3話 なんだ、この状況?
眠い。寝覚めて時計を見ると9時を過ぎていた。
周りには文芸部の面々が全員寝ていた。結局全員ここで寝落ちたのか。起こすのも悪い気がする。
とりあえず顔でも洗おう。
顔を洗っているとゴソゴソと物音が聞こえてきた。誰か起きたのだろう。
洗面所から出ると、紅林さんが体を起こしたところだった。寝癖が立っている。
「ほわぁ」
「おはようございます」
「ほぇ、ほはようほは、は、ん、あっ、えっと、お、おはようございます」
紅林さんの顔が一気に赤くなっていった。
「えっと、寝顔とか、見ました?」
手で髪をいじりながらそう訊いてきた。
「いえ、僕も今起きたところなので」
そう返すと、ホッとしたように「そうですか」と返してきた。
「私も顔洗いますね。あと、寝癖とか」
そそくさと洗面所へと向かっていった。少し以外な一面を見た気がする。
紅林さんが寝顔なんて言ったせいで意識してしまう。
大白先輩は、寝顔は意外に怖くない。穏やかな顔に見える。
そして部長。その寝顔を見て、微笑ましいと感じた。可愛らしい子供の寝顔、なんて言えば本人は怒るのだろう。
「真白先輩の寝顔を見つめてるんですか?」
洗面所から紅林さんが顔を覗かせていた。そう言われると、無性に恥ずかしくなった。
「いえ、起きないなと思いまして」
「蒼井くんって真白先輩のこと好きだったりしますか?」
「は?」
思ったよりも低い声が出てしまった。これでは不機嫌に聞こえてしまう。
「お似合いだなぁと」
「え? あの、僕って子供っぽいですか?」
「そんなこと言うと、真白先輩怒りますよ。よし」
紅林さんは洗面所から出てきた。寝癖はきちんと直っていた。
「でも、やっぱり恋人っていうより兄妹に見えますけどね」
「部長が姉ですよね?」
「ふふ、そういうことにしておきます。寝顔、可愛いですね」
はいと答えると何か言われそうなので、黙っていることにした。
「むにーー」
突然、部長は奇声を発した。
体を起こした部長は大きくあくびをした。
「ふにゃあ」
「おはようございます」
「おはようございます」
「ほやーふひ」
部長はもう一度体を寝かせるのだった。
「あ、あー、おはよう」
部長ではなく、大白先輩が起きた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「部長はまだ寝てるのか。何時だ?」
その言葉で3人揃って時計を見た。もうすぐ9時半だ。
「朝飯は出ないんだよな。ちょっと、顔洗ってくる」
大白先輩は寝起きがいい方のようだ。
紅林さんと2人、部長の寝顔を眺めていた。なんだ、この状況?
「起きませんね」
「こうして見ているとほっぺをつつきたくなりませんか?」
紅林さんがなんかとんでもないことを言い出した。
「いやぁ、それは」
「否定はしないんですね」
「いえ、そんなことないです」
紅林さんは楽しそうに笑っていた。
「何2人して部長の寝顔を眺めてるんだ? 子供の寝顔を見て微笑む夫婦か?」
「んー」
部長が寝返りをうった。つい視線がそちらに向く。
「部長ー、朝っすよー」
大白先輩は普通に部長を起こした。寝顔を眺めてた僕たちより正しい対応だろう。
「んー。あー。おはよぉ」
「おはようっす」
「おはようございます」
「おはようございます」
「みんな早いねぇ。ほわぁ」
大きくあくびをした部長は顔を洗いに行くでもなく目をこすっていた。
「そうでもないですよ。もう9時半です」
「じゃーまだ3時間は寝れるねー、おやーすみー」
当然のように二度寝しようとする部長であった。
「蒼井と紅林が部長の寝顔の写真撮ってたっすよ」
「なんだってー!」
ガバッと音を立てて部長は飛び起きた。
「消せー、今すぐにだ! さぁ!」
「撮ってません!」
紅林さんは真剣に、
「撮ってませんよ」
対して僕はぞんざいに否定した。
「ほ、本当だな? ……本当だよね?」
「はい」
「本当ですよ」
「大くーん?」
「いやぁ、2人して部長の寝顔を眺めて笑ってたんで、写真でも撮ってるじゃと思ったんすけど」
部長は再度こちらを向いてキッと睨みつける。が、寝癖がピンと立っていてなんとも緊張感がない。
「真白先輩は可愛いですねって話してただけです」
「え? ああ、そう? そうだよね、わたし可愛い、美しいもんねー」
なんか上機嫌になる部長であった。
あれだ、寝起きのせいで全員のテンションがおかしい。一度落ち着かなくては。
*
「予定だと今何をしているはずなんでしたっけ」
「もう江ノ島に着いて、観光を始めています」
しかし、僕たちは未だに宿にいた。もう10時半を過ぎている。
全員が身支度を整え、再度男子部屋に集合して今に至る。
「いやー、夜ふかしし過ぎたねぇ」
部長はことさら明るくそう言うが、さて、どうしたものか。
「あー、筋肉痛だー」
部長は伸びをしながらそう言う。つまり、あんまり歩きたくないよということである。
「えっと、どうしましょうか?」
紅林さんも決断しかねるようだ。普通に予定通りに1時間押しで回ればいい気もするが、部長は歩くのは嫌なようだし。
「よーし、とりあえず江ノ島行って、生しらす丼食べて、それから考えよう」
部長の提案は決断の先延ばしだった。というより、お腹すいたのだろう。朝ごはんは各自用意と言われてたのに、部長はお菓子ばっかり持ってきていたから。他の3人は揃って10秒飯だった。
「そうしましょうか」
紅林さんは困ったように笑いながら、そう返事をするのであった。