんそれを口に運ぶいく妹。大食いのイメージなんてまったくなかったのだが、甘いものは別腹?
「カップル限定なわけだし、変に勘ぐられると」
「まぁ、ね。兄さんと行ったとか、もう卒業までブラコン扱い間違いなしだし」
「僕は美月のせいでだいぶシスコン扱いされてるけど」
目の前のケーキで頭がいっぱいなのか、妹はカップルの偽装を完全に忘れていた。
「部活の人には、妹とデートするから日付変えてくださいって言ったの?」
「まぁ、そんな感じのこと言った」
「反応は?」
「シスコンとか、過保護じゃないかとか」
「ウケる」
「ウケるなよ……」
他の誰かならともかく、元凶のお前がウケるなよ……。
そんな話をしている間にも妹のフォークは止まらず、すでにタルトはなくなり、チョコレートケーキを食べ始めた。
「食べるの速いな」
「1時間しかないんだから、速く食べないと。兄さんもそんなんじゃ元取れないよ」
そういえば1時間とかいう縛りもあった。これ、元取るとか無理では?
「無理だと悟った。楽に食べる」
「そっか。でも、美味しいでしょ?」
「うん。美味しいは美味しい。でも、大量に食べる気にはならない」
「ふーん。じゃ、私、次 頼んでくるから」
チョコレートは好物とあってか、瞬く間に消えていった。なんか、ちょっと怖いくらいの食べっぷりだ。
僕は妹が2皿を平らげたところでやっとゼリーを完食。目の前にはモンブラン。まだ全然食べられなくはない。大丈夫、たぶん。
戻ってきた妹の手には、先程まで僕が食べていたゼリーとチョコレートケーキ。
「またチョコか。本当にチョコ好きだよな」
「だって美味しいし」
「あぁ、うん」
僕はだって甘党な方だし、チョコレートも嫌いではない。というか好きだ。だが、妹のチョコレート好きは異常だと思う。もはや依存症なのではというほどに。
「あーあ、早く2月になんないかなぁ」
ケーキを食べて上機嫌そうなくせに、なんかボヤき始めた。僕はモンブランを食べつつ、「そう」と相槌をうつ。
「早く受験生やめたい。解放されたい」
「あと1ヶ月半くらいか。すぐだよ、たぶん」
「受験、2月5日、6日だっけ。 あと43日? 長いよ……」
43日。苦しい時間と考えると、ものすごく長い気もする。
「約1000時間だから、6万分で、360万秒。僕たちが今ケーキを食べてる間にも、その360万秒は凄い勢いで減ってる。1秒なんて一瞬なんだから、その一瞬が集まった程度の360万秒なんてすぐだよ」
すぐなわけがない。我ながらわけのわからないことを言った。一瞬だって積み重なれば長い時間になるのは当たり前だ。
「兄さん、塵も積もれば山となるって知ってる?」
「知らない」
もちろん知っている。
「似た意味の諺はなんでしょう?」
「…………雨垂れ石を穿つ?」
「知ってるじゃん」
妹は不機嫌そうな声で喋りつつも、ゼリーを食べる手はまったく止めやしない。表情は甘いもの食べて幸せってそれだ。
「1秒って思うより長いし。360万秒とか、もはや永遠だよ」
「永遠ではないだろ。今こうして話してるうちにも、3599900秒くらいにはなってる。ケーキバイキングの時間だけで3600秒も減る」
元々の概算がかなりテキトーなので、実際の数字とは大きく異なるだろうけど、減っていることは確か。
「確かに秒単位で考えれば、数字がすごい勢いで減ってる感はあるけどさぁ。でも、結局43日だし。はぁ、明日が入試だったらいいのに」
「気楽にいればいいんだって」
どうせ受かると言いそうになって、その言葉は飲み込んだ。ここでプレッシャーをかけるのは悪手だ。
「私が気楽にやっても、周りはそうじゃないし。はっきり言って、もう受かるじゃん、私。
でも、そんな態度でいたら感じ悪いでしょ? ちょっと勉強できるからって調子乗ってる、本当は大したことないくせにー、みたいな。周り、かなりナーバスになってる子もいるし」
今日は妹のストレス発散日。僕はモンブランを味わいながら、その愚痴を聞く姿勢をとった。