42話 試験はこれで全て終了
道徳以外の試験を終えて、手応えはなんか微妙なものだった。
家庭科と物理は完全にわからない問題があり、国語、英語、保健は記述問題で減点の不安がある。
9割を切るようなことはないと思うが、これで先輩と勝負ができているかは甚だ疑問だ。
残りの道徳は全科目の中で1番自信がないわけだし、大丈夫なのか?
まぁ、すでに終わったものをうじうじと考えても仕方がない。残っている道徳に全力で取り組むしかないのだ。
試験用紙が配られ、僕は不安に思う思考を断ち切った。
よし、これで最後だ。
*
以下の文章を読んで問いに答えなさい。
その一文から始まり、長ったらしい文章が書かれている。
問、あなたがヒロシの立場だったら、ショウに何と言いますか。理由と共に答えなさい。
参照する文章が単なる状況説明でなく小説風に書かれているせいで、読み取るのが面倒くさい。
国語の読解力が前提として必要なのは、道徳の試験としてどうなんだか。
これは国語ではなく道徳の問題であり、問われているのは登場人物の心情でも筆者の主張でもなく、僕自身の意見。
状況としては、
・ヒロシとショウは幼い頃からの親友であり、高校1年生である現在も同じ学校の同じクラスに所属している。
・ある日、ショウはクラスメイトのトモヤと激しく喧嘩をした。
・その翌日、ショウがトモヤの私物をゴミ箱に捨てているところをヒロシが目撃した。ショウはヒロシが目撃したことに気づいていない。
と、まぁ、ほぼこれだけ。それを長々と情景描写やら心情表現を細かく書いて、国語ならともかく道徳でこれは必要か?
僕がヒロシの立場だったらとか、そんな陰湿な嫌がらせをするようなやつと親友になる自分なんか想像できないのだが……。
まぁ、試験だからそういうところは割り切るとして、ショウの行為が悪であることを疑う必要はないだろう。つまり、悪を成した親友への対応を問う問題。予想していたところど真ん中の問題と言えないこともない。
予想を立てていたこともあって、この手の問題が出た場合に書く解答はすでに考えてある。それを出力するだけ。
解答の準備はできている。できているが、ここ最近、期末試験に向けてクラスメイトと関わるようにはしていたのは意味があったか? 少し関わるようにしたところで、相手が悪を成すなんて状況に遭遇はしない。
担任のアドバイス、全然役に立ってないし、この問題がクラスメイトとの関わりについての問題かはちょっと微妙だと思うのだが……。
結局、いつもと同様に指導要領にあった事項に基づいて組み上げた文章を記す。
これじゃ、本当に佐伯さんたちとの関わりなんて何も関係ない。なんか、これでいいのか感がある。
しかし、別に問題文に『自身の経験に基づいて』とか書いてあるわけじゃない。変に自分の考えを入れれば減点に繋がる。
道徳はとにかく模範解答に近いものを作り上げることを目指せばいい。そこには、僕自身の思想や考えの介入する余地なんてない。
文章が完成しても、僕はどうにもモヤモヤしていた。
とりあえず、答えはこれで出す。変に変えれば減点に繋がる。
だが、改めて文章を見直すと、これが満点に近い点の取れる答案であるという確信が持てない。仮にこれで80点を取ってしまったとして、そういうものかと納得できてしまう気がする。
僕は今、この答えに全然自信が持てていない。
いや、友情やら思いやりやら正義やら、そのあたりのものへの言及の仕方は国の示すところに一致しているはずだ。 知識を問う問題であるのなら、この解答は正しい。
予想を立てて、解答を作り上げたその時はこれでいいと思えていた。それが今になってどんどんと不安になっていく。
100点なんて取れないのは仕方ないとして、冷静に考えて、90点は普通に取れる内容のはずだ。なのに、なんか不安。
薄っぺらいというか、白々しいのが文章からありありとわかる気がする。いや、薄っぺらいのは当たり前だ、僕が本当に思うことを書いたわけではないのだし。
今までに出してきた答えだってこんなものだったはずだ。そして、それでいい点を取ってきた。変に不安になることはない。そう思っても、どうしても引っかかりが消えない。
表面的には真面目に答えを書いている。だが、コピペレポートみたく、借り物の言葉を並べているようにしか見えない。いや、実際、国が出している言葉を引用しているのだから、これはコピペそのものだ。そして、それは別に減点を受けるようなものではない。むしろ加点に繋がる要素になる。
これでいいはずだ。これで点が取れるはずだ。不安は消えない。だが、これよりいい文章、よりよく自身の考えを偽装するレトリックは思いつかない。
結局、その不安は払拭されないまま試験時間は終わった。
試験はこれで全て終了。もうどうにもならない。これで終わりだ。
終わったと思ったら、なんか一気に頭とか目に疲れが出始めた。右手の親指と人差し指で両目を軽くマッサージする。しかし、こんなことで目の疲れが取れたりはしない。今日は早く帰って寝よう。
帰りのHRで担任の労いの言葉を聞き流す。疲れた……。
HRが終わり、僕は帰ろうとバッグを背負った。
「蒼井くん、打ち上げいこっ!」
「……はい?」
話しかけてきたのは佐伯さんの仲良し4人組プラス紺野さん。この中に混ざれと? 無理言うな。
「テスト終わったら打ち上げでしょ! こう、パーっと」
「僕は遠慮しておきます」
女子5人組の中に混ざっていく精神性は持ち合わせていない。そうでなくても打ち上げとかあまり気乗りしないし。
「あ、やっぱり男子1人は気まずい? 百瀬くんも誘おうとしたんだけど、ちょっと難しい状況でさ」
佐伯さんは微妙そうな顔でそう言った。百瀬くんは黒崎さんと一緒にいることも多い。難しい状況とはそういうことだろう。
「気まずいのもありますが、何より、疲れが溜まってるので早く家に帰って寝たいです」
「おぅ、正直だね。私も正直に言うと、打ち上げってノリで、次の試験もよろしくって言いたかっただけなんだよね。私、家庭科、情報、保健以外は絶対平均以上のはず! ほんと、由那と蒼井くんのお陰」
「うちらは関係ないんだ」
「ううん! 響子も奈子も真弓も、一緒に勉強してくれてありがとう!」
今回うまくいったから次もよろしくって話か。佐伯さんは今回の試験にそれなりの手応えを得ているようで、なかなか満足げだ。
「満足いく結果だったようで何よりです」
「結果はまだ出てないけどね。でも、イケてると思う! ただ、家庭科は本当に終わってるけど」
「あかり、料理とかしなさそうだもんねー。家庭科はともかく、あのあかりが平均点取れてそうって、冷静に考えるとヤバいよね。あかり超頑張った!」
「確かに、あのあかりがって思うとヤバい」
「私の元評価低すぎー。あと、私、別に料理しないわけじゃないから。フィーリングでそれなりに美味しく作れるタイプなの」
「ほんとにー?」
「ほんとに!」
なんかどうでもいい雑談で盛り上がり始めた。こうやってグダグダと帰るタイミングを逃すのは不毛だ。
「あの、僕は帰りますので」
「あ、うん。じゃ、また明日」
「はい、さよなら」
「またね」
「また明日」
「じゃね」
「さようなら」
女子5人から見送られるとか、どうにも僕に合うシチュエーションではない。なんとなくの会釈をして、僕は教室を出た。