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4話 懇願と命令


「私と由那で、こんなプランを考えました!」


 翌日、放課後。部活に向かう前にパンを教室で食べていると、佐伯さんが紺野さんを連れてこちらにやってきてた。


 佐伯さんは数枚のルーズリーフを僕の目の前へと突きつけ、その横で紺野さんは僕に対して控えめに小さく会釈をした。僕はルーズリーフは無視をして、紺野さんに対してなんとなく同じように会釈を返す。


 紺野さんは佐伯さんの話に積極的に協力しているという様子でもなく、危なっかしい友達が放っとけなくて渋々付き合っているみたいな感じに見えた。


「クリスマスの件については僕は関わりません。興味を持ちそうな知り合いに話もしましたが、その人も生徒会内部でどうにかすべきことだと」


「そっかぁ。でも、話を聞くだけなら、ね? 協力してくれなくてもいいから、話を聞いて、ダメそうなところがあったら教えて」


 それは協力ではないのか? しかし、反論する間もなく、佐伯さんはそのルーズリーフを僕の机の上に置く。


 そのルーズリーフの1枚目には、丸っこい文字で『クリスマスイベント縮小計画』と書かれている。佐伯さんの手書きらしい。昨日は中止と言っていた気がするのだが、縮小に変更されたのか。


「読めと?」


「読めなんて言わないよ。読んでほしいなって」


 命令ではなく懇願だと。いや、そんなの大差ない。


「由那も蒼井くんの意見ほしいよね?」


「あ、はい。ぜひ、蒼井くんの意見も聞きたいです」


 2人はそのまま僕の近くの席に座り弁当を広げた。


 それ、なんで僕なんだ? 僕である必要ないだろ、その役割。というより、僕以外にきっと適任者がいる。


「僕の意見なんかより、他の生徒会役員の方のご意見を伺ったらどうですか? 生徒会は佐伯さんと会長だけじゃないでしょう?」


 まずは生徒会内部で話し合うのが道理だろう。僕みたいな特に関係のない部外者がしゃしゃり出る理由がない。


「先輩たちに見せるのは、問題ないって確認してからにしたいなーって……」


 生徒会の先輩からダメ出しされるのは嫌だから、まず僕にチェックしてほしいと? 僕のチェックに信頼を置く意味がわからない。


「僕が見ることが別に確認にはならないかと」


「それはそうかもだけど、蒼井くん頭いいし、私たちが気づかなかったことに気づきそうでしょ。だから、ね?」


 なかなかそれを読もうとしない僕に対して佐伯さんは「ね?」という言葉で圧力をかける。本人に圧力をかけているつもりなんてそんなにないのかもしれないけど。

 紺野さんはその横で少し困ったような顔をして、苦笑か微笑か判断しづらい笑みを浮かべるのみ。


「紺野さんと僕の学力差なんてほとんどないですし、試験の点数とこの手の能力が比例するという保証も特にないですよ」


「ただダブルチェックをしておきたいだけなの。ね? お願い!」


 最終的には勢いに頼る。お願いと言いつつ、これは懇願ではなく命令であることは疑いようもない。


「あのですね。僕は正直に言って、生徒会にあまり関わりたくないんですよ」


「だから、別に計画そのものに協力してほしいって話じゃなくて、それを読んだ感想を聞かせてほしいってだけ。ほんとに、それだけだから」


 こんな口論なんてせず、テキトーに読み流して、テキトーなことを言えばそれでいいのだろう。きっと、そちらの方が労力は安く済む。


 でも、ここでそう流されてしまうのは、僕らしくない。


「これを読むことも、何か意見を言うことも、僕にとってやりたいことでもなければ、やらなければならないことでもありません。つまり、強制されるようなことであるはずがないんです」


「だから、私は強制してるんじゃなくて、お願いしてるの……。言い方が命令っぽかった? ごめん。サラッと読んで感想言ってくれるだけでいいから、お願いっ」


 佐伯さんは両の手のひらを合わせて、拝むように僕にそう頼む。が、結局、これは懇願の形をした命令だ。

 懇願と命令の差は拒否が可能か否か。懇願ならば、拒否は可能でなくてはならない。拒否できない懇願は命令と変わらない。


「僕はそのお願いを断っています」


「なんで? 別に、ちょっと目を通して感想言うくらい手間じゃないでしょ?」


 たしかに、それはおそらく大した手間ではない。僕は労力を惜しんで断っているのではない。

 なら、僕はなぜ、こんなくだらない口論をしてまでそれを断っているのか。それは、きっと。


「僕はこの状況そのものが嫌いなんですよ。誰かからの期待のせいで、やりたくもないことをやらざるを得ない、そんな状況が。他者に身勝手な期待を押し付ける行為が、僕はきっと、とても嫌いなんです。だから、それに反発したくなる。

