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7話 現状維持に甘える逃避


「紅ちゃん!?」


 紅林さんの発言に先輩は狼狽した様子を見せる。


「おふたりの関係は見ていて微笑ましいですが、真白先輩、もう卒業ですし、そろそろ進展があってもいいと思うんです」


 何が進展があってもいいと思うだ。女子というのは、どうしてこう他人の色恋が好きなのか……。


「僕と先輩は別にそういう関係では」


 ない。たぶん。本当に? 先輩はおそらく最も親しい異性だ。しかし、恋愛対象かと言われるとかなり疑問。そう、疑問。絶対にないと、そうはきっと言えない。


「いえ、あの、傍目から見て、おふたりはほぼ恋人ですよ? ですよね、大白先輩?」


「あー、ほぼ恋人って言えるかは微妙かもだが、友達以上って感じではあるとは思う。実は隠れて付き合ってると言われても、別に驚かないくらいにはな」


「付き合ってないし……」


 先輩はとても小さな声でそう呟いた。必死に否定するのではなく、小さく呟く先輩に、紅林さんは微笑ましげな眼差しを向ける。


「おふたり自身、微妙な関係だと思っていませんか?」


 それは、まぁ、否定できないが、傍から言われることではない。


「紅林さんにとやかく言われる話ではありません」


「それはそうなんですけど……」


 紅林さんは言葉を詰まらせる。出過ぎた真似をしている自覚はあるのだろう。


「紅林さんが僕と先輩の行動を強制しようとするのは正当じゃないですよ」


「えっと、あの、でも、真白先輩は蒼井くんと2人で出かけたいって言ってますから」


「にゃ!? 言ってないよ!」


「えっと、でも、さっき廊下で」


「紅ちゃん!?」


 先輩は素早く紅林の前に移動し、その口を塞いだ。紅林さんはもがくも、先輩も必死にしがみつく。


「余計なこと言わないね? ね?」


 紅林さんは首を縦に振り、先輩も手を外した。


 しかし、紅林さんが何も言わなくても、先輩が必死に止めた以上、廊下でどんなやりとりがあったのかだいたいわかる。


「紅ちゃん、いくらなんでもひどい!」


「すみません」


 紅林さんはシュンとした表情で謝ってみせるが、本当に反省しているのだか。


「あの、私、今日はもう帰りますね」


 逃げるのか……。

 紅林さんはバッグとコートを持ち、パソコン室から出る。ここで帰ったら先輩との仲、微妙にならないか?


 先輩は少しは本気で怒っているようで、いつも言う「バイバイ」を言わなかった。


「あー、俺も帰ります」


「えっ? なんで?」


 大白先輩がバッグを肩にかけると、今度は先輩が引き止めた。


「いや、今、俺 邪魔じゃないっすか?」


「邪魔じゃないよ!」


「俺、紅林ほど首を突っ込む気はないっすけど、状況的に2人で話した方がいいと思うんで。じゃ、また」


「大くん! ちょっと!」


 先輩の制止の甲斐なく、大白先輩は逃げるように去っていった。


「えっと、僕も帰りましょうか?」


 結構気まずいし。完全に逃避だが、僕は現状に満足してる。別に逃避したっていい。しかし。


「蒼くん、ちょっと話そっか」


 先輩は現状維持に逃げるつもりはないらしい。


 先輩は僕の座る隣の席へと座った。


「蒼くん、質問なんだけどさ、わたしって蒼くんのこと好きなの?」


「……は?」


 なんだ、その質問?


