6話 いらないお節介
教室でのやり取りに少し疲れていたので、部活の方では落ち着いて読書でもしたかったのだが、
「大くんがイブに予定あるって言うんだよ!! どういうこと!?」
そんなのは無理そうだった。
パソコン室に入るなり、先輩が僕に対してそう訊いてきた。いや、そんなの本人に訊け。
大白先輩は少し気まずそうにこちらに目を向けていた。
紅林さんはまだ来ていない。パソコン室は飲食禁止で、部員たちは昼食を教室で食べてから集まっている。おそらく、まだ昼食を食べているのだろう。
「いや、クラスの非リアで集まってパーティーをするって話になってるんだよ」
大白先輩はどこか言い訳がましく僕に向かってそう訴えた。
「なんだよー!! クラスと部活と、どっちが大事なのさっ!」
「いや、先約がクラスだったんで……」
まぁ、どちらの予定も集まってワイワイしようというだけで、優先度の差なんてないのだろう。先約を優先するのは至極真っ当だ。
僕は「まぁ、先約が優先ですよね」と言いつつ、いつもの席へと移動して荷物を置いた。
「えぇー。男子だけで集まるより、部活で遊んだ方がきっと楽しいよ?」
「いいんすよ。男で集まってスマブラとか、結構 盛り上がるんで」
「むぅ。どうせなら彼女と出かけるとか、そういうのだったら面白かったのに」
先輩は不機嫌そうにむくれる。男友達と集まってスマブラというのは、まぁ、話題としてはあんまり面白くないか。ふーん、そう、という感じだ。
「こんにちは」
そんな話をしていると、紅林さんがやってきた。
「大くんがイブに予定あるって言うんだよ!! どういうこと!?」
先輩は先ほどとまったく同じ言葉を紅林さんへと投げつけた。すると、紅林さんは少し考える素振りを見せる。
「あの、実は私も……」
「えっ!? 紅ちゃん、昨日はわかんないって言ってけど、もしかして彼氏?」
先輩はさっきよりも目を輝かせている。先輩も女子というか、他人の恋バナは好物らしい。いや、先輩の場合は揶揄えればなんでもいいのかもしれない。
「いえ、あの、そういうわけでは……」
口ごもる紅林さんに先輩は詰め寄る。
「じゃあどうして? ねぇ」
「ちょっと」
紅林さんは先輩を連れて廊下に出た。僕たち男には内緒の話と。先輩に内緒話って、それ、安全なのか?
「なんなんでしょうね」
「さぁな」
僕と大白先輩は目を合わせて首を傾げた。
「みなさん、案外予定あるもんなんですね」
「俺は男で集まってスマブラだけどな」
大白先輩は自嘲気味に笑った。しかし、そういう友達で集まってワイワイやるというのも、クリスマスというイベントの過ごし方としてありだと思う。
「それはそれで楽しそうじゃないですか」
「蒼井、スマブラとかやんの?」
「いえ、アクション系のゲームはさっぱりです」
「蒼井ってあんまゲームとかやるイメージないな」
「ソーシャルゲームとか、少しはやりますよ。クイズゲームとか」
「クイズか。それはイメージにあってるかもな」
「結局、クイズ力よりも強いキャラ持ってるかなんですけどね」
「そりゃ、ソシャゲだからなぁ」
そんなどうでもいい話をしていると女子2人が戻ってきた。内緒話は終わったらしい。
「蒼くーん、イブどうするー?」
先輩は紅林さんの不参加に納得したらしい。先輩を納得させるとは、紅林さんもなかなか。
「別にイブにこだわらなくてもいいんじゃないですか? 25日なら、全員学校に来ますよね?」
「あー、うん」
先輩の答えはなんとなく歯切れが悪い。
「先輩、25日に予定があるんですか?」
「終業式と」
そりゃ、それは全員ある。
「三者面談」
三者面談か。普通ならいくら長引いても30分くらいだろうけど、先輩だとどうなのだろう? いや、先輩はもう受験終わってるんだし、案外すぐ終わるのかもしれない。
「まだ決定じゃないけど、たぶん時間が微妙になると思うんだよねー。学校内にいるんだったらちょっと抜ければいいだけなんだけどさ」
面談の開始時間は、終業式終わってすぐというわけにはいかないということらしい。
「先輩、どこか行きたいところでもあるんですか?」
別にクリスマスというイベントに乗じて騒ぎたいだけなら、学校内でいいと思うのだが。
「……ケーキ食べるとか?」
少し考えて、先輩は首を傾げつつ答えた。はっきりと何かやりたいことがあるわけではないようだ。
「特にないなら、別にハロウィンの時みたいに学校で遊べばいいんじゃないですか? 食事は、どこか空き教室でも」
「三者面談やってるから空き教室ないよ」
あっ、そうか。たしかに、鍵を借りずに入れる一般教室は三者面談で使用されているはずか。となると、理由を作って鍵を借りないといけないのか。
「なら、また漫研に頼んで書道室とか」
「ケーキは24日におふたりで食べてきたらどうですか?」
僕の言葉を遮って、紅林さんはそんな提案をしてきた。いや、ケーキを食べるためだけに出かけろと?
「僕、別にケーキが好きというわけでもないんですが……」
甘いものは結構好きではあるのだが、生クリームはそんなに好きではない。嫌いとまでは言わないが、ケーキを目的に出かけようとは思わない。
先輩がケーキを食べたいにしても、僕が付き添う理由もない。それに、先輩の言い振りからして、どうしてもケーキが食べたいという風には感じない。
ケーキにこだわる理由がなければ、校外に出る理由もないのでは?
「嫌いなんですか?」
「別に嫌いというわけでもありませんけど」
「なら、いいじゃないですか。ねぇ、真白先輩?」
なんとなく察した。あれだ。紅林さんは僕と先輩をクリスマスイブに2人で出かけさせたいのだろう。……いらないお節介だ。
「えっ、えーと」
先輩は口ごもる。先輩が乗り気ならともかく、そうでないなら紅林さんの思惑に乗る必要もない。
「紅林さん。そういうの、あまり好きではありません」
その言い方で紅林さんには伝わったのか、伝わらなかったのか、なぜか紅林さんはにっこりと微笑んで言う。
「では、はっきりと。イブはおふたりでデートしてください」