 僕という人間を評価して、期待してくれることは、まぁ、たぶん喜ばしいことなのかもしれません。でも、僕に過度な期待をして、その期待に応えなくてはいけないような状況を作られることは、僕にとってはかなり不快なんです」


「……ん? えっと、つまり?」


 佐伯さんの表情からは「ちょっとこの人なに言ってるのかわかんない」という感情が如実に読み取れた。こうなると、この人と口論することの無意味さを痛感する……。


「あの、ごめんなさい」


 対して、紺野さんは頭を下げて、小さな声で謝り席を立つ。こちらが少しキツい言い方をしたせいか、かなり落ち込んだというか、シュンとして見える。

 紺野さんのことを責めて言ったわけではないのだが……。いや、実は裏で紺野さんが僕を巻き込むように唆していたなら別だけど。


「蒼井くんに頼るのはやめて、私たちでチェックしよう?」


 僕に対して少し萎縮した様子で、紺野さんは佐伯さんにそう言った。しかし、佐伯さんに納得した様子はない。


「あのさ、蒼井くんの言いたいことちょっと私わかってないみたいで、バカだからさ、ごめんね。整理させて。

 蒼井くんにとって私が今 頼んでることって、そこまで大変なことじゃないってところはいいんだよね? 蒼井くんはこの仕事をするのが手間だから断ってるわけじゃないんだよね?」


 僕はその質問やに対して、「はい」と頷く。佐伯さんは自分で言うほどバカではない。勉学についてはその量が足りていなかっただけで、理解力が著しく乏しいとは思わない。

 佐伯さんが僕の言葉を理解できないのは、ただ単に、僕と佐伯さんでは価値観が違うと言うだけだ。


 僕と佐伯さんとのやり取りが開始されたため、紺野さんは心配そうな面持ちで席に座った。


「じゃあ、私の言い方がマズかったのかな。 上から目線の命令っぽくなってたりした? 癇に障った? それは本当にごめん! 謝ります」


「いや、そうじゃなくて」


 なんとかしてくださいと紺野さんの方を見るも、紺野さんは「ごめんなさい」とでも言うように頭を下げるだけだった。

 謝罪はいいので、あなたのご友人と僕との橋渡しをしてくれませんか……。


「なら、何がダメだったの? これってそこまで意固地に断ること? 何がそんなに嫌なの?」


 それをさっき言ったつもりなんだが……。


「あかりちゃん、もうやめよう? 蒼井くんを無理に巻き込むのは正当じゃないよ」


 僕に疑問符を飛ばす佐伯さんを宥めるように紺野さんが口を開いた。しかし、佐伯さんはやはり納得いかないという面持ちだ。


「その正当っての、ちょっとわかんない。これって、私が変なの? 友達に協力してもらうのに、正当とか不当ってあるものなの?

 大変な仕事とか、手間のかかることとかをお願いするならわかるんだけど、今のお願いは蒼井くんから見ても大変じゃないんだよね?

 ねぇ、例えば、ノートを貸してって言うときに、正当とか不当とか考えないよね? それとこれと、そんなに違うものなの?

 私的には、とりあえず読むくらいはしてくれてもいいじゃんって思っちゃうんだけど……」


 きっと佐伯さんは、友達から何かを頼まれれば、その頼まれたということ自体を理由に協力する人なのだろう。そして、きっと、そういう人が友達想いのいい人なのだろう。


 だが、僕はいい人ではない。


 僕は求められたからという理由では行動しない。協力を仰がれて、仮にそれが僕にとって容易なことであったとしても、協力するにたる理由がなければ協力したくない。


 僕はそういう自分本位な人間だ。


「蒼井くんだって、ノートはすんなり貸してくれたよね? それって今の話とどう違うの? 生徒会に関係することはやりたくないとか? さっきの期待がどうこうっていうのはどう関係あるの?」


「あかりちゃん……」


 制止も虚しく疑問を投げ続ける佐伯と、それを止めるのをもう諦めた様子の紺野さん。これだけを見ていると、2人が仲良くなった理由がわからない……。


 さて、佐伯さんの言い分もわからないものではない。ノートを貸すのはよくて、これはなぜダメなのか。言わんとすることはわかる。僕は少し考え始めた。


 長くなったのでこの口論は次に続きます。2500字程度になるところで切ったので、切った位置に特に意味はありません。

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