21話 大学の名前は大事
試験が終わってから、消化試合のように生徒のやる気が乏しい中で行われていた授業も、昨日で終わった。
月曜日に終業式やらなんやらがあるけど、多くの生徒たちは今日から冬休みみたいな気分らしい。
が、そんな土曜日の今日、僕は制服を着て学校にいる。
廊下で母親と共に担任に呼ばれるのを椅子に座って待っている。
三者面談の時間は予定では午前11時からだったのだが、時間が押しているようで、11時5分になった現在でも教室では前の人の面談が行われ、僕と母親は待たされていた。
「案外、時間通りにいかないものなのね」
時計に目を落として、母親はため息をついた。
「陸斗は時間より長引くなんてことないわよね」
面談が長引くのは、それだけ話すことがあるということ。話すことがあるというのは、それだけ問題があるということ。
母親の確認は、あんたは問題児じゃないよねという意味で、それにはどうにも、自信を持ってYESと答えることはできなかった。
「さぁ。たぶんないと思うけど」
そんな曖昧な答えを返すのが関の山だった。
それから、前の面談が終わるまで、さらに3分ほど、僕と母親は互いに無言で待ち続けた。母親の方はその間にも何度か時計を見てため息をついた。
教室から出てきた生徒は、名前をすぐに思い出せないが男子生徒だった。
一緒に出てきたその母親らしき女性が僕たちに会釈をしてきたので、僕と母親はそれに会釈をして返した。一方、同級生の何某は僕たちに一瞥もくれぬまま、母親であろう人も置いて、早足でその場を去っていった。
「蒼井さん、お入りください」
そんなやりとりをしていると、教室から担任が出てきて、僕と母親を中へと誘導した。
「お忙しい中、本日はご足労いただきまして、本当にありがとうございます」
担任は形式張った言葉を口にして頭を下げる。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
母親もそれに応じて頭を下げ、僕も続いて頭を下げる。
形式的な儀礼。なんとも無駄に感じてしまうやりとりだ。
「まずは10月に実施しました模試の結果をお渡しいたします」
僕はそう言う担任の顔に少々驚いた。
あの担任の表情がなんとなく柔らかい。人当たりの良い印象とかは全くなく、いつもの無表情をほんの少しだけ改善した程度なのだが、そこには表情があった。
僕がそんなことに驚いている隙に、担任に差し出した成績表は僕ではなく母親の手に渡っていた。
「あら、思っていたよりいいんじゃないかしら」
母親はそれを見ると目に見えて上機嫌になって、やっとそれを僕に渡した。
英語: 偏差値 71.6
国語: 偏差値 68.8
数学: 偏差値 76.1
3科目総合: 偏差値 73.4
受けているのは1年生だけで、かなり幅広い学力層の人が受ける模試なのだから、高めの偏差値が出るものなのだろう。だが、それにしても、この前の56に比べて相当いい。
「素晴らしい結果だと思います。勉強面では、陸斗くんに私から言うことはありません。しっかり努力を続けていますし、学校としても全力でサポートしたいと思っています」
「よろしくお願いします」
母親はまた頭を下げた。僕はそれには続かなかった。
「進路選択は理系ということですが、すでに学部や学科までは考えていますか?」
これは僕に対する質問。その答えを僕はしばらく探していて、そして未だに見つかっていない。
「まだ明確にこれというものはないのですが、実学よりも虚学の方が向いているかなとは思ってます」
考えた結果に思ったことを正直に口にした。
「というと、工学や建築よりも理論系」
「その方が向いているかなとは思います」
「この子は昔から理屈っぽいところがありますし、研究者気質なんです」
母親はそんなことを一々補足した。それが知った風なことを言われている気がして、ちょっと不快だった。
「学力から言えば色々な選択肢がありますし、じっくりと陸斗くん自身が将来どうしたいのかを考えるのが大切ですね。志望校も今は帝東大としてますが、目標にあったところを選ぶことのできるだけの学力はありますし」
「でも、そういう理論系、研究系に進むなら、やっぱり帝東大が1番ですよね?」
担任の言葉に母親はそう質問する形で噛み付いた。
「大学にはその大学ごとの特色や強い分野がありますから、ここが1番とは言い難いです。陸斗くんが自分の目で色々な大学を実際に見てみるのがいいと思います」
「でも、やっぱり社会に出た後のことを考えると、大学の名前はとても大事だと思いますし」
「あの、蒼井さん、なにも帝東大だけが一流大学というわけではありませんから」
「でも、日本最高学府といえば帝東大ですよね。やっぱり、その名前って、人生のいろんな場面で活きると思うんです」
担任の表情にあった気持ちばかりの柔らかさが、消えた。
「蒼井さん、当たり前のことですが、陸斗くんの進路は陸斗くん自身が考えて決めることです。過度に特定の大学を勧めるのは、陸斗くんにとってあまりよくないと言いますか」
「先生、失礼ですけど、出身大学はどちらですか?」
「えっ、あの」
突然の質問に、担任は答えに窮した。
「こう訊かれた時、帝東大なら自信を持って答えることができますよね? 私自身、世間では一流と言われる私立大学を出ていますが、それでも多くの場面で大学の名前で損をした経験があります。先生という職業だと、そういうのわかりませんか?」
「社会に出た後に評価されるのは、大学の名前ではなく、個人の能力だと思います」
「先生は学校以外の職場を知らないから、そういうことが言えるんです」
なんか口喧嘩のようになりつつある2人を、話の当事者であるはずの僕はただ白けた目で見ていた。こんな話に時間を使うのはバカげてる。
「進学についてはじっくり考えますから、次の話に進みませんか? 時間も限られてますし」
なんで僕がこんなことを言わないとならないんだ……。
「そうですね。陸斗くんがじっくり考えることが1番です。そもそも、勉強面では言うことはありませんし。
今回の面談で1番話したいことは、陸斗くんの人間関係についてです」