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8話 私にキャラとかない


『紺野: 今日はすみませんでした。こちら側の身勝手でした。でも、あかりちゃんも悪気があるわけじゃないんです』


『紅林: とても拗らせた結論になっていませんか?』


 先輩と下校時刻までひたすらトランプをし、帰宅してから大きな疲労を感じて仮眠をとった。

 そして、起きたらそれぞれこんなメッセージが来ていた。


 20時前か。数分の仮眠のつもりが、結構寝てしまった。


 さて、どちらにしても返信が面倒くさい。ただ、既読をつけた以上なんかしら返すべきだろう。さすがにスタンプってわけにもいきそうにない。


 これだから人間関係ってやつは面倒くさい。


『蒼井 陸斗: 大丈夫です。別に怒ってるわけではありませんから。それと、佐伯さんが僕のことを誤解していたのはわかりましたし、悪気があったなんて思ってませんよ』


 紺野さんの方はこんなのでいいだろう。


『蒼井 陸斗: 紅林さんには関係ないことですから』


 こちらはちょっと喧嘩腰っぽくなっている。しかし、今日はもう疲れたし、これ以上 面倒なやりとりをしたくない。少しつっけんどんな態度になっていても、なんか別にいいやという気分だ。


 夕飯食べて、シャワーでも浴びよ。


 僕はスマホを充電器にさして部屋に置き、リビングへと向かった。


 リビングではいつも通りに妹が勉強に勤しんでいた。


「お疲れ。精が出るな」


「出ないよー。兄さんのアドバイス通り、テキトーに手を抜いてやってるから」


「ああそう。ご飯 食べるからテーブル半分空けて」


 うちは基本的に父親の帰りはとても遅く、一緒に夕食を食べることはない。そして、母親も週に1日、2日ほど遅くなる日があり、そういう日は外で夕食を済ませてくる。

 僕と妹は兄妹2人で食卓を囲む気はあまりなく、そんな日は各々好きなタイミングで冷凍食品を漁る。

 今日はそんな母親の遅い日だ。


「あっ、ご飯炊いてあるから食べていいよ」


「美月が米を研いだの?」


「そんなことに驚くの、いくらんでも失礼じゃない?」


 妹は家でまったく料理をしない。パスタを茹でるとか、簡単にスープを作るとかその程度のことすらしない。米を研ぐことだってしないと思っていた。


「兄さんに声かけても、うんともすんとも言わないから仕方なく自分でやったの」


 いつもなら、おかずは冷凍食品で済ませるが、ご飯は妹の食べる分も僕が炊く。まぁ、米を研ぐのに、1合も2合も変わらないし、わざわざ自分の食べる分だけを炊くやつなんていないだろうけど。


 しかし、今日は帰ってすぐに寝てしまったので何もしてなかった。


「あー、ごめん、寝てた」


「疲れてたの?」


「まぁ」


「ふーん。兄さんも案外大変なんだ」


 ここで、「3時間もトランプに付き合わされて」なんて言ったら、妹は「私は勉強してるのに、兄さんはトランプで疲れて寝てたわけ?」とか言って怒り出すだろう。逆の立場なら僕だって怒る。具体的な話を持ち出すのはやめておこう。


