23話 面倒くさい人、ヤバい人、狂人、変人
朝、ヨーグルトを冷蔵庫から取り出すと、朝ごはんなんか食べるなと妹に怒られた。
「食べ放題なんだから、限界までお腹を空かせていかないと!」
ケーキバイキングってのは、随分と気合を入れないといけないらしい。そこまでしてケーキをたくさん食べたいとは思えないのだが……。
あと、ネット情報だと朝食は軽めに食べろと書いてあったのだが。まぁ、ネットを安易に信用することのもアレか。妹が安易に信用できるかは知らないが。
今日は両親ともに朝早くから夜遅くまでいないはずで、妹も気兼ねなく羽を伸ばせる予定だ。
「美月、今日食べ放題終わったら帰って勉強するの?」
「え? なにそのテンション下がる質問。するのっていうか、しろって意味?」
「いや、特にそういうつもりがないなら、買い物に付き合ってもらえないかなって」
「買い物?」
「文芸部でクリスマス会するって言っただろ。それ用のプレゼント、女子向けに何を買ったらいいのかよくわからない」
「……私の趣味で選んでも、文芸部の人には合わないんじゃないかなぁ」
「勝手に文芸部員を変な趣味の持ち主だと決めつけてるだろ」
「だって、変人でしょ?」
「小物とかの趣味は普通の女子と大差ないと思う。ネコを可愛いとか言ってるし」
妹は少し黙って、それからニヤリと笑った。
「兄さんさ、文芸部でって言っているわりに、1人の女の子を念頭に置いてるよね?」
妹は正直に話せと詰め寄るが、僕だってこんなことを妹に頼むにあたり、ちゃんと作り話を考えてある。
「4人で誰が誰にプレゼントを贈るか、先にくじで決めたんだよ。プレゼント交換とかすると、いらないものが当たることが往々にしてあるから、先に贈る相手を決めてしまおうって」
「なにそれ。ドキドキ感がないじゃん」
「ドキドキ感なんてものより実用性の方がいいってこと。極端な例として、僕がスカートとか貰ったら目も当てられないだろ」
「男子もいるプレゼント交換にスカート出すとか、その人狂ってる」
「いや、だから極端な例だって。ありそうな例だと、ゲームソフトを貰ったけどそのハードを持ってないとか」
「高校生なのにゲームなんて高いものをプレゼントするなんて、その人狂ってる」
「いや、ゲームくらいならやる人普通にいる気がするけど」
「まぁ、兄さんたちは遊び心よりも平和を取ったってことね」
なんかよくわからないまとめだったが、もう別になんでもいい。
「まぁ、なんだ、そういうわけで、女子向けのプレゼントを用意しないといけないわけ」
「指輪とかいいんじゃない?」
「ふざけるな」
「そもそも、イブにその子よりも私を優先した時点でもうアウトだから、テキトーなものでいいんじゃない?」
「だから、単にクリスマスのプレゼント交換なんだって」
「私は疲れ目に効くホットアイマスクとか欲しいなぁ。ゲームよりは安いよ。充電タイプでも2000円くらい。欲しいなぁ」
物欲しげにこちらを見る妹。僕はサンタさんじゃないっての……。
「そういうのもありか。アドバイスありがとう」
「えぇー」
「母さんからお前を甘やかすなって言われたし。さすがに2000円貢ぐのは甘やかしだ」
「兄さんはお金が絡むとケチになる。守銭奴」
「そんな守銭奴が大事な1000円をはたいてケーキバイキングに付き合うんだから、それで満足してくれ」
「1000円は兄さんが食べる分のお金でしょ。……でも、ありがとう」
ありがとうとつけないと、僕が行かないと言いかねないのを察したのだろう。さすが、空気を読むのは得意か。
「ちなみに、ホットアイマスクが欲しいのは私だから、その人が欲しがってるかは知らないよ。結局、その人に欲しいものがないか直接訊くのが1番だと思うな」
「ネコって言われた。でも、家はペット禁止らしい」
「じゃあ、ペットOKの家を贈るのが1番だね。頑張って」
「無理だろ」
「冗談はさておき、そんな返答する人、『えぇー、私が何を欲しがってるか、ちゃんと考えて欲しいな』って言う女くらい面倒くさいよ」
「面倒くさい人だってのは同意するけど、例えがひどい」
「もう察したけど、プレゼント贈る相手って、文化祭の時に兄さんの話ばっかりしてた、あの小さい人だよね? あの人なら、兄さんの切った爪でも贈っておけば小躍りして喜ぶんじゃない?」
「お前、先輩にどんなイメージ持ってるんだよ……」
妹のイメージの中の先輩が予想以上にヤバい人だった。妹は別にふざけて言っている風でもない。
「兄さんの偏愛者っていうか、メンヘラさん? ストーカーっぽくもあったかも。まぁ、そこは実際にはわかんないけど、兄さんのこと好きなのは間違いない」
「いやいやいや、先輩、そんな人じゃないから」
文化祭の時、一体どんな話をしたというんだ……。
「もしくは、兄さんのことが大好きな女を妹の私に演じてみせる狂人」
「……そっちはあり得る」
「どっちにしろ変人なんだけどね」
「先輩が変人であることは否定のしようもない」
「兄さん、あの人と付き合うなら、相当の覚悟がいると思うよ」
妹の顔は案外真剣そうなものだった。
「いや、そういうのじゃないから。本当に、ただのプレゼント交換だから」
「なら、食べ物とか、無難なものでいいんじゃない? まぁ、買い物、付き合ってあげてもいいよ」
「じゃ、よろしく」
「それじゃ、11時には家を出るから、それまでちゃんとお腹を空かせておいてね」
「OK. わかった」
朝ごはんを抜いてケーキか。胃がもたれそうだ……。
妹との会話は一旦それで終わった。
部屋に戻ってスマホを見ると通知が1つ。
『真っ白最高: で、今日は何時に家を出るの?』
……妹の言ったこと、実は本当にそうだったりしないよな?
『蒼井陸斗: 昼過ぎに』
僕はしれっと嘘を返した。