47話 先輩が壊れた
『真っ白最高: なぜ来ないっ!!』
『真っ白最高: 逃げたか! 逃げたのか!!』
『真っ白最高: さては相当悪い点だったな?』
『真っ白最高: 返事しろー! 未読スルーかー!!』
『真っ白最高: おーい!』
『真っ白最高: 既読つけろー!』
『真っ白最高: スマホ見れないの?』
『真っ白最高: なんか、本当に体調不良とかそういうのじゃないよね?』
『真っ白最高: 大丈夫なの?』
『真っ白最高: 返事して』
『真っ白最高: [不在着信] 』
『真っ白最高: どうしたの?』
『真っ白最高: スマホ家に忘れた?』
『真っ白最高: 先生に捕まったとか?』
『真っ白最高: 紅ちゃんが先生に呼ばれてる説をすごく押すんだけど、それ?』
うわぁ。10分前くらいからこんな感じのLINEが来ていた。電話までかけてきてるし。さすがに30分程度で心配しすぎだ。
『大代: 菜子先輩に至急返信しろ。うるさくてかなわん』
『紅林: 真白先輩、すごく心配してますよ。無事なら早く連絡してあげてください。呼び出しとかですよね?』
あーあ。なんか、部活に行くのがちょっと憂鬱になった。いや、行くけど。
『蒼井陸斗: 担任から呼び出しを受けてました。今から向かいます』
文芸部のグループラインにそう送る。すると即座に既読がついた。
『真っ白最高: なんだよ、まったく』
『紅林: やっぱり』
『大代: お前のところの担任、仕事熱心なのな』
紅林さんと大白先輩の、僕は呼び出されて当然みたいな反応はなんなのだろう。ちょっとひどいと思う。
『真っ白最高: あと1分以内に来ーい』
急がずともパソコン室まで1分はかからない。と思ったら。
『真っ白最高: 残り10秒!』
まだ1分発言から10秒も経ってないのだが? 理不尽だ。なんなんだよ、あの人。10秒にはたぶん間に合わないけれど、僕は早足になった。
「遅くなりました」
パソコン室へとたどり着いて、ドアを開ける。その瞬間。
「遅ーい!!」
先輩の小さな拳が僕の鳩尾めがけて襲いかかってきた。さすがに食らうと痛そうなので、とっさに手で受け止めた。
「いや、遅れたの僕のせいではないんで、殴りかかるのはやめてください」
「じゃあ、殴らない!」
今度は先輩の頭が僕の顔に向かってきた。僕は先輩から手を離して、距離を取ることでそれを避ける。
「頭突きもなしで。攻撃行為はすべてなしでお願いします」
「蒼くんのバーカ、バーカ」
攻撃がなしなら悪口か。にしたって、それはないだろ。
「罵倒のボキャブラリーが小学生未満なんですけど」
「蒼くんの愚癡、檮昧、表六玉」
「語彙力だけは格段に向上しましたね……」
言っていることは結局「バーカ、バーカ」と変わらないけど。
「ふんっ」
「あの、遅れたのは本当に僕のせいではないんですけど……」
「むぅ。それでも蒼くんは謝るべきだと思う」
先輩はふくれっ面を作ってそう言う。例えば電車の遅延のせいで遅れたとして、それでも謝りはするだろう。それと同じか。
「遅れてすみませんでした」
僕は悪くありませんけれど、と心の中で付け加える。
「さて、蒼くんも来たし、期末試験の結果発表しよっか」
「あ、3人ともまだしてないんですか?」
「蒼くんを待ってたんだよっ!!」
「すみません」
僕は悪くないけど。
「誰から発表する? わたしは良くも悪くもないって感じなんだけど」
先輩の良くないは信用ならないが、中間の時は98.7だったかで会心の出来と言っていた気がするし、それよりは低いのだろう。すると少し希望が見える。
「たぶん俺がこの中で1番低いんで。10科目で946点。平均94.6点でした。現社が88点で低いんすけど、一応学年2位なんすよね。問題がむずかったんすよ。学年に90点台いないとかで」
大白先輩のその発表に、僕たち3人は平坦な反応だった。3人とも94.6点よりは高いようだ。
「1, 2年生は科目の幅が広いのがちょっとハンデになってるかもだね。わたしは数学、理科、英語と道徳しかないわけだし。
さて、次は誰が言う?」
「私、今回は自信あります」
「僕は微妙です」
「なら、蒼くんからかな」
さて、先輩に勝てているのか。その反応を窺いつつ、点数を口にする。
「11科目で1080点。平均点にして約98.18点です」
「負けたぁああ!! あーー!!! うわぁああ!!!!」
僕が点数を言った瞬間、先輩が壊れた。
「うわぁあああ!!! 」
机に突っ伏しつつも腕と足をバタバタを激しく振り回して泣き喚く先輩。勝った、のか?
ふと紅林さんの方を見ると、右手の拳を握りしめていた。顔は喜色に染まっているようにも見える。これは、負けたか?
「蒼くん!! 採点ミスは? 確認した? 1点減らない? 1点でいいからっ!!」
必死の形相でそう訴える先輩。そこまで取り乱すのか。先輩、負けたいって言っていたのに……。
「採点ミスはないです。あの、先輩は何点なんですか? 僕、勝てたんですよね?」
「10科目で981点! 平均98.1点だよっ!! くっそー!!!!」
その差、平均点で約0.08点。どんだけ僅差なんだよ。あと1点低かったら、平均が約98.09点になって負けてた。
「で、勝ち誇った笑みを浮かべている紅林はもっと上なんだろ?」
大白先輩の問いに紅林さんは微笑んで答える。まさに勝者の風格。
「11科目で1085点。平均約98.64点でした」
僕より合計点が5点も高いのか。圧倒的だ。完敗。でも、先輩に勝てたからいい。紅林さんには負けたけど、正直、今はそんなことどうでもよかった。
先輩に、ついに勝った。
「うにゃああ!!! 負けたぁああ!!」
荒ぶる先輩がジタバタするのをやめるまでまで、それから1分以上の時間を要した。