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10話 だから斯くも面倒くさい


 朝、母親から三者面談の日程希望を受け取り、学校へと向かった。


 平日に休みは取れないとのことで、希望日は12月23日の土曜日になっていた。23日に予定を入れていなくてよかった。


 共働き家庭にも配慮して土曜日が候補日に入っているのは、こちらとしてはありがたい。しかし、教師は一体いつ休んでいるのだろうという疑問が湧く。学校教員、ブラック過ぎる……。


 まぁ、うちの父親もいつ休んでいるのか不明だし、案外 社会人っていうのはそんなものなのかもしれない。


 冷え込む気温の中、ポケットに手を突っ込んで大した距離でもない通学路を歩く。


 駅から学校へ向かう道と合流すると、一気に一浜生の大群と遭遇する。

 電車に乗らない僕は満員電車を考慮する必要がないので、登校のピークなんか気にせずに家を出ている。他の文芸部のメンバーは全員、満員電車を避けるために少し早めに登校しているらしい。


 僕も大群の一員に加わって、校門をくぐる。たしかに、この人数と一緒に電車に乗るのはキツいだろう。時間をずらすのも頷ける。


 下駄箱に着くと、同時に靴を履き替えるクラスメイトが1人いたが、特に関わりがあるわけでもないので、挨拶をすることはなく、互いに微妙な会釈を交わす。


 クラスメイトなので向かう教室は同じなわけで、僕たちは少し気まずい沈黙の中、共に1年2組へと歩いた。


 教室に入ると、昨日のやりとりなんてなかったかのように佐伯さんから挨拶をされ、僕はそれに定型的に返した。


「ねぇ、再試って今日なんだけど、なんかワンポイントアドバイスみたいなのない?」


 試験直前に「何かアドバイスない?」とか「何が出ると思う?」とか訊かれても、そんなの大抵は特にないしわからない。僕が出題者ならともかく、生徒としては山を張るくらいしか言えないし、そんなの試験直前に言ったって意味がない。


「まぁ、時間と場所を間違えないようにでしょうかね」


 なので、そんな当たり前のことを返した。佐伯さんは一瞬かたまり、すぐに机からプリントを取り出した。


「うん、大丈夫、あってる。私だって時間と教室の確認くらいしてるよ!」


「なら、本試で出た問題を全部解けるようにしておけば、とりあえず落第はないんじゃないですか? もっと高得点を狙うなら、貸したノートの内容を覚えてください」


 そもそも高校の成績で1をつけたがる教師なんていないだろう。再試は救済するための試験だ。理不尽な満点阻止問題なんか出ないんじゃないだろうか。

 再試を受けたこともなければ、過去問を見たこともないので、完全にただの憶測なわけだが。


「ノートありがとね。でも、あれ全部覚えるとか無理ゲー過ぎるよ! 教科書より情報多いし。あれ全部覚えたとか、蒼井くん、ある意味家庭的」


 家庭科の試験で点が取れるのと家庭的であるのとは全然違うだろう。料理を作ることなんて滅多にないし。

 まぁ、あの試験で12点を取った人よりは家庭的と言えるのかもしれないけれど……。


「元々が家庭的じゃなかったから、ノートにまとめて覚える必要があったんですけどね」


「なるほど? 一応悪あがきするから、ノート返すのは明日でいいよね?」


「いいですよ。喫緊に使う予定なんてありませんから」


 昨日のやりとりによって関係の変化は何も起こらなかったらしい。まぁ、おかしな方向に変わるよりこの方がいいか。


 会話を切り上げて、僕は自分の席についた。


 荷物を机の中に入れると、何かが引っかかった。僕は教材を学校に置いていくことはしないので、机の中は空のはずなのだが。


 引っかかった何かを取り出してみる。出てきたのルーズリーフの束。


 まぁ、ラブレターとか果たし状とか、そんなドラマチックなものなわけもない。


『読まなくてもいいから、一応渡しとくね』


 そう書かれた付箋の貼られたそれは、『クリスマスイベント縮小計画』。昨日見せられた原本ではなくコピー。あの人もあの人でブレないな……。


 関わることを要求されないなら別にいい。押し返すこともないし、一応貰っておこう。

 気が向いたら読むかもしれないし、読まないかもしれない。その決定権が僕にあるのなら納得できる。


 佐伯さんの方に目をやると、「えへっ」と擬音がつきそうな様子で笑った。僕はすぐに目をそらした。


 佐伯さんは僕のことを頑固だと形容したが、佐伯さんだって大概だ。あの人も自分を曲げやしない。


 人それぞれがいろんなことを考えて、意外なものにこだわっていることは、昨日のやりとりで考えさせられた。


 僕が自由意志にこだわるように、佐伯さんは助け合うことこだわる。先輩は自分の思想にこだわるし、紅林さんも何かにこだわった結果にあの行動に出たのだろう。


 人間ってのはそれぞれこだわる部分が違うから、相手との齟齬が生まれる。自分にとっては取るに足らないことが相手にとっては重要だったりするから、そこから諍いが生じる。

 普通は諍いを避けるためにそれぞれが少しずつこだわりを曲げる。譲歩する。バランスを取る。


 しかし、僕はそれをしない。


 先輩もしないし、佐伯さんもしないように感じる。紅林さんもたぶんしない。


 類友なんだろうけど、だから斯くも面倒くさい。


 でもまぁ、面倒だからこだわるななんて僕は絶対に言えないし、それぞれにこだわりがあるのが正しい姿なのだとも思う。思うが、面倒だとため息をつくくらいはいいだろう。


 昨日のことを色々思い出すと、授業にあまり集中できなかった。

 放課後、担任から「授業中 上の空に見えましたが、何かありましたか?」と訊かれ、「特に何も」と誤魔化すことになってしまった。

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