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道徳の解答の作り方 ー文芸部による攻略ー  作者: 天明透
第7章 2学期期末試験編
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45話 いつもの


 音楽の授業というやつはあまり好きではない。が、苦手というわけでもない。歌を歌うとか、楽器を演奏するとか、人並みよりは得意な方ですらある。

 しかし、僕は協調性が欠けているので、合唱とか合奏は面倒というか、まぁ、好きじゃない。


 音楽ではなく美術の方が僕向きだったのではと思わなくもないのだが、いまさら変更なんてできない。単純に得手不得手で言えば、間違いなく音楽なのだが、選択ってのは難しい。


 授業を終え、そんなどうでもいいことを思いながら教室へと戻った。


 HRが終われば部活。審判の時。そんな風に一応意気込んでいたのだが。


「この後、蒼井くんと紺野さんは少し残ってください」


 HRにて担任の放った一言で、審判の時は遠のいた。


 試験返却後に担任に呼ばれるのはもう意外でもない。またかという感じだ。しかし、紺野さんとセットというのは何故か。

 紺野さんが道徳トップだったのだとしたら、それに関係する話な気がする。面倒くさそうだ……。


 かといって無視をすればもっと面倒なことになるのは火を見るより明らか。僕は仕方なく担任の指示に従うことにした。


 残れと言われたのは僕と紺野さんだが、放課後になった途端すべての生徒が教室を後にするわけもなく、クラスメイトが何人か残っている状態で僕と紺野さんは担任と向き合った。佐伯さんたちなんか、興味ありげにこちらの様子を窺っている。


「あの、私、何か……」


 僕としては呼び出しもいつものことなのだが、僕と違って本当に品行方正である紺野さんはわかりやすく狼狽えていた。


「少し話が聞きたいだけで、何か紺野さんに問題があったというわけではありませんからそんなに不安がらないでください」


「また特別教室ですか?」


 ここで話すなんてことはないだろうし、さすがに生徒指導室に連行されることもあるまい。


「はい。2人とも来てくれますか?」


「わかりました」

「手短にお願いします」


 紺野さんと比べると、僕が不遜な態度をとっている感じになってしまう。しかし、担任に今更 (へりくだ)った対応をしても慇懃無礼という気もする。


 僕たち2人は荷物を持ち、担任の後に続いて特別教室1へと向かった。


 教室に入ると担任が手早く机を動かし、僕と紺野さんは担任と向かい合う形で座った。


「蒼井くんはどうして呼ばれたか見当はついてますか?」


「どうせまた道徳の話ですよね。何度言われても、僕は考えを変えません」


 僕のぞんざいな答えに担任は頷いて返した。


「そうです。蒼井くん、今回 紺野さんと一緒に勉強したんですか?」


「最近、紺野さんは佐伯さんと仲がいいですから。佐伯さんの勉強に付き合えと指示してきたのは先生の方です」


 まぁ、担任が問題視しているのは一緒に勉強をしていたことではもちろんあるまい。

 おそらくだが、担任が問題視しているのは僕の道徳の試験へのスタンスが紺野さんに伝染したこと。


 僕と担任が言葉を投げ合う中、紺野さんは未だに状況がわかっていないようで僕たちの会話の流れを窺っている。


「それに関しては2人にとても感謝しています。佐伯さんの成績は見違えました。ありがとうございました。次もよろしくお願いしますね。

 それはさておき、蒼井くんの言ったように道徳の話です。紺野さん、あの答案はどういう風に作りましたか?」


「……蒼井くんから、どう勉強したらいいか教えてもらったので、指導要領や教育ビジョンに目を通して、それに合うように書きました」


 担任からしてみれば、真面目だったはずの子が不良生徒の影響を受けてしまったという感じだろうか。……別に、僕は試験で点を取る方法を話しただけなのだが。


「紺野さんは、蒼井くんがそのような解答法をとることで私から注意を再三にわたって受けていたことは聞いていましたか?」


「いいえ……。あの、ダメなんですか?」


「僕の見解では、別にダメじゃないですよ。どう解答しようが生徒の自由です」


 この言い方では僕が紺野さんに不正を教えたみたいではないか。僕たちの行ったことは点数を取るための工夫であって、断じて不正ではない。


「たしかに、明確なルール違反というわけではありません。しかし、道徳観を養うためには」


「その議論は僕と先生の間で終結しません。先生の持論を紺野さんに説くのいいですが、僕は退出してもいいですか?」


 正直、こんな不毛な議論はさっさと投げ出して、早く部活に行きたい。


「蒼井くん、君が自分の主張を曲げないのはわかっています。しかし、君の主張を尤もらしく他の人に伝えるのはやめてくれませんか」


 前に顧問が先輩のことをデマゴーゴスと称したことがあったが、今は僕が担任からそういう扱いを受けているらしい。


「僕は試験で点を取る方法を話しただけですよ。事実、紺野さんはいい点を取ったんでしょう? たぶん僕よりも」


「それとこれとは」


「道徳の試験も点を取ることが重要だとか、そんな思想の話は何もしてません。ただ僕は、点を取るためだったらこうすればいいと言っただけです。事実点は取れているわけで、その方法に嘘偽りなんてなかった」


 僕は虚言を風潮しているペテン師ではないし、自分の思想を他人に植え付けるカルト指導者でもない。ただ事実を教えただけの善意の第三者だ。現状、本当に第三者かどうかはわからないが。


「賢い君ならわかるでしょう? 君の方法が仮にすべての生徒に浸透したら、もう道徳の試験そのものに意味がなくなってしまう」


 そりゃ、特定のものを覚え、説得力のある文章を出力する技能を問う試験になり、道徳なんてものとは関係ない代物に成り果てはするだろう。

 だが、それは別に僕がどうこうという以前に、道徳の試験なるものが孕んでいる問題だ。


「それはただ、道徳の試験に本当に意味がないというだけですよ」


「生徒が本心を綴って、それが良い道徳観であるかを評価する。それが本来の道徳の試験のあるべき姿です。決して、高い評価を得るために本心を偽って臨むべきものではないんです」


「その議論は再三にわたってしました。僕も先生も、それについて曲げる気はない。違いますか?」


 だからその議論はいくらしても意味がないのだ。ただ主張をぶつけ合うだけ。時間と労力の無駄。


「……君は、これからもその方針を周りに伝え続けるつもりなんですか?」


「僕から積極的に吹聴したりはしません。でも、点を取る方法を訊かれたなら答えますよ。まぁ、道徳で点を取る方法を訊いてくる人なんてほぼいませんけど」


 道徳は何も対策しなくても5が返ってくる科目なのだ。学年トップを狙うとかでない限り、対策は不要だ。


「紺野さん、あなたはどうですか?」


「いい点は取りたいですし、その方法を知っているのにそれをしないのは、難しいです。それに、他の人に訊かれて隠すのは、あんまり……」


「そうですか。あなたたちの主張はわかります。しかし、私も曲げられません。試験のために嘘をつく。それを認めるわけにはいきません」


 この話し合いは残念ながら長引いてしまうらしい。


 12月11日の話が長いです。少なくともあと3話はこの日の話が続きます。

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