「蒼くんはどう思う?」


「いや、それを質問すること自体間違ってると思いますし、質問するにしても相手を絶望的に間違えてますよ」


 私はあなたのことを好きだと思いますか? って、そんな質問あってたまるか。答えようがない。


「わたしはさ、恋する乙女はバカだって思ってたんだよ。うーん、思ってるんだよ、かな」


「えっと?」


「恋なんて、そんなものに必死になって、そんな話ばっかりしてるクラスメイトのことを、いっときの感情に飲まれる人たちを、わたしは心の中でたぶんバカにしてるんだよね」


 口調は軽くいつもの先輩っぽいが、その表情は先輩にはまったく似合わないシリアスなもの。居心地が悪い。


「だから、わたしは恋をしたくないわけなんだよ。わたしはわたしをバカにしたくない」


「はあ、なるほど」


 言いたいことはなんとなくわかる。自分が蔑視していたはずの相手と同じになるのは嫌だというのは、理解できる。だが、僕がその話を聞いたところで、特に返せる言葉はない。


「だから、わたしは蒼くんを好きだって思いたくない」


「なら、そういうことにしていいんじゃないですか?」


 先輩の感情を先輩が決めることに問題はない。それは正当だ。


「わたしは蒼くんのこと好きじゃないってことでいい?」


「まぁ、恋はしてないってことでいいと思いますよ」


「仮に、仮にだよ、2人で一緒に出かけたいとか言い出しても?」


「気の合う友達と一緒に出かけたいと思うのは別に普通のことじゃないですか?」


 先輩は少し考える。


「うん! 決めた! わたしは蒼くんに告白しませんっ!」


 なんだ、その宣言は……?


「紅ちゃんが卒業までに告白しろってよく言ってくるの。お節介にもほどがあるよ」


「紅林さん、なんか嗾けてきますよね」


「ほんと、やりすぎ。紅ちゃんって意外に恋愛脳?」


「さすがにそんなことないと思いますよ。僕たちの関係性、オープンキャンパスあたりからなんか微妙な感じでしたし、それを察していらない気を回したんでしょう」


 さっきの話からして、先輩にとって恋愛脳は軽蔑の対象らしいし、少しフォローしよう。部内の関係悪化は避けたい。


「わたしも紅ちゃんに変な相談とかしたし、そういうのが原因かもしれないけどさ」


 変な相談ってなんだ? ちょっと気になる。しかし、地雷を踏みそうな気もするし、訊くのはやめておこう。


「とにかく、わたしは蒼くんに恋はしていないことになりました! それ故に、告白はいたしません!」


 冷静に聞くと意味不明な宣言だよな、これ。


「でも、イブは出かけたいかも。別に日付はイブじゃなくて、いつでもいいんだけどね。ケーキ食べたい」


 結局はほぼ現状維持。たぶん、さっきまでのやりとりは相当に頭が悪い。言葉を重ねて、詭弁を重ねて、そうしてやっと手に入れたものが現状維持。まぁ、僕はそれに不満なんてないけど。


「他に予定はないから別にいいですけど、生クリームがあんまり好きじゃないんですよね」


「でも、蒼くんチョコレート好きでしょ? チョコケーキは好きなんじゃない?」


 チョコレートはたしかに好きだが、妹みたいに大好物というわけではない。いや、ほぼ毎日チョコレートを食べている妹が異常なだけの気もするけど。

 チョコケーキか、食べたことないかもしれない。


「食べた記憶がないので、好きかどうかはわかりません」


「じゃ、食べ行こ?」


「まぁ、いいですよ、はい」


「日はイブでいい? 別に23日の土曜日とか、冬休み入ったあと、26日とか27日でもいいよ」


 別に日付に意味付けをする必要なんてない。僕はキリスト教徒ではない。クリスマスという日に思い入れはない。


「僕は23、24ならどちらでも。冬休み入った後の予定はわかりませんが、たぶん26、27も大丈夫です」


 僕にとって予定を埋める相手なんて文芸部くらいのものだ。


「じゃあ、24でいっか?」


「別にいいですよ」


 日付を変えれば、大白先輩と紅林さんも来れる可能性がある。4人ともが来れる日付にするのが、本当ならいい気がする。僕たちは2人であることにこだわる間柄ではないのだから。


「じゃあ、この話し合いお終い!」


 でも、僕たちは結局、イブに2人で出かけるなんて、普通に考えてデートと言われるだろう選択をした。

 日付そのものに意味付けなんてしない。でも、だから、日付を変えなかったことには意味が生まれてしまう。


 先輩は僕の隣から立ち上がると、自分のバッグの前まで行って、その中から手帳を取り出した。


「10時に駅ね。OK?」


「はい、大丈夫です」


 予定を書き終えると、先輩は「よし!」と大きな声を出して手帳を閉じた。


「蒼くん、トランプしよう」


「えっ? 2人でですか?」


「うん。ラミーとか、わかる?」


「まぁ、なんとなくなら」


 それから僕たちはそれまでの会話の雰囲気をなかったことにするかのように、ひたすら遊んだ。


 結局、現状維持に甘える逃避だった。


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