5話 私って今、ウザい人だったりする?
考える。今回の件とノートを貸したこととの違いは何か。
かかるの労力の小さな差には目を瞑るなら、それは結局、僕の心の持ちようだ。
佐伯さん個人に勉学という面で協力するのはやぶさかでもないが、生徒会書記としての佐伯さんにアドバイスをするのは抵抗がある。
それはたしかに、佐伯さんの言うように、生徒会に関係することはやりたくないだけと言えるのかもしれない。
僕はただ生徒会が嫌いで、だから生徒会書記としての佐伯さんには協力したくない。それだけのことなのかもしれない。
なるほど、佐伯さんの言うことも一理ある。
しかし、僕がここでこんな不毛な口論をしている理由はそれじゃない。
僕がやりたいとかやりたくないとかをいかなる理由から考えたかなんて関係ない。
やりたくないこと、そして、やらなくてもいいことを、外部からやらなければならないかのように扱われること、それそのものに僕は反発しているのだ。
別に、用意された資料に目を通して意見を言うくらい、佐伯さんの言うように大した手間じゃない。僕だってそれそのものを断固として断りたいと思っているわけでもない。こんな口論を繰り広げるより、引き受けてしまう方がよほど楽だろうとさえ思う。
でも、やはり、不当に行動を強制されることそのものが受け入れられない。僕はそこで自分を曲げたくない。
結局これは、意地とかそんな風に呼ばれる至極くだらない感情だ。
しかし僕は、そんなくだらないものにこだわってしまう残念な人間なんだ。
「論点の整理は必要そうですね。
僕がこれを拒否している理由は、その作業が面倒だからではなく、僕の自由意志が剥奪されることが我慢ならないからです。作業が楽か手間がかかるかなんてことは一切関係がありません。
僕は自身の行動を間接的にでも不当に強制されることが嫌なんです」
一度言葉を切り、そしてまた言葉を紡ぐ。
「ノートを貸したこととの差は、たしかに僕のその行動に対してのモチベーションの差でしょうけれど、そこは今の議論において、僕が重視している点ではありません」
少し考えて放った僕の言葉に、佐伯さんはあまり考えた様子もなく「えっと?」と首を傾げた。
こちらの言いたいことがうまく伝わない。それがこのやり取りにおいて最も苛立つポイントだった。
「友達が困ってて、それを手助けすることが簡単なことでも、蒼井くんとしては手助けしないって選択肢もあるってこと? その手助けが楽しそうならするけど、つまんなそうならやらない的な?」
佐伯さんには手助けしないという選択肢はないらしい。
きっと「みんなで助け合う」とか「one for all, all for one」とか、その手の言葉が佐伯さんにとってはバカげたものではないのだろう。
それはたぶん、人として素晴らしい価値観だと思う。みんなで助け合う。それはいわゆる『道徳的』な在り方だ。
でも、僕にその価値観を押し付けられるのは迷惑だ。僕はそんな清い考え方を持ち得ない。
「はい。僕の見解では、協力するか否かはその個人が決めることで、困っている友人だとか、雰囲気とか、常識とか、そんなものが決めることではありません。決断は行動の主体者がするべきものです」
「蒼井くん、変」
端的だった。佐伯さんの表情は怒りや不満を表すものではなかった。それはただ、「そういう人もいるんだ。へぇ」みたいな、そんな感じ。
佐伯さんは少々過干渉なきらいがあるが、それは一応、佐伯さんの思うある程度 親しい相手のみにセーブされているようではある。
おそらく、僕みたいなタイプの人間とはこれまであまり親しくしたことがなかったのだろう。
「蒼井くんが私と全然違うってことを改めて思うとなんだけど、もしかして、私って今、蒼井くんにとってかなりウザい人だったりする?」
少し考えた後、佐伯さんはちょっと気まずそうに表情を引きつらせてそう訊いた。
「ウザいっていうより、なんか、ちょっと面倒だなぁくらいの感じでしょうか」
「それって、つまりウザいってことだよね!? えっ、蒼井くん、嫌々っぽく言いつつ、なんだかんだで協力してくれるツンデレさんじゃないの? 本気で嫌って思ってて、それでもなんか協力してくれてたの? あれ? なんかわかんなくなってきた。蒼井くんって何?」
なんか混乱して意味不明な質問を放ってきた……。
というか、佐伯さんのイメージの中の僕ってそんなキャラだったのか……。いや、ないだろ……。
「あかりちゃん、ちょっと落ち着こ」
紺野さんが混乱する佐伯さんを宥める。なんか、先輩を宥める紅林さんを幻視したような気がしたが、たぶん気のせいだ。
佐伯さんと先輩とか、一部似ている部分がなくはないにしても、大枠にしてまったく似てない。紺野さんと紅林さんは、実際 近いところがある気がするけど。
「もしかして、私、蒼井くんのことかなり誤解してる?」
「あかりちゃん、ちょっと思い込み激しいから……」
紺野さんの一言に佐伯さんはショックを受けたように頭を抱えた。
「私、蒼井くんって、実際は人のために頑張ることとか好きなんだけど、素直になれなくて嫌々風を装ってるのかなぁって思ってたんだけど……。
だって、勉強とか私がちゃんとわかるように考えて教えてくれたし、文化祭のときに漫研を助けたって話も志津香から……」
漫研の人、顔と名前が一致していないが、その人からの情報が僕への曲解に拍車をかけているらしい。漫研は文化祭以来、文芸部のことを異常に高く評価してるっぽいし。
「そのどちらにしても、僕は相手のためになんて気持ちでやっていたわけではないので」
「ちょっと偏屈だけど、実はいい人じゃないの?」
佐伯さんの中の僕って、一体 何者なんだよ……。
「偏屈ではあるでしょうけど、いい人ではないでしょうね」
そもそも、いい人ってどんな人なのかいまいちはっきりしないけれど、まぁ、僕はいい人ではないだろう。
「そうなの?」
佐伯さんはなぜか紺野さんに訊く。
「私は、蒼井くんはいい人かなぁって思うけど。でも、誰かのためにっていうよりも、正しさのためとか、自分の中のこだわりのために、結果としていい人になっているかなぁって、あ、えっと、そう、思います……」
途中からこちらに目を向け、声がどんどん小さくなっていったが、紺野さんの持っている僕へのイメージはそんな感じらしい。
「正しさ? こだわり?」
佐伯さんはやはりよくわからないという様子で首を傾げ、僕の方を見る。
「自分語りをするつもりなんてありません。僕の言いたいことはただ1つで、クリスマスイベントについて関与する気はないということです」
「それはわかったけど、なんか、色々わかんない」
「他人のことなんてわからないものです。では、僕は部活に行きますから」
佐伯さんはまだ何か訊きたげだったが、その相手は紺野さんに任せて僕は教室を後にした。