2話 クリスマスが今年もやってくる
「クリスマスが今年もやってくる!」
「はあ、そうですか」
佐伯さんに家庭科の勉強用ノートを渡したところ、謎の言葉が返ってきた。
「12月25日は毎年やってくると思いますよ」
「そうじゃなくて、あと2週間でクリスマスだよ!」
「そうですね。寒さもいよいよ厳しくなってきましたし、インフルエンザも少しずつ流行ってるみたいですね」
「そうじゃない」
「では、家庭科の再試、頑張ってください」
ノートは渡した。要件は済んだ。
「クリスマスといえば!」
背を向けた僕の襟首をつかんで再度そう問いかける佐伯さん。あー、面倒くさい。
「イエス・キリストの誕生を祝う祭祀で、別名は降誕祭。キリストの誕生日であるという俗説もありますが、聖書においてキリストの誕生日がクリスマスであるという記載はなく、あくまで誕生を祝う日です」
「なんでそんな辞書で引いたみたいな言葉がスラスラ出てくるの……?」
佐伯さんは若干ひいていた。まぁ、気にしない。
「僕はキリスト教徒ではないので、あまり関心はありません。では」
「なんでそんなに素っ気ないの!?」
「いや、生徒会でクリスマスイベントやるってことは知ってるんですから、もう面倒ごとに決まってるじゃないですか。僕はクリスマスイベントに関して協力する気も、参加する気もありません」
「あー、そういう話じゃないから」
あれ? 違うのか。なんか、過剰に拒絶したみたいで、この勘違いはちょっと恥ずかしいな。
「なら、クリスマスがなんなんですか?」
「生徒会でクリスマスイベントをやることになってるでしょ」
「あの?」
いやいや、その話の持っていき方はいくらなんでも無理がないか?
「それを会長に思い留まらせるには、どうしたらいいと思う?」
「……はい?」
「イベントに協力する話でも、参加する話でもないでしょ」
佐伯さんは一本取っただろとでも言わんばかりだが、それは無視する。
「クリスマスイベントをやりたくないって話ですか?」
イベント好きであろう佐伯さんが?
「やりたくないっていうか、生徒会でやる意味ある?って話で。だって、クリスマスパーティーやろうってなったとき、生徒会主催のパーティーに出ようってなる? つい最近、勉強会やってた集団だよ?」
「少なくとも僕はなりません」
勉強会がどうこうより、そもそもよく知りもしない人とパーティーなんて僕は御免だ。
「需要ないっぽいんだよね。Twitterとかで訊いても、参加したいって人全然いなくて。開催しても、生徒会の役員含めて10人集まるかなぁって感じなんだよね。生徒会って名前でやるとそこまではっちゃけられないし、友達と集まる方がいいっていうのは私だってわかるし」
「オフィシャルな団体が主催するメリットは予算と規模ってところですか。規模はそんなに見込めないみたいですし、予算も生徒会がクリスマスイベントなんかに大して動かせないでしょうし、やめた方がいいっていうのは正論だと思いますよ、僕は」
「だよねー。今のところ、やっても残念な感じになりそうで、会長は企画を凝らして参加者を増やそうとしてるみたいなんだけど、私的には中止でいいんじゃないかなぁって。必要とされてないことを無理やりやっても、さ」
まともな意見だと思った。佐伯さんはあの生徒会長のシンパに成り果てたと結構本気で思っていたのだが、そうでもないらしい。
「会長は一度やるって言った以上、絶対にやるつもりみたいなんだよねー……」
まぁ、1度 前言撤回を行えば、今後の発言も信用されなくなる。生徒会の地位を確立したい会長からしてみれば、撤回という選択はありえないのだろう。
「たらればですけど、やるって言い出した時点で反対すればよかったんじゃないですか」
「あの頃は、生徒会入ったばっかりで、会長についていけば大丈夫って思ってたの。でも、最近になって、会長ってなんでもかんでもやりたがる人で、しかも、それができちゃう人ってことがわかってきて。実は手当たり次第に色々やってるだけで、そんなに先のこと考えてないかもって……」
「やる気も能力もあるけど先見の明がない、誰かの下で働くには超優秀なのに、上に立つとダメなタイプと」
「私そこまで言ってないよ!? 蒼井くん、本当に会長への当たりが強いよね!?」
「実際、あの人、組織のトップには向いてませんよね?」
「……」
佐伯さんは沈黙で返した。それはもう肯定と同じだ。
「でも、すごく頑張ってると思う」
「組織のトップが下手に頑張って空回りしてたら、下の人が苦しいだけじゃないですか……」
「そんなことない!!」
鬼気迫る即答。佐伯さんとしては苦しいだけではないらしい。まぁ、組織のトップが頭おかしい度合いでは、文芸部の方がずっと上だろうけど、僕だって別に苦しくはないか。
「たしかに、価値観がそのトップと合っているなら、苦しいだけってことはないですね。撤回します」
「蒼井くんが前言撤回した。レアだ」
意外感をあらわにしたその反応に、僕は少しだけムッとした。
「なんか失礼ですね」
「だって、蒼井くんって超頑固だし」
「そうですか?」
「自分の考えを曲げる気はありませーんって感じ?」
「自分自身の中で間違っていると認められれば、考えだって変えますよ」
「じゃあ、来年、生徒会に入る未来ももしかしたら」
「それはないですね」
「会長も、蒼井くんと紅林さん?を名指しして、優秀な人材だから今からスカウトするようにって言ってるくらいなんだよ?」
「そうですか」
あの会長はまだ文芸部を取り込むのを諦めてないのか……。
「興味なさすぎー。私は、テストであんなに頑張っても優秀なんて言ってもらえないのに。会長が褒めるってちょっとレアなんだよ?」
あの会長は尊敬の対象が異常だ。褒められても嬉しくないのは当然。
しかし、佐伯さんは少し不満げなので一応フォローしておく。
「身近にいる人の優秀さってものは案外気づかないものですから」
「いいよ。私、全然 優秀じゃないし」
そういう否定されること前提の発言は面倒くさい。佐伯さんをこれ以上フォローする必要も感じない。
「まぁ、会長が試験の点や成績でしか優秀さを測れない残念な価値観の持ち主なら、その価値観において佐伯さんは優秀とは言えないかもですね」
ということで、佐伯さんをフォローする代わりに会長をディスることにした。
「蒼井くん、本当に会長が嫌いなんだね……」
佐伯さんは明らかにひいていたが、まぁ、別にいい。
「とにかく、クリスマスイベント中止に向けて、放課後、私と由那と蒼井くんで作戦会議だから」
「いや、参加しませんよ?」
「いいじゃん。蒼井くん、会長と対立するの好きでしょ?」
なんだ、その説得理由は……。
「そもそも、今日、放課後に残る用意してませんから」
試験が終わり、今日から冬休みに入るまでの期間、一浜は午前授業になる。成績会議や三者面談の影響だ。
今日は部活もないし、昼食を家で食べるつもりでパンも弁当も持ってきてない。
「あっ! サイゼ奢ろっか?」
いざとなれば金で釣ればいいと思われ続けるのもよくないな。299円でほいほいついていくこともあるまい。
「いいです。今日は帰るので」
「えぇ……。生徒会のクリスマスイベントを中止に追い込むなんて、蒼井くんのちょっと好きそうな話だと思ったのに」
僕は別にその話にそこまで惹かれもしない。だが。
「じゃあ、そういう話が好きそうな人に話すくらいは協力しますよ」