「まぁ、ね」


 僕はから返事をしつつ冷蔵庫の前に向かう。冷凍スペースの中に開封済みの竜田揚げの冷凍食品を発見したので、それを皿に出しレンジにかける。


 茶碗を食器棚から出して、レンジを動かしている間にご飯をよそう。


「兄さん、betrayってなんて意味だっけ?」


 妹は英語の問題と向き合いながらそう質問してきた。人を辞書代わりに使うなっての。


「裏切る。他動詞。betray 目的語で目的語を裏切る。あと、密告するって意味もあったかな」


「ありがと。兄さん、やっぱ便利。My brother betrayed me. みたいな感じね」


「その例文はひどいだろ。僕、なんかしたか?」


 温めの終わった竜田揚げを電子レンジから取り出し、それと箸を持ってテーブルへ。


「ご飯炊いてくれなかった。私の期待を裏切った」


「期待を裏切るも betray 使うんだっけな。わからないから、辞書引いた方がいい」


 食事を始めようとして飲み物を用意していないことに気づく。キッチンへと戻り、コップに麦茶をそそぐ。緑茶はあまり好きではないし、お湯を沸かすのが面倒くさい。


「竜田揚げだ。1個ちょうだい」


 制止する間も無く竜田揚げを指でつまみ口へと運ぶ妹。


「行儀が悪いとかそんなに気にする方じゃないけど、ペンを握ってた手でそのままつまむか?」


「別にいいでしょっ」


「僕は別にいいけど、ひく人は絶対いると思う」


 僕と妹は同じ環境で育っている。妹がガサツでも、僕はあまり気にならない。でも、潔癖の人からしたら信じられないことだろう。


「外でこんな行儀悪いことしないし。兄さん、私のことなんだと思ってるの?」


「美月は家の中となると少しラフにしすぎな気もする。まぁ、別にいいんだけど」


 ご飯を口に運びつつ会話を続けているあたり、僕だって人のことは全然言えない。


「家の中で兄さんと2人の時くらい楽させてよ」


「いや、まぁ、別にいいんだって。それだけ外と中を区別してると、外で疲れそうってだけ」


「兄さんは疲れないの?」


 今日は疲れた。しかし、普段気疲れするということはあまりない。


「僕は自分本位の傍若無人に振る舞ってるからなぁ」


「それさ、大丈夫なの? 兄さん友達いる?」


 結構リアルに心配されてるな、これ。


「いるから大丈夫。類友だけど」


「部活じゃなくて、クラスでね」


 クラスメイトの友人。たぶん、紺野さんは友人と言っていいと思う。うん、たぶん。佐伯さんは、どうだろう? それなりに親しくはあるかもしれないが、今日、だいぶ誤解があったことが判明したばかりだしなぁ。


「まぁ、0人ではないよ」


「ふーん。好きに行動して、それでも友達とかちゃんといるなら、兄さんは恵まれてるんだね」


 恵まれている、か。たしかに、文芸部のような集団があったことは僕にとってとても幸運だったといえる。紺野さんや佐伯さんと親しくなったことも、面倒ごとは増えたが、恵まれているといえば恵まれているのだろう。


「たしかに、少なくとも中学の時よりだいぶ過ごしやすい」


「いいね。私もなんか全部面倒くさくなって、もう投げ出しちゃおっかなって思う時あるんだ。兄さんみたいに学校でも自己中に振る舞えれば楽だろうなぁって。でも、そんなこと思っても、結局 今を投げ出すなんて無理なんだけどさ」


 こいつ、日に日に病んでないか? 学校でそんなに無理してるのか?


「今がつらいなら投げ出してもいいだろうって思うけど。まぁ、つらいから受験やめるとかいうのは、ちょっと難しい気はするけどさ」


「つらいってわけじゃないから。……ううん、つらいこともある。でも、みんなといると楽しいこともあるし。

 楽しいはずなんだよ。でも、なんかさ、ふと、なんで私、こんなことで楽しそうにしてるんだろって思っちゃう時もあるんだよね。

 一気に全部がつまんなくなる瞬間っていうか、自分が必死にみんなに合わせてることを認識しちゃう瞬間っていうか」


 妹は深刻な顔をしてそう言ったわけではなかった。口調は軽く、「なーんてね」と続いても違和感がないような言い方。


 だから僕も深刻な顔はせず、食事を続けながら「ふーん」と返す。


 自分を偽っていれば、ふと「なにやってるんだろう?」と思う瞬間もあるだろう。

 それも、みんなそうだと思えれば納得もできるだろうけど、妹の近くには僕がいる。好きに振る舞って、それで不自由していない僕が。そんな人間が近くにいれば、「なにやってるんだろう?」という思いは大きくなるのかもしれない。


「まぁ、本当に今が違うって思うなら、高校入学を機にキャラを変えればいいよ。高校生ってのは中学生より幼くないし、案外なんとかなる」


「逆高校デビュー? 高校入学を機に陰キャになれってこと?」


「いや、陰キャでも陽キャでも好きなキャラになればいい。自分の納得できるキャラに」


「納得できるキャラかぁ……。兄さんはガリ勉キャラ?」


「まぁ、そんな感じ」


「私はそういうのないなぁ。私ってこういう人っていうの? よくわかんない。私にキャラとかないよ。その他大勢だから」


 僕にとって妹は妹なのだから、当然にその他大勢ではない。しかし、例えば妹が、学校では共鳴箱のように生きているなら、それはたしかにその他大勢といえるのかもしれない。ただ。


「その他大勢ってのも、その他大勢キャラって言えると思うけど」


 妹は「そう?」と首をひねり、それから何かを考えるように上に視線を向けた。


「うーん、まぁ、いいや。なんか、兄さんに相談することじゃない気がする」


 たしかに、僕に相談されても迷走していくだけな気はする。なら誰に相談したらいいのかはわからないけど。


「そう、じゃ」


 食べ終えた食器を持ち、僕は会話を切り上げてキッチンへと向かった。


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