1話 もっと頑張りなさい
考えた結果、やはり7章が長くなりすぎで、続く冬休み編が短くなりそうだったので、三者面談、クリスマスも冬休み編とすることにしました。
今話から8章ということになります。
「ついに三者面談なのね」
夜。夕食を食べ終えたあと、LHRで配られたプリントを母親に渡したところ、母親は目に見えて上機嫌になった。母親が楽しそうでなにより。僕はまったく楽しくない。
「これ、いつまで? 仕事の予定、すぐには出ないのよ」
「今週中、かな」
「わかったわ」
母親がそれを楽しみにしていることがわかる少し弾んだような声に、僕はため息でもつきたい気分になった。
「じゃあ、よろしく」
早くこの場を去りたい。用は済んだし、話を切って離脱を試みる。
「そういえば、期末試験はどうだったの?」
しかし、願い虚しく会話は終わらなかった。
母親という相手は難しい。関係が悪化すると日常生活に色々と面倒が起きるから、無視するというわけにもいかない。僕と母親との間がギクシャクするだけならまだしも、影響が家族全体に出るものだから、気を使うのも仕方がない。
「全科目の平均点は98点超えたし、悪くない結果だった」
母親相手に謙遜するのは悪手。ダメだったなんて言った日には、何がどうダメだったのかを問いただされ、次はどうすればいいかまで決めさせられる。
しかし、いい結果だったというのも禁句。現状に満足している様子を見せると、母親はそれを叱咤してくる。
だから、悪くない結果と答えるのがベターだ。
また、具体的な数字をつけるのも重要。そうしなければ答案を見せろとか言いかねない。
「98点、すごいじゃない。その調子でもっと頑張りなさい」
「ああ、うん」
もっと頑張れか。僕は別にいいけど、できれば今の妹にはあまり言ってほしくないワードだ。まぁ、この人は言ってしまうのだろうけれど。
「2年生になったら定期的に模試も受けなさい。いよいよ大学受験なんだから」
言っていることに間違いはない。模試を受けることは必要だ。この発言にウザいとか思うのはただの反抗期のバカと変わらない。母親の言葉に無条件で拒否反応を示すのは愚かだ。
頭の中ではそんなメタ認知をしているくせに、実際にはどこかで母親の放つ言葉に嫌悪感を持っている自分がいた。
「わかった。それじゃ、プリントよろしく」
短く返事をして、僕は部屋へと戻った。無意味に母親を嫌う自分がバカらしくて、だからやっぱり、母親と話しているのは嫌だった。
部屋で机に向かい、少し思考を始める。
三者面談となれば、進路の話にもなるだろう。先延ばしにしたそれを、また考えなくてはならない。
学ぶということは好きだ。知識でマウントが取れるとかそんなことは度外視に、知識欲を満たすことは楽しい。
でも、僕にとって学ぶことは娯楽の延長線上にあって、将来こうなるためになんて目的は伴わない。
例えば母親は、一流大学に入ることこそがすべてのように語る。まぁ、母親の子育てはそこで終わってもいいのかもしれないが、僕の人生としてはもちろんそこでは終わらない。
大学に入ることそのものを目標にするというのは、そのあとの人生を顧みないということで、僕にはそんな刹那的に生きる度胸なんてない。
将来に対する不安は人並みには持っているつもりだ。だが、将来に対する展望は特にない。
きっと、あと1週間で死ぬと言われれば受け止めきれないだろうけど、3年後に死ぬと言われても、そんなものかと思うんじゃないだろうか。
死にたいなんてこれっぽっちも思ってないが、生きていたいという意欲も大してない。高校生活はしっかり全うしたいけど、その先、大学に行って、社会に出て、そこまで生きていたいかと問われると、あんまりそんなこともない。
まぁ、そんな高校生は世の中にきっとごろごろいる。
将来に不安を抱えているなんて当たり前で。死にたいなんて言葉すら日常的に聞くもので。でも、結局、なんとなく惰性で生きていくのだろう。
さて、なんか、どうでもいい思考に陥っている。生きるだの死ぬだの、そんなことよりもどの学部学科に進学するかだ。思考を関係のない方向に向かわせるのは現実逃避にほかならない。
まぁ、でも、三者面談の場ではとりあえずテキトーにでっち上げればいいか。まだ1年生。時間はある。……3年になってから焦るフラグにしか感じないけど、高校1年生で将来こうなりたいというビジョンのある人の方がきっと少ないだろうし。
僕は現実逃避気味に参考書を開き、ごちゃごちゃと設定のややこしい物理の問題を解き始めた。
問題に集中すれば、現実のことは忘れられる。勉強ってのは逃避にもってこいだ。
僕が勉強を好きだというのなら、それは現実から逃げ続けているからなのかもしれない。
そんな思考も今はやめて、リアクタンスやらインピーダンスやらに頭のリソースを割く。
僕はまた、進路について考えることから逃げた。