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22話 母は、まぁ、ああいう人です


「陸斗くんは少々周りの子たちと違った感性を持っています。もちろん、それは悪いことではありませんが、もう少し、違う感性の人にも歩み寄るような姿勢が必要かもしれません」


 担任は気を使ったような言い回しで、要は僕のコミュ力のなさに苦言を呈した。


「陸斗が同級生と問題を起こすことがあるんですか?」


 それに対して母親が返した言葉はこれ。要は実害があるのかという質問。


「いえ、そういうことはありません。ただ、クラスの仲間との間に壁があると言いますか」


「問題を起こしているわけでもないなら、特に問題はないかと思います。少なくとも、私の干渉することではありません」


「えっ……」


 進学の話とは一転して母親の興味のなさそうな返答に、担任は言葉を詰まらせた。


「陸斗が同級生とどのように接していても、私がとやかく言うことではないでしょう? いえ、殴っているとか、口汚く罵っているなら注意すべきかもしれませんが、単に壁があるだけなら、そんなの別にいいじゃないですか」


 この人は、自分の子どもにたくさん友達がいてほしいとか、そんなことは思わない。そんなこと、親が口を出すことではないと考えている。

 まぁ、実際 親がとやかく言うことではないし、その点に関しては同意する。

 三者面談でこんなどうでもいいことを言い出した担任の方がどうかしている。


「いえあの、私としては、陸斗くんはもう少し他人の感情に共感するようになった方がよいのではないかと」


「そうですか。わかりました。よく言っておきます。

 それで、せっかくこうして来ているわけですし、この学校の進路指導についてもっと詳しく教えていただきたいんです。

 今年は夏期講習や冬季講習を学校で実施してはいませんでしたが、これは1年生だけでなく、全学年ないんですか?」


 母親は担任の話を完全にスルーした。


「はぁ、はい。本校では全生徒向けにそのようなものは実施していません」


 担任の方も母親がどういう人間かを薄々察したようで、人間関係がどうのという話を続けようとはしなかった。


「成績不良者向けの補習はありますが、それ以外は難しいのが実情です。

 講習という形をとるなら受講者が10人はいてほしいのですが、陸斗くんと同じレベルの授業を受けられる生徒は、残念ながら学年に5人いるかというところで……。

 でも、個人的に先生にお願いすれば時間は作っていただけると思います。陸斗くんは今の1年生のホープですし、先生方も快く引き受けてくれるでしょう。もちろん、私も。

 あと、最近は生徒会が、生徒主体で勉強をする集まりを開いたりもしています」


「……やっぱり、この高校だと偏差値60くらいの子がちょうどいいって感じなんですか?」


 母親は少し考えてそう訊いた。学校に対する値踏みをする質問。たぶん、在学生の親ではなく、受験生の親としての問いだ。


「平均的な学力は、そうですね。入学時はそれくらいで、入学して少し経つと気を抜いて下がってしまう子が多いです。2年生の冬くらいから少しずつ持ち直しますが」


 担任は実情を正直に語った。しかし、今ここで母親に一浜高校のイメージを悪くして欲しくない。そのしわ寄せが来るのは僕ではなく妹になるだろうし。


「上位層と下位層の差が激しいのかなと僕は思いますけど」


「そうですね。トップ層は陸斗くんと遜色ありません。特に陸斗くんの所属している文芸部は皆さん優秀で、陸斗くんが入学時よりも偏差値を伸ばした1つの要因なのではないかと思います」


 僕が口を挟むと担任は僕の言いたいことを理解したのか、プラスイメージを語り出してくれた。


「そうなの?」


 母親は僕に対して疑わしげにそう尋ねた。

 先輩をむやみに褒めるのはなんか癪なのだが、実際 偏差値が上がった要因ではあるだろうし、母親の持つ一浜高校のイメージを向上させるためにも、ここは肯定すべき。


「文芸部の先輩とか相当勉強できる人だし、色々教えてもらったから、まぁ、そうだね」


「部活中に?」


「文芸部って半分勉強部みたいなところあるから。試験前とか、基本勉強会してる」


「そうなの。いい部活に入ったわね」


「まぁ、うん」


 母親は再度模試の成績表を見て、「たしかに上がってる」と呟いた。

 仮に僕の成績が下がっていたら、母親は妹がここに進学することを許しただろうか。


「実は陸斗の妹もこの学校を志望してるんですが、陸斗ほど自主的に勉強ができない子で、そんな子でも大丈夫ですか?」


 大丈夫って、何がどう大丈夫かを訊いているのか、それがわからない。


「はい。私はもちろん、ほかの先生方も、そういう生徒がしっかり勉強をできるように指導しています。

 それに、陸斗くんほど自主的に勉強する生徒はあまりいません。妹さんの方がある意味普通ですよ」


「普通じゃ困るんです。少なくとも陸斗くらいにはなってもらわないと」


 担任の無表情が引きつった気がした。


「そういう普通の子でも帝東大学に合格する人はたくさんいますから」


 たぶん、母親の望む言葉を考えて言ったのだと思う。母親はその言葉に「そうですか?」と語気を弱めた。


「それで、あの、今は陸斗くんとの三者面談なので」


「あっ、すみません、私ったらつい」


「お母様から、学習面以外で陸斗くんの学校生活について訊きたいことはありますか?」


 そう問われ、母親は数秒考え、


「学習面以外なら、特にありませんね」


 そう平然と答えた。


「……そうですか。では、少し陸斗くんと2人で話したいことがありますので、お母様は廊下で待っていていただけますか?」


「陸斗と2人でですか?」


「はい。すみませんが」


 母親は不満げな顔で「わかりました」と言い、教室から出た。


「君のことをとがった生徒だと思っていましたが、親御さんとこう話してみると、君は案外柔らかく育ったのかもしれませんね……」


 担任の無表情の中に何となく疲れが見て取れた。この人、完全に無表情なのではなく、表情の変化がものすごく乏しいだけで、とても微妙に変化しているのかもしれない。


「妹はもっと柔らかく育っているので安心してください」


「君以上に、必要不必要に線を引いているお母様ですね。まさか、人間関係について一切聞く耳を持たないとは思いませんでした」


「母は、まぁ、ああいう人です」


「長話をするわけにはいかないので1つ。

 あのお母様は、たぶん帝東大学という名前にこだわって、君がそこに進学することを望むでしょう。でも、本当に何がしたいのか、そのためにはどの大学を選んだらいいのか、それを君自身が考えて、最後の決断は必ず自分でしてください。

 それが、この先の60年とか80年とか、あるいはもっと長い人生で後悔しないために必要な条件です」


 なんとなく、担任は母親よりもちゃんとした教育者なのだろうなんて詮無いことを思った。担任はそれを仕事にしているのだから当たり前だ。


「僕が他人の決めたことに何も考えずに従うような人間じゃないことは、先生もよく知っているはずです」


「そうですね。あと、2学期にはクラスにも友達ができたようで、よかったです。君に佐伯さんを嗾しかけた甲斐がありました」


 嗾しかける生徒になぜ佐伯さんを選んだのか気になったが、担任は僕がそれを訊く前に席を立ち、ドアを開けて母親を招き入れた。


「それでは、面談はこれで終わりということで、よろしいですか?」


「はい」


「では、お忙しい中いらして下さって、ありがとうございました」


「いえ、こちらこそありがとうございました」


 また、3人で形式的に頭を下げる。その内心では、母親も担任も、互いに相手のことをありがたいなんて思っていないだろうと、僕はそう思っていた